『Dear My Flower…』 



「そうね、春に合ったものがいいかしら…」


彼女が頬を赤らめながら、花が綻ぶような表情で呟いた言葉に、ガウリイは目を丸くした。



ACT1 



そもそもの始まりは…

まだまだ冬の寒い日、リナがオレに温かいココアと焼きたてのクッキーにチョコマフィン、新しい携帯毛布をプレゼントしてくれた。

いきなりどうしたのかと思って、リナに問いかければ、「きまぐれよ」とひとこと。

リナが顔を赤くしながらこうして差し入れとプレゼントを渡してきたのだ。

何もないということはないだろう…と、じいっとリナを見つめていると…彼女は観念したようにぽつり、と呟いた。


「バレンタイン、よ」


その姿が可愛らしくてどうしよう、と思った事は今でも秘密だ。


そして、リナ手作りだというお菓子を手に、お返し…ホワイトデーにほしいものを訊ねて、返ってきたのが冒頭の台詞である。



「うーん…春に合ったものか…」

ガウリイは考える事が苦手だ。

春といえば→温かい→昼寝……そんな方程式が浮かんでくる。


「なぁに、ぼーっとしてるのよ」


珍しく考え事をしていると、リナが心配そうな表情でこちらを見ていた。


「いや…少し考え事をしていた…」

「ガ…ガウリイが考え事ですって?」


こんなに晴れているのに、雨でもふるのかしら、と真剣に天候を心配し始めるリナ。


「…お前なぁ……オレだってたまには……たぶん、考え事するぞ?」

「たぶんって…言い切れんのか、あんたは…」


呆れたようにガウリイを見たリナは、ふいに何かに気づいたようにしゃがみこむ。


「どうした?リナ…」

「ん、見て、花が咲いてる…」


赤と白と…見事に花を咲かせるそれは、春の訪れをいち早く告げていて…


「梅、ね…」

「ああ…」

「寒い春から一番に咲いて春が来たことを教えてくれるのよね、梅は…」


ふいにそう呟いたリナが、優しく微笑む。

一瞬、梅の姿はリナと重なった。




寒い寒い冬にも負けず

その寒さすら美しさに変えるその花は…

数多の修羅場を潜り、生き延び、今微笑んでいるリナにひどく相応しい気がして…



リナが微笑んだ瞬間、ガウリイは花が開こうとしているその瞬間を見た気がした。

こんな風に見えるその理由に思い到ったのだ。

目の前の『少女』が『大人』になるために少しずつ綺麗になって花開こうとしているという事を。


(ああ、うん……いつの間にか…綺麗に、なったんだな…)



「……参った…」

「はぁ?…何が?」

「いや、…何でもないんだ」

「何でもないって…そういう風には見えないんだけど…って、あんた何か、顔が赤いわよ?」

「…何でもないって。…ただ、春っていいなって…」

「……変なガウリイ…って、いつもか」

「おい、いつもって何だ、いつもって…」


ジト目で見てくるガウリイの眼差しをものともせずにリナは「うーん」とひとつ伸びをして呟く。


「でもさ、本当よね。春になればあったかくなるし…いい季節よね」

「そうだな」


ぽん、と頭を撫でれば、くすぐったそうにするリナが…いつもよりも愛しく感じる。




春は、新しい真実をガウリイに運んできた。

上機嫌に歩くリナの姿を見ながらガウリイは思う。


(そう…こんな春に贈るものは……大人になり始めているリナに相応しいものがいい)


