「2人の距離感」 




実際、相棒はハンサムだと思う。
しかし男の正装って言うのは普段の3割り増しでかっこよく見えたりするからこれまた困る。

「ん?どうした?」
のりの利いた白いシャツをちょっと堅苦しそうに、でも自然に着こなしたガウリイは、黒い上着をひょい、とイスから取り上げ、あたしの方を振り返った。

ちょっとした依頼を受けて今こんな恰好をしているのは、実はガウリイだけではなく 何を隠そうあたしもどこぞのご令嬢よろしく、ふんわりとした品の良いドレスに身を包んでいるのだが。
あたしの方が数段きらびやかな恰好をしているはずなのに、なんかガウリイに負けてる気がする……。

「今回の依頼の内容、解ってるわよね?」
あたしは意味もなくドレスの裾を払うのにかこつけてガウリイから視線を外した。
そんなあたしに気付く良しもなく、ガウリイはしゅ、と小気味いい音を立てながらタイを締めている。
「あれだろ?社交会、とか言うのに出て、依頼主から指定されたおっさんから話を聞き出すって言う」
「ガウリイにしてはよく覚えてるじゃない」
「今さっき聞いた話はさすがに忘れるわけないだろ、お前人のことなんだと思って……」

さすがにむっとしたような呆れた声をやり過ごしながら
普段なら絶対に着ない、華やかさのみが命の弱々しい布で出来たドレスの 襟元のリボンを
きゅ、と結び直して。
あたしは半眼でつっこみがてら改めてガウリイと向き合った。

「日頃の行いが悪いからよ」
普段さんざん見慣れてるはずの相棒の見慣れない姿に、やっぱり一瞬変な間が空く。
これが相棒でなきゃ素直に「かっこいいわね」と言ってやってもいいのだが、
いかんせん付き合いが長すぎて今更そういう単語をするりと言う気にまずなれない。
対するガウリイもなぜか同じく変な間を空けた後、視線を気まずげに天井へと流した。

「……あー、で、お前が貴族の娘で、オレはその……ひつじ?」
「執事!しーつーじ!
 もうあんた絶対間違えるから、万一聞かれたら使用人とか言っといてよ?!
 そもそもあんたの頭で執事なんて絶対無理だし」
「……執事って偉いのか?」
「執事がどういうもんか、ってのは今回の一件にまったく関係ないので説明拒否。
 とにかく、身支度済ませてとっとと下降りるわよ、馬車待ってるみたいだしね」

のどかな雰囲気の街並みの見える窓の外には 頭のみで毛づやが良いと解る馬がつながれた、華奢な馬車の屋根が一番手前に見えている。
こんな旅人向けの安い宿屋にそんな馬車が来る理由など、自分たちを差し置いて思いつかない。
依頼主のよこした「貴族ご令嬢用」の馬車だろう。


「……あ、そうだ、リナ」
「うん?なによ」
久々に引っ張り出した化粧道具ががちゃついた音を立てるのにかまわず
あたしは手早く荷物を片付ける。
「仕事終わったらなんか食いに行こうな」
「ん?まぁそりゃ社交会なんかじゃろくな物食べらんないでしょうけど。
 特にあんたは何も食べらんないかもしんないし」
「いやそうじゃなくて、今日、あれだろ?お返しする日」

ぎゅ、と細々した物を放り込んだナップザックの口を締め、
あたしは自分の荷物がまとまっている大袋にそれをつっこみながら、
ガウリイのなんとなく自信なさげな声にふと一つのイベントを思い出した。

そういえば一月前、日頃のお礼と称してちょっとした贈り物をしたんだっけ。
「……ああ、ホワイトデーね、そういえばそうだったわ」
「……お前お返し期待して先月オレにチョコレートくれたんじゃなかったのか?」
心底驚いたような顔をした相棒に、あたしは心底ゲンナリと半眼を返した。

「……あんたあたしを何だと思ってんのよ」
「……いや、んーそっか……
 んー、今日の社交会ってのにはオレみたいな人は来てるのか?」
「オレみたいな、ってのは、執事さんってこと?」
何事か悩んだようなそぶりを見せた後、そう聞くと
あたしの返事に小さなナイフを服の下にはめ込みながらこくりとうなずく。
「来てるんじゃない?何で?」
「いや、こっちのこと、……迎えに来ちまったみたいだぜ、行くか」

既にペチコートに仕込んだナイフの場所を軽くぽん、とやっただけで、あたしも武器を持っていることを理解したらしいガウリイは。 馬車の御者だろうか、ドアの向こうの気配に気付いて手早く上着を着ると、まるで普段から着慣れてるかのような様子で鏡に向かって何事かする。

そして長年隣にいるあたしでさえ一瞬固まるような、爽やかな、それでいて男臭い笑みを向け安っぽい宿屋のドアを開け、本物の執事よろしくぺこりと頭を下げながらあたしを通したのだった。
「お足元お気を付け下さいませ、お嬢様、ってか」
「………お願いだからいきなし変なこと言わないで」



社交会であたしがターゲットと接触を図ってる間に 、ガウリイが手近な執事さんからこのあたりで評判の良い料理店を聞き出していたことを知るのは 、その日の夜、少し豪華なディナーに連れられて行ってからのことである。

お互いあんまりにもいつも通り過ぎて「特別な気持ちのこもった物をもらったお礼」をしてもらえた、と思って良いのかどうか正直よく解んないんだけどね。





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