[意在言外] |
「なに、これ?」 剣を握る人間特有の、ごつい手。 擦り切れた深緑の、指だけを出す手袋の上に、ちょこん、と小さな箱が乗っている。 ご丁寧に赤いリボンまでついていた。 大きな手のひらの中でそれは異彩を放っているように感じ、 同時にまじまじと手を見たのなんてはじめてで、指が意外に綺麗だったのか、と頭のどこかが分析をした。 そんなこと考えてる場合じゃないでしょ、と思ったりもしたけど。 「ん?だから、リナにやるって。」 「やる、って…。」 どうみてもアクセサリーの類が入っているようにしか見えないその箱をあたしはまじまじと見た。 これで飴玉一個だけが入っていたら世の女の人は男を殴り倒す、そういうレベルの箱に見える。 いや、まぁガウリイならあり得るけど。甲斐性とか常識とか頭脳とか色々足りないし。 「どうしたの、これ?」 「んー、いや、町でふらふらしてたら勧められてな。」 言いながらガウリイは、いつまでも取らないあたしに焦れたのか、「それよりいらないのか?」と尋ねて手のひらを閉じようとする。 咄嗟にがしっとその箱を掴むと、ガウリイは満足そうに笑う。 くれるというものを貰わないのは何だか勿体無い、そういう心理は人間の当然の摂理であって、あたしががめついわけじゃない。 大体このくらげが買ってきたものが何か、ぼったくられていやしないか、何が出てくるのか、そういう謎をそのままにしておくのは寝覚めが悪すぎる。 「開けて見てくれよ。」 「わかってるわよ。」 宿の小さな机に箱を置く。 赤いリボンをするすると解く。 小さな箱の蓋をそっと開けると、そこにはブレスレットが二つ入っていた。 複雑に絡んだ茶色い革紐に、緑色の綺麗な石が結び付けられている。 シンプルで目玉が飛び出るほど高級というわけでもないけれど、革も、石も材質はいい。 石の方はどうやら魔法がかけられている様だから、値段も単なるアクセサリーから跳ね上がるだろうし。 あたしにとってはそれ程でもないけれど、ガウリイの感覚ではそれなりの金額ではないだろうか。 「これ…?」 「リナ、前の…ほら、腕とかにつけてたあれ、壊れてつけるのやめちまっただろう?」 「タリスマン?」 「ああ、それでお前さん何か物足りなさそうだったから、前から気になっててな。 暇だったし、ついそういう店覗いてたら、目に付いちまって。気に入らなかったか?」 不安げな表情を浮かべるガウリイを見て、慌てて首を横に振る。 「え、いや、いいと思うけど…あんたにしちゃ高かったんじゃない?結構いい品よ、これ。」 「ああ、何か店の人がセットで買うと安くしてくれるって言うから思ったより安かったぞ?二つ一緒には中々売れないからとか何とか。」 大体の値段を聞くと、かなり割安だと正直思う。高くないってわけではないけど。 しかし、この脳味噌くらげが、女性物のアクセサリーなどといった専門外の買い物で値段交渉など上手く出来るだろうか。 首を傾げ、1つ思い至る。 「その店の人、若かったんじゃない?そんで女の人。」 「ん?ああ、そういえばそうだなぁ。年はオレと似たような感じだと思うが…」 「なぁるほどね。」 納得した。 若いねーちゃんなら、ガウリイのこの面構えにころっと騙されちゃうだろう。 まぁおばちゃんとかでも騙される時は騙されるか、この男の見た目に。 「で、つけないのか?」 「あ、あぁ、うん、そーね。」 長年の相棒からのプレゼント、というのは改めて考えると何となく照れる。 期待するような目がどこか恥ずかしくて、少し俯き加減に、とりあえず左手首にはめてみると、吸い付くようにぴったりだった。 「ど?」 左腕をかざして見ると、ガウリイは満足そうににこにこと笑い、「ぴったりだなぁ」と言う。 「そ。あ、その、これ、ありがと。」 「いや、似合って良かった。そっちはどうだ?」 「あ、うん。」 もう一つのブレスレットを手にとって、ふと違和感に気付く。 さっき持った、今左につけているものより、一回り以上大きい。 試しに右手首に通してみても、紐の部分が大幅に余ってしまう。 「なんかこれって…大きいわよ?」 「ん?そうなのか?」 「うん、まるで男物…」 言い掛けてはっとした。 そう、男物だ。腕のサイズといい、これをはめられる女性は中々いない。 これをはめられる女性って言ったらやっぱり男性並のガタイの女性ということになってしまう。 そう、丁度ガウリイがはめるぐらいの大きさで… そこまで考えて、あたしは恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じた。 こ、これって男女ペアのブレスレットだから売れ残ってたんぢゃ…?! 「へー、男物だったのかぁ。片方しかよく見てなかったし。じゃあリナには無理だなぁ。すまんすまん。」 慌てるあたしを知ってか知らずか。ひょいっと、こっちが気付かぬ速さでブレスレットを取り上げる。 「あ、ちょっ!?」 「あー、本当だ、大きいな。店員さん一言も言ってなかったんだが。」 まじまじとブレスレットを見るガウリイ。 男女でペアだとかは全然考えていない様子だった。 焦った自分が恥ずかしい。 「ったく、やっぱりあんたってどっか抜けてるのよね。」 溜息混じりに言ってやると、聞いているのかいないのかガウリイはうーん、と唸る。 「でもなんか勿体無いよな。」 「え?」 「ちょっと待ってろよ。えぇと、ここをこーして。」 さっと左腕を突き出してくるガウリイ。 見ると、さっきあたしの手首の二回りは大きかったブレスレットが、ぴったりとその手首に巻かれている。 「な、ぴったりだろ?」 軽く手を振ると、からかう様に緑の石が揺れて、どうしようもなく恥ずかしい。 赤くなった顔を見られたくなくて、思わず顔を逸らす。 その態度に不安に思ったのか、ガウリイはさらに尋ねてくる。 「似合ってないか?」 「別にっ!」 「じゃ、オレもつけとくな。」 見なくても嬉しそうに笑っているのが気配でわかってしまうこの距離感が今は少し憎らしい。 ふーっと深く溜息をついて、少し肩の力を抜いた瞬間。 「何か、婚約指輪みたいだな。」 ぼそっと、あたしの地獄耳でも聞こえるかどうか、というぐらいの音量で呟かれた言葉に、 頬がまた熱を帯びたのを感じ、慌てて自分の左手首を見えないように抑えた。 本っ当にこいつ、どこまでわかってんだろーか。 |