実用性とか、使えるものとか…そう言ったものではなく…

たまには、普段贈る事がないものを贈るのもいいかもしれない。


花を咲かせようとしているリナに無理をさせるのではなく、より相応しいものを…



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ACT2

「ガウリイ、見て!街が見えてきたわ!」



あの、春の訪れを知った日から、数日。

ホワイトデーの前日、街道を抜けたふたりは、久しぶりに大きな町へとやって来た。



「久しぶりだな、こんな大きな町…」

「ええ。色々と買出しもできるし、何より美味しいものがたくさんありそうよね!」


うきうきしながら言うリナに、ここら辺は出会った頃と変わらないんだよなぁ、と思いながらガウリイは笑う。


「ねぇ、ガウリイ…あたし、ここの魔道士協会に寄って行こうと思うんだけど」

「ああ、オレは…市場にでも行ってくるよ」

「じゃあ、ここの噴水前で三時間後に落ち合いましょう」

「おう!」


ガウリイはリナを魔道士協会に送り、別れると、その足で市場へと向かった。


「さぁて、俺もリナへのお返しを探すか…」


そこの市場は、ひどく大きかった。

この街は元から装飾品を作るのに適した金属や、何といっても色とりどりの割れにくいガラスの生産で有名らしい。

実用的ではなくても、持ち運びがしやすいものがいいとガウリイは慎重に市場にあるものを見て回る。

金属は、金や銀、それに珍しい青みのかかった銀や、ピンクゴールドのものがある。

どれもこれも、素晴らしく美しいが、リナに合わせると何となく違う感じがする…


こうしてリナへの贈り物を探し始めて一時間が過ぎた頃、ガウリイはひとつのアクセサリーの露天で立ち止まった。

リナに合わせると少し違うが、それでも温かみもあるそれは、リナに合いそうな感じがして…


「なぁ、このアクセサリーって、あんたが作ったのか?」

「ああ、そうだよ。彼女へのお土産にひとつどうだい?」


愛想よく言う露天の店主は、ガウリイとそう年が変わらないくらいだろう。

じいっとアクセサリーを見つめてから、ガウリイは駄目で元々、と思いながら口を開く。


「…ひとつ、頼みがあるんだが……」


真剣に言うガウリイに、店主は耳を傾けた後、快く彼の頼みを受け入れた。






「珍しいわねー…」


約束の時間になり、待ち合わせの噴水にやって来たリナは、てっきり先に来て待っているだろうガウリイがいないことに気づき、少し驚いたような表情をした後、彼を待つために噴水の前のベンチに腰を下ろした。

以前よりも温かくなっている風に、ふと微笑む。


「春、かぁ…」


そういえば、明日はホワイトデーだという事に気づいて、リナは笑った。

ガウリイは、覚えているだろうか?

バレンタインに意を決したリナが温まれるようにと贈った品々と、彼を思う気持ちが込められていた事を。


「義理なんかじゃ、ないんだからね?」


渡すときは決して言えなかった言葉をぽつりと呟いてみる。


そう、今までのバレンタインは、アメリアやゼルガディスが一緒だったため、アメリアと合作でガウリイとゼルガディスにチョコを買ってプレゼントしたりしていた。

…その次の月の三倍返しにガウリイとゼルガディスがケーキショップに連れて行ってくれるのが毎年のことだった。

…毎年毎年、財布を見てドキドキしているらしいガウリイとゼルガディスを見るのが密かな楽しみだったのは、今もリナだけの秘密だ。



そして、三年目にして始めてのガウリイとふたりだけのバレンタイン。

いつもよりも丁寧に気持ちを込めて作ったお菓子と選んだ携帯毛布をガウリイはとても喜んでくれていた。

柄にもないけれど、その笑顔が見られただけでリナは実は満足をしていたりするのだが…


「できれば、覚えていて欲しいなぁ…」

そう思うリナは欲張りだろうか?




