「ポコタさん、失礼します」
言うなり返事も待たないで、アメリアはポコタのチャックを引き開けた。
そして遠慮なしに手をつっこむと、そのままゴソゴソまさぐって。
「……お邪魔しました……」
なぜか目に見えて落ち込むと、とぼとぼと歩み去っていった。
「な、なんだったんだ。いったい……」
ポコタは呆然と、肩を落とす後ろ姿を見送って。
ごはんでも食べて忘れようと歩き出したら、むんずと頭を掴まれた。しかもそのまま持ち上げられるではないか。
こんな乱暴な真似をするのはアイツしかいない。
ポコタは怒りを露わに叫んだ。
「なにすんだヘコムネ! その胸さらにへコまされたいのか!?」
「はっはっは。そんなことしたらお前が消されるぞ、ポコタ」
内容にそぐわず朗らかな声。それは明らかに男の声ではないか。
どうしたヘコムネ。あまりに胸がへコみまくって、ついに女じゃなくなっちゃったのか?
その場合、へコヘコ連発しまくった自分にも責任があるのだろうかと危惧するポコタの視界がくるんと回転。そうして目に入ってきたのは――
「なんだ。ガウリイか」
「なんだとはご挨拶だな。ところでお前さんに聞きたいことがある」
そこでガウリイ。ポコタを掴む手にグッと力を込めて、
「リナの胸、どうやってへコますつもりだ? まさか触るつもりじゃないだろうなどうなんだ」
「イタいイタい目がマジだぞ怖いぞガウリイ」
「答えるんだポコタ。潰されたいのか?」
ググッと更に力アップ。
「わわわわかった言うよ言うから! ヘコムネの胸なんて触るつもりないから安心しろ! だから離せよ中身出るだろ!!」
「そうか。それならいいんだ」
「いやよくない!!」
「あ。中身といえば」
ガウリイはやおらポコタのチャックを引き開けると、中に手をつっこんで……
「ってお前もかよ!? おれから何を出すつもりなんだー!!」
依然として頭を掴まれ逃げること叶わず、ポコタはむなしく叫ぶばかり。
しかし、ガウリイが光の剣を引っ張り出すのを見て希望を抱く。
「それが欲しいのか? いいぞ。あげれないけど貸してはやるよ。あとでちゃんと返してくれよな」
よかった、これでようやく解放されると安堵するポコタの耳に、ガウリイの喜びに――
「これってレプリカだよな……じゃあいい……すまん……」
悲しみに打ち震える声が届く。
「え、じゃあ何が欲しかったんだ? おい、ガウリイ……」
ポコタの呼びかけが聞こえないのか、ガウリイはひどく暗い表情でポコタを床に下ろすと、ふらふらと頼りない足取りで去っていった。
「なんか、さっきもあったなこのパターン」
おかげでちょっと慣れてきた。慣れたくはないが。
そんなわけで速攻立ち直ったポコタは、再度ごはんを目指して歩き出し。
前方に骨つき肉が落ちてるのを発見。
「肉だぁぁぁ! しかも旨そう! いただきまーす」
ひょいと掴んでがぶりと一口。と同時にガラガラガラーと上から檻が降ってきた。
「へ。」
がっしゃん。
ポコタ、捕らわれるの巻。
「なんだそりゃあああああ!!」
「また引っかかるとはな。学習能力のない奴だ」
呆れ顔で物陰から姿を現したのはゼルガディス。別名ポコタハンター。ポコタを捕らえさせたら右に出る者がいないほどの凄腕ハンターである。嘘である。
「どういうつもりだよ! 宿の廊下に罠しかけるなんて、他の人がかかったら危ないだろ!!」
「安心しろ。こんなバカバカしい罠、お前しかかからん」
「うわ腹立つな」
「そう怒るな。餌の肉は高いのを選んでやった。味わって食え」
「餌いうなよ」
「さて本題に入ろう」
「話聞かないとこ、ガウリイやアメリアに似てきたな」
「やめてくれ」
そこだけは真剣に拒否ると、ゼルガディスは咳払いを一つしてから切り出した。
「お前のチャックを開けさせてくれ。悪いようにはしない。手を入れるだけだ」
「…………」
「嫌なのか? ならば仕方ない。実力行使でいかせてもらうぞ」
すらりと剣を抜くゼルガディスにポコタは呆れ顔で、
「いやお前。たったそれだけのためにこんな大げさな罠しかけたのか? ふつうに頼めばいいじゃないか。アホだな」
