馬鹿になる






街なかやテレビや雑誌、
世の中に溢れかえる「ホワイトデー」の文字。

バレンタインデーのお返しに、男性から女性へ贈り物をする日。

誰もが、世間にすっかり定着したそのイベントを疑わない中、
彼女は無関心な目でそれを見ていた。

――ホワイトデーなんてね、もともとは存在しなかったのよ。

そこらじゅうに積み上げられた、小奇麗に包装された箱。

――みんな、製菓会社の策略にはめられちゃってるのね。

そのひとつを指で弾き、みんな馬鹿よねえ、とこっちを見ながら笑った。

…しかし、そんな彼女にもらったのは、手作りのチョコレート。

そこにつっこめば何故か焦った様子で、
バレンタインはもとから贈り物を贈る日だったのよ、と言った。

――まあ、本当は花とかカードを贈る日、だったんだけどね。

ちろり、とオレを見ながらそう弁解する彼女。

でも贈り物に食いもんを選んだお前さんも
結局は製菓会社の策略とやらにはまってるんじゃないか、と言えば、
いいのよあたしは、と開き直る。

――手作りしたんだし!!

…カカオから手作りしたわけではないだろう。
材料の中に、既製品は存在していたはずだ。

ため息をつけば、彼女はなによぅ、と口を尖らせる。
お菓子を贈ること。
自分はよくて、ホワイトデーは違うという。
生じる矛盾。

…まったく、可愛いなあ。

矛盾によって徐々に剥がれ落ちる、偽りの仮面。
そこに覗く本心は、彼女自身が『馬鹿』になりたいと言っているようで。

自惚れてしまう。
彼女がオレからのお返しを待っているかもしれないなんて。
時折向けられる視線が、それを物語っているように思えてくる。
まあ、彼女の性格を考えれば間違ってはいないだろう。

それに気がつけば、嵌まらざるを得ない。
喜んで乗ってやろうと思う。
製菓会社の、策略とやらに。

にっこりと笑って、そこかしこで見る量産品の菓子袋を渡せば、
彼女は思いっきり目を剥いた。

――恥ずかしいから、お返しなんていらないって言ったじゃない!!

わたわたと慌てる、なんとも可愛らしい少女。
無理矢理に菓子袋を押し付けると、あきらめたように受け取った。

――自分から策略に乗るなんて、あんたも馬鹿よね。

ため息をつき、あきれた様子で肩をすくめる。

――でも

しかし、徐々にその頬は朱に染まり、



――そんなあんたから貰って嬉しいなんて、あたしも馬鹿よね。

恥ずかしげに微笑んだ。



【終】