「何を覚えていて欲しいんだ?」

ふいに横から聞こえた声に驚いて、リナはびくりと跳ねる。

声の主は、待ち人ガウリイで、空色の瞳がきょとんとリナを見つめている。


「び…びびびっくりしたぁ…」

「待たせて悪かったな」


くしゃりとリナの髪を撫でるガウリイの手が優しくて、リナは目を細めた。


「…そんなに待っていないわよ。でも、珍しいわね。あんたが遅れて来るなんて…」

「まぁ、その理由は追々な…」


珍しい答えに、今度はリナがきょとんとする。


「なぁ、リナ…宿を決めたらさ、少しだけ付き合ってくれないか?」


そんなリナに気づいているのかいないのか…わからないけれども、ガウリイがあまりにも優しい瞳をしていて…リナは気づいたらこくりと頷いていた。



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ACT3


本日の宿は、少しだけ小高い丘の近くにある、可愛らしくカントリー調で調度品がまとめられた宿だった。

何でも、ガウリイが行った市場で、地元の人に奨められたのがこの宿だったらしい。

リナも魔道士協会に行き、この宿がいいと聞いていたので、意見一致、とすぐに宿屋が決まったのだった。


「何でもね、ここがハーブの料理が天下一品なんですって」

「へぇ…なるほどな。宿全体がいい匂いするな」


実に可愛らしい内装の部屋と、少しそれが抑えられ、有体に言えば、男性がいても違和感がない心地よい空間の部屋が交互に隣り合わせに設置されているらしく…

リナはせっかくだからとドライフラワーやらリースからがたっぷりと飾られた可愛らしい部屋、ガウリイはシンプルな客室を選択した。


「どこか行くの?これから…」

「いや、そんなに遠出しないから、軽装でいいぞ」


部屋に入る前にガウリイに尋ねると、そんな答えが返ってきたので、リナはマントとショルダーガードを外した状態で行くことにした。

荷解きをして、とりあえず帰ってきた後にお風呂に行く準備をして、一息ついた所でガウリイがリナの部屋にやって来た。


「あ、ガウリイ。いいタイミングだったわね」

「そうみたいだな」

笑いながら答えるガウリイも、リナと同じようにアーマーを外した姿だった。

…さすがに、剣を携帯しているようだが…


「おう、それじゃあ日が落ちないうちに行くか」



そうしてガウリイがリナを連れてきた場所は…


「花畑?」

「ああ、ここの宿の所有地らしいぞ。」


少し行った場所に、ハーブ畑もあるらしい。

そんなガウリイの説明を聞きながら、リナは訊ねる。


「でもさ、何でそんな事を知ってるの?」

「…それを話す前にさ、リナに渡したいものがあるんだ。」


丘の一番上にやって来た時、ガウリイは微笑みながら言う。


「一日早いけれども、受け取ってくれるか?」

「一日早いけどって…え?…もしかして……」

「ああ、ホワイトデーのお返し…かな」


そう言うとガウリイはリナの手に小さくラッピングされた袋を置く。

袋を丁寧に開けたリナは、言葉を失った。


それは、一組のピアスで……

ピンクゴールドの優しい花びらの中心に輝くのは、ガウリイの瞳の色を思わせる明るい空の色と、深い海の色を思わせるガラス。


「可愛い、ね…これ……」

「ああ、気に入ったか?」

「うん、すごく気に入った。ありがとう、ガウリイ…」


そう言って笑うリナの笑顔は、また花が開いた事を教えるかのように美しい。


「つけてやるよ…」


そう言いながら、リナの普段つけているピアスを外し、そっと花を象ったピアスを付ける。


「うん、似合ってる。」


そう言ったガウリイは、腕の中にそっとリナを閉じ込める。


「が…ガウリイ?」


うろたえるリナに、ガウリイは言った。


「春に合うものって聞いて、すげー色々考えた。色々考えていた時にさ、梅をリナと一緒に見ただろ?あの時に気づいたんだ。春と共に花開いたのは梅だけじゃないって…」

「ガウリイ…それって…」

「お前さんは、綺麗になったよ…」

「…え……あ、ありがとう……」


これでもかというくらい赤くなりながらリナが小さく呟く『ありがとう』の言葉。


「そんなリナに合うもの探していて…気づいたら、自分でピアス作ってた…」

「作って……って、えええ?」


これ、ガウリイの手作りなの?と驚いたリナはそっと耳に咲く花に優しく触れる。


「あー…実用的とかじゃないんだけどな…どうしても今回は大人になっていくお前さんに合うものを贈りたかったんだ。今のお前さんに合うものを……宝石でもないガラスだけど、な…」

「そんな、宝石とか、そういう問題じゃなくて…えっと……あたしは、ガウリイが作ってくれたこのピアスを貰えて嬉しい…」

「リナ……」


見つめあった瞬間に、言葉はするりと落ちるように出てきた。


「リナが、好きだ…」

「あたしも、ガウリイが好きだよ…」


伝え合った気持ちは、ごく自然にそこにあって…

そして、ふたりは『相棒』から『恋人同士』に最初の一歩を踏み出した。






「ねぇ、ガウリイ。そういえば何でここに丘があるって知っていたの?」

「あー…実はさ、協力してもらったアクセサリーの露天だしている店主がさ、ここの宿屋の息子だったんだ。それで、協力してくれたんだよ…アクセサリー作りと、この場所とって…」

「えっと、それじゃあ、受付のおかみさんがすごく笑顔だったのって…」

「あー…今日のオレのアクセサリー作りから全部理由知っているからだな」


その言葉に、ずるずるとリナは崩れ落ちる。


「あー…やだ、何か宿に帰るのが気恥ずかしい…」

「あはは…帰ってきたら告白終わった俺達がほっとできるようなハーブティとデザートを用意してくれているってさ」

「……どんな顔して帰ればいいのよ…」


うー…と顔を赤くしながら呻くリナに、そっとガウリイは手を差し出す。


「オレの後ろに隠れて、顔隠し行けばいいだろう?」

「…あんたの上機嫌ですって顔を前面に出して帰るのも何となく結果を伝えているようで恥ずかしいけど、そうしようかな…」


その手に自分の手を重ねて、リナは立ち上がる。


「いいじゃないか。オレは嬉しいぞ?恋人になったって言えて…」

「あんたはどうしてそう素直に…ああ、もう、いいや……」


幸せそうに紡がれる恋人同士になったふたりのやり取りを、祝福するように揺れる花達と、夕日の代わりに顔を出した月が優しく見つめていた。






終わり





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