「……ずっとそこにいろ」
言い捨てるなり背を向けて、ゼルガディスはポコタを檻に閉じこめたまま行ってしまった。
「またか。今日はいったい何なんだ?」
先ほどの骨つき肉を頬張りながら考えてみるも、まったくもってわからない。
わかるのは、この肉がやわらかくてジューシーなことだけである。
「なんで飼育されちゃってんの? ポコタ」
アメリア、ガウリイ、ゼルガディスと来たのだから、当然コイツも来ると思っていた。
ポコタは檻の中からジトッとリナを見上げると、
「お前もチャックを開けにきたのか? ヘコムネ」
「誰かのペットになってるヤツに、胸がどうこう言われたくないんですけど」
同じくジト目で返しながらも、リナはよいしょと檻をどかしてポコタを救助。
「ケガはない?」
「お、おお。ありがとう」
思わず素直に礼言っちゃって、ポコタは慌てて飛び退く。
「親切にして油断させようたって、そうはいかないからな! チャックは絶対に開けさせないぞ!!」
「いいじゃんケチー」
「かわいこぶるな! 鳥肌たつわー!!」
「し、失礼ね!! 鳥肌どころか肌さえ見えない毛むくじゃら生物のくせに!!」
「なんだと!!」
「なによ!!」
そしてはじまる取っ組み合い。
しかし決着はすぐにつき、リナの手はポコタの中に。
「む。なにも出てこない。おかしいわね」
「えっ!? リナさんでもダメなんですか?」
「本当に出てくるのかよ」
「疑わしいな」
どこに隠れていたのか次々と現れる仲間たちに、ポコタはいいかげん疲れ果てぐったりと、
「お前ら、おれから何を出したいんだよ。もう教えてくれたっていいだろ?」
そこでリナたち四人は顔を見合わせ、きっぱりはっきり言ってのけた。
「おかね」
「変身ベルト」
「光の剣本物」
「クレアバイブル」
そして最後にリナが締め。
「以上」
「以上じゃねえええええええ!! んなもん出てくるわけねぇだろ!! お前らの思考回路が異常すぎるわっ!!」
「えーなんでよーホワイトデーなのにぃぃぃぃ」
「つまんないですぅぅぅぅ」
「そのしゃべり方やめろよ。うっとうしいぞ」
『すみません……』
真顔で注意されて思わず謝るリナとアメリアの横では、ガウリイとゼルガディスが残念そうに話していた。
「あの噂は嘘だったのか……ホワイトデーに欲しい物を思い浮かべながら中に手を入れると、それが出てくるっていうのは……」
「どうやらそのようだ。ちっ、使えん奴め」
「おれは四次元ポケットか!! だいたいホワイトデーってのは、バレンタインのお礼をする日だろ? おれ、お前らになにか貰った覚えなんかないぞ」
たとえ貰っていたとしても、チャックからほいほいと何かが出てくるわけもないのだが。
「なに言ってんの。常日頃あげてんじゃない」
なぜか偉そうに胸を張り、リナは言う。
「優しさ」
「愛!」
「希望」
「餌」
「なんだ最後の!! それ以外はもらってねえし!!」
特にリナの『優しさ』は嘘だろとポコタは思う。むしろ『暴力』。
ガウリイの『希望』も意味不明である。
アメリアのは――
「そんな、ポコタさん……わたしの愛、届いてなかったんですか……?」
なんかショック受けてた。
よよと大げさに泣き崩れるアメリアを前にポコタはオロオロと、
「え、いや、そんなことは……」
その様をリナはニヤニヤと見つめながら、
「アメリアには弱いわよねー、あんた。ていうか甘い?」
「差別だ差別!」
「俺たち庶民には冷たく厳しくか。これだから王族は」
「そ、そんな目で見るなよ!! おれは別に……うわぁぁぁっ!!」
「あっ、逃げた!!」
「追え!!」
「待て! ポコター!!」



それから三日後、とある山中で。
ポコタは、決して自分をからかって遊んだりしない心優しいウサギさんやリスさんと戯れているところを、珍獣愛護団体のみなさんによって保護されたという――




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