さなぎ(リナ)





「・・・不器用な奴」

ふいに立ち止まったかと思ったら、いきなりしゃがみこんでのこの言葉。

「どうかしたのか?」

急がないと夕方までに街につけないぞ?なんて、そんな事リナも判っているだろう。

「これ」

グローブをしたままの細い指が指し示したのは。

「さなぎ、か?」

背の低い木の枝の先、ゆらゆら揺れてる蝶のさなぎ。

「・・・どう見てもこれって羽化直前よね。これから雨が降るってのに」

ちょこんと座り込み頬杖をついて、時折内側から揺れるさなぎを
興味深そうに眺めているリナと、その隣で腰を屈めてリナを見ているオレ。

「そいつがそこでさなぎになった時は蝶になる時雨が降るかも、なんて
考えてもいなかったんじゃないのか?」

「まぁ、そうなんだけど。でも、なにもこんな雨を遮る葉っぱもないような場所で
さなぎにならなくてもって思わない?」

リナは少しだけ眉を寄せながら、触れるか触れないかギリギリの所に指を近づけて突付くマネをする。

「いや、同意を求められても困るんだが・・・それより、急がなくてもいいのか?」

これから雨が降るとなれば、早々と宿が満室になってしまう可能性が高い。
懐と時間にゆとりのある旅人ならば、無理に雨の中を移動しようと思わないからだ。

「そりゃ急がないとこのまま野宿になっちゃうけど・・・」

リナにしては珍しく歯切れの悪い答え方に、何を考えているんだろうと知りたくなってくる。

「お前さんがしたいようにすればいいさ」

ポン、と、背中を押してやりたくなった。
幸いこの付近には多少の雨なら遮ってくれそうな大木が生えているし。いざとなったら
簡単な雨除けを作ればいい。それほどの大雨になりそうな気配もないしな。

「あんがと、ガウリイ。 じゃあさ、あたしは食事の準備するからあんたは野営の用意よろしく」

ニッコリとリナが笑った。子供みたいに無邪気な顔で。

ああ、お前さんのそんな所も好きなんだよな、オレは。







夜半頃、やはり雨が降りだした。

食事は昨日立ち寄った街で簡易食料を仕入れていたお蔭で、まぁまぁ腹いっぱいに
食べられたし、リナがそこら辺から食べられる野草を調達してきてスープを作ってくれた。

食ってる途中で「ガウリイ知ってる? 芋虫からさなぎになって蝶になるでしょ。
その変化の間、さなぎの中で何が起こっているのか」スプーンをピッと立てて聞いてくるが
「いや、考えた事もなかったな」そんな難しい事、オレが知っているわけないじゃないか。

「芋虫からさなぎに変態・・・つまり形を変える事なんだけど。
その後蝶の姿になる過程であの中で何が起こっているのか。さなぎを切り裂いて
中を見た人がいてね。中にはどろどろのスープが詰まっていたんだって」

・・・おい、食欲が失せるような話するなよな。

「なによ、この程度の話くらいで嫌そうな顔しないでよ」

不満そうな顔をしながらスープを平らげるリナ。
学術的な話だからリナは全然平気なんだろうが、オレはちょっとなぁ。

「明日には、羽化するかしら」

パラパラと降り続く雨を眺めながら、リナが呟いた。






「リナ、起きろよ」

小さな寝息を立てているリナの身体を軽く揺さぶって、目覚めを促す。

「ん〜、もうちょっと・・・」

眠たげな声で唸るリナに「羽化が始まってる」と告げる。

「ほんと!」

・・・一気に目が覚めたらしい。
寝起きのまま、いそいそとさなぎの方へと移動していく。

「ガウリイ! これ、あんたがつけてくれたの?」

「ああ、それなら雨に濡れずにすむだろ」

リナが見つけたのはさなぎの枝の上に取り付けた葉っぱの屋根。
先にリナが眠った後で、手持ちの針と糸で簡単に作ってみたんだが上手くいったようだ。

しばらくすると、リナが戻ってきた。

「もういいのか?」

「ううん、飛べるようになるまで見てたいんだけど、ちょっと休憩」

ゴソゴソと荷物を漁り、朝食の準備に取り掛かる。

「今どんな感じなんだ?」

「まだ全身クリーム色よ。これからもっと身体が乾いてしっかりしてきたら色が出てくると思う」

硬くなったパンを齧りながら、オレ達はその時を待った。







バララララ・・・!!

「何よ、この雨っ!!」

「急に降り出して来たな!」

大粒の雨が空から落ちてくる。これは・・・「リナ!?」

自分が濡れるのも構わずに、雨の中さなぎ、いや、蝶に駆け寄ったリナは、
背中を丸めたままの姿勢で戻ってきた。

そっと、何かを包み込むような形で合わせていた両手を開くと、そこには鮮やかな
銀と茶・・・いや、赤銅色の色彩。

ヒラヒラと、リナの手の上で薄くて脆い翅を動かしているのは、一匹の蝶だった。

「あのさなぎから、こいつが生まれたのか?」

「そうよ、これでこの子も一人前」

フッと笑ってそいつを自分の指先に止まらせ雨のかからない場所に移すと、
リナは「ガウリイ、支度しましょ」と、唐突に荷物を纏めにかかってしまった。

「最後まで見届けなくていいのか?」

「いいのよ、もう」

何かが吹っ切れたのか、笑って支度を整えるとリナは一度も振り返らず、
大樹を後に小降りになった雨の中、町に向かって出発した。



夜、宿に着いてから気がついた。

あの蝶の翅の色はまるで、あの二人のような色彩だった事を。

もしオレの予想が当たっているのならば、リナが最後まで見届けなかった理由も判るような気がしたけれど。
あえてその事には触れずにいようと、そう思った。