カタカタ、カタカタ・・・。

狭い室内だから、聞こえたって何の不思議もない。

コトコトコト・・・コトン。

音に背を向けベッドの上に横たわって、眼の前の板壁を睨みつける。

シュッ・・・シュッ・・・チキッ。

部屋の隅で奏でられる音は、経る工程につれどんどん変化していく。
始まった時は、ゴリゴリと重くザラついた音だったのに、今はどうだ。

軽く高い擦過音が、時折途切れてはすぐにまた聞こえ始める。

獣脂の灯火しかない暗い室内の反対側に座り込み、無言で真剣な眼差しを手中に落とすガウリイの手から生み出される、規則正しい音。

邪魔にならないようにと一つに纏められた髪束が、彼の動きの合わせて広い背中の上で、揺れて跳ねて踊っている。

・・・チキ。

仕上げを済ませたらしいそれを静かに捧げ持つと、じっくりと指と目で仕上がり具合を確認してるなと思っていたら、満足そうな大きな溜息が聞こえてきた。作業が終わったらしい。

ごそごそガラガラ、荷物袋に道具類をしまう音は煩わしいけど・・・ちょっと切ない。


あの時、あの家でも同じように過ごしていたのだろうか。


当時の情景が脳裏に浮かんで、不快感が湧き上がる。

気を紛らわせる為に爪を噛んでみても、ちっともイライラは収まらない。

「・・・終わったぞ」

何でもないことはちゃんと言うのに、肝心な時にはっきり言わない所にもイライラする。

「処置が早かったから錆もないし、欠けた部分は研ぎで綺麗にした。
海水が染みてたらいけないから、刀身を外して柄の内側真水で濯いでおいたから」

彼の手が、あたしの横たわるベッドにそれを置いた。
見なくても分かる。
今まで以上の手入れをされて、切れ味を増し光を放っているに違いない、あたし愛用の短剣だ。

でも、今は礼を言う気になれなかった。

上掛けを引き寄せ猫のように背中を丸めて、無言で拒絶の意を示す。

「・・・ちょっと、出てくる」

あたしの態度を咎めもせずに、彼はあっさり部屋を出て行ってしまった。

どうして、素直になれないんだろう。

溜息は胸の奥に閉じこもったまま燻ってる。

戻ってきてくれて、本当に嬉しかったのに。

手を伸ばして引き寄せて、鞘の上から短剣を強く強く抱き締めてみた。

終わった事は気にしない、それ以前に記憶から抜けてる筈のガウリイまでもが、あの一件以来遠慮がちな態度を隠しきれていないのだ。

突然の旅を止める宣告に呆気に取られて、全部を吐き出せなかった負の感情は、小骨のように喉の奥に引っかかったまま不完全燃焼継続中。

あたしはあの時の彼の選択の理由を理解していたつもりだし、
先天的な不器用さというか、世渡りの下手さ加減も『ガウリイだからしょうがない』と笑って受け止める度量は持ち合わせていたつもりだったのに。

ガウリイの気配が完全に遠のいたのを確認してから、身体を起こして膝の上に短剣を乗せ、ゆっくり鞘から本身を引き出してみると。

「・・・あ、きれい」

少し前の戦いで大きく刃こぼれしていた箇所が、見事に修正されていた。

刀身がやや細くなったのは刃こぼれを負った以上、仕方のないことだけれども。無数にあった細かな傷まで跡形もなく消されていて、鏡のように滑らかな鋼の上に自分の顔が映っている。

「・・・なによ、ここ、歪んでるじゃない」

じわじわと、銀色に映る輪郭が揺らいで、ぼやけていく。
堪えるように唇を引き結ぶ、不機嫌そうなあたしの顔が。

謝って欲しいんじゃない。
気遣って欲しいのでもない。

済んだ事を蒸し返してたくないのに、ぎこちないガウリイの態度に共鳴して、あたしまでもが揺らぐのだ。

大体、何であたし達が同じ部屋に押し込められたのかを忘れてる。
心配した皆に『話し合え』って二人揃って怒られたんでしょうが。

一人で悶々と思いを巡らせていると、彼への疑念が消えなくなる。

子供さえ出来れば、家庭さえもてれば相手は誰でもいいのか?とか。

あたしの旅にずっと付き合ってくれてるのも、彼らに感じたのと同じような動機からなのか・・・とか。

要するに、隣にいるのがあたしじゃなくても同じなの?

大体、頼みもしないのに自分の方から『保護してやる』とか言ったくせに。ポッと出の、怪しさ爆発半生妻子にこのあたしを差し置いてうつつ抜かしてんじゃないわよ!!

どうすれば、すっきりする?

今までのように問答無用で一山向こうまで吹っ飛ばして、怒鳴って笑ってチャラにするか。 ・・・その手は使えない・・・使いたくない。

「これはあたしのだ」と口にしたあの日から、あたしはあいつを専有したくて仕方が無くて。ならばもう、一つしか手段はない。

あいつらの存在そのものを記憶から消してしまえばいいのよ!!



気配を殺し足音も消したガウリイが、この部屋に戻ってきたのは空が白み始めた頃。
どうせ『同じベッドでは眠れない』とか考えたんだろうけど、それも今更でしょうに。

着替えもせずに床に横たわったガウリイは、じきに軽い寝息を立て始め。

あたしは彼を起こさぬよう静かにベッドから降りて距離を詰めて。
いきなり鳩尾の上に馬乗りになって、全体重で押さえつけた。

「・・・ぅ? うわっ! なんだなんだっ!?」

浅い眠りから覚めた風な驚きっぷりも、今となってはほんとに天然なのかも疑わしい。 でも、ま、そうと判るほどにあたし達は長い時間を一緒に過ごしてきたって事でいいわよね?

「あの街で見たもの起きた事、全部忘れてもらうわよ」
飛び切り腕のいい呪術者のような、くぐもった声を吹き込んで。
そのまま、勢いをつけてガウリイの唇を強引に奪ってから。
「唾つけたから、これであんたはあたしのもんよ♪」と、舌を出した。

「・・・それじゃあ、お前さんはおれのもんか?」
男の癖にそれを聞くか? 
つか、頬染めて笑ってる場合じゃないでしょ!!

ギクシャクしてた間の分を取り返すように、朝ごはんだと皆が呼びに来てくれるまで。 お決まりの掛け合い漫才状態を演じつつ、二人して照れて笑って恥ずかしがって、髪をかき混ぜぐしゃぐしゃにして。

最後に、子供みたいに指きりをして約束を交わした。

結局その後、またしても登場した半生魚人にあれこれ引っ掻き回される事になっちゃったんだけど。
あたしは堂々と胸を張って、絶対にガウリイを手放さなかった。



言いだしっぺがテーマ外のお話書いてました、すみません(土下座)