1日遅れのホワイトデー 





コトの起こりは1ヶ月前の14日。
駅に向かう途中で呼び止められた。

「ガウリイ」
「ん?」

見上げると、ベランダからひらひらと手を振る彼女の姿。
会社?と聞いてくるそれに、休日出勤だと苦笑い。

「リナはこんな朝早く何してるんだ?」
「…うん…あ、ちょっと待ってて。今行くから。」
「あぁ?」

部屋の方へと消える彼女を見ながら出合った頃も確かこんな風だったと思い出す。
少し待つと玄関のドアが開きダウンジャケットを着込んだ彼女が出てくる。

「おはよ」
「おはよう、リナ。」

それで?何だ?と聞くと彼女は、はいと小さな包みを差し出した。
手の平に乗るくらいの小さな箱。

「?」

首を傾げると口を開けてとそれ。
そして、焦れたようにいいから早く!と小箱のリボンを解く。
大人しく口開けるとぽいっと放り込まれる何か。
すぐに正体は解った。

「チョコ…」

ほろ苦い甘みが口に広がる。
手作りトリュフよと笑うリナが指に付いたココアをぺろりと舐める。
あぁ、そうか今日はバレンタイン…と思い出した瞬間…不覚にも俺は頬に朱がさすのを感じた。
…中学生のガキみたいなあからさまな反応にリナが大きな目をぱちくりとさせた。

「あ、いや…えっと…これは…」

不意打ちをくらってつい顔に出てしまったことを後悔してももう遅い。
慌てて言い訳しようとする自分が情けない。
情けないが…変に意識されて今までの関係が壊れるのは嫌だった。
リナはまだ学生で、俺は社会人で…世間的に言えば…まぁ犯罪だ。
どうしようかと思っていると、クスリと彼女は笑った。

「何考えてんのよ?義理に決まってるでしょ?」
「へ…?」

残りが入った箱を今度こそ俺の手に押し付けると、ガウリイのばーかと笑って家に入っていく。

「ちょ、リナ!?」
「じゃぁね。あたし二度寝するから、あんたも遅刻するわよー」

パタンと閉まるドア。
手の中のチョコレート。
突っ立ったままの俺…取りあえず…もう一つ摘んで口に入れた。
甘く溶けるそれ。

「………義理…か…」

にしては結構良い出来だよなぁ。と笑う。
休みの日にわざわざ起きて待っていたし…
その時だ。携帯の着信が鳴った。
サブディスプレイに表示されたのは彼女の名前で…

「リナ?」
『なにしてんの、さっさと行きなさいよ。』
「あ、うん…あのさ、」
『な、なに?』
「ありがとな。お礼ちゃんと言わなかったし。」

美味いよと告げるとしばしの沈黙。
何となく、ドアの向こうで赤くなった顔が浮かんだ。

『…お、美味しいに決まってるでしょ!あたしが作ったんだから!!』
「うん、美味い。」

素直に誉めると彼女は照れたのか、お返しは10倍なんだから!と言って電話を切った。
10倍か…それは困ったなと笑う。
お返しは何を贈ろうかと考えながら、顔がにやけるのが止められなかった。













そして1ヶ月後の14日が今日なのだが…

「…はぁ…」

自分の意気地の無さに嫌気がさす。
時計を見れば12時少し前…。
今日も仕事だったとはいえ、渡すチャンスはあったのだ。
朝、会社に行く途中で…リナに会ったし。




『おはよ、ガウリイ。』

そういって早速手を差し出す彼女。
お返しは?と笑う…のだが…俺はコートのポケットに入れたそれをその時渡せなかった。

『…あ、えーっと…』

何といって渡せばいいのだろうか?
バレンタインのあの日…リナは義理だと言った。
お返しは10倍だと言われて、色々選んで…それが喜ぶ顔を想像していたら…今ポケットの中にあるものになった。
でも、よく考えたらお返しがコレって…
リナが本当に義理で渡したとしたら…コレは重いんじゃなかろうか?
その上、『そんなつもりじゃないんだけど?』なんて言われたらどうしよう…と思ったら渡すのが怖い。
気が付くのが遅すぎたのだが。

『…まさか忘れたの?』
『えっと…そんなこと無いぞ…でも…』
『でも?』
『か、会社に置きっぱなしだから…仕事終って帰ってきたら渡すよ。』

苦し紛れの言い訳。
先延ばしにしたところでどうなるのだろうか?
しかし、リナは笑うと…楽しみにしてるわ。と言って手を振った。




そして…今なのだが…俺は何度目かの溜め息を付くとコートの中を探った。
目当てのそれを手に取る。
リボンがついた小さな箱。
リナのためにと選んでいたときは…都合がいいことに脳内には嬉しそうに微笑む彼女が浮かんでいて…
そう、断られることをまったく想像していなかったのだ。

「…まぁ、仕方ないか…今度…お返しって事で飯でも奢って…」

帰宅したのも遅かったし…それで誤魔化そうと思った時だった。
ピンポーンとチャイムが鳴る。
手にした箱を再びポケットに入れ、コートをハンガーにかけつつインターホンを取る。
こんな遅くに誰だ?と思ったのだが…モニターに映った訪問者を見た瞬間俺は玄関への階段を駆け下りた。
下の階の住人には申し訳ないが…今はそれ所じゃない。
階段を下りるとすぐに玄関。
慌しく鍵を開け、ドアを開き…

「こんな夜中に一人でなにやってるんだっ!」

チャイムを鳴らしたそれに怒鳴った。
彼女の家から、俺のアパートまでほんの数分とはいえ…時刻は12時近い。
つい先週だったかも…不審者が出たという噂があったばかりだ。
だからこそ怒ったのだが…リナはじっと俺を見上げるだけ。

「…取りあえず入れよ…」

そう言って部屋へと招き入れた。
俺の後に続いて、トントンと軽い足音が階段を上る。

「適当に座ってろ…」

そういってキッチンで珈琲を入れる。
ミルクは多めで砂糖無し…いつの間にか考えなくても覚えてしまった好み。

「怒ってるの?」

静かな声に振り向き顔を上げる。当たり前だろ?と言うと何故かそれは拗ねたようにソファに座った。

「ほら、珈琲。飲んだら送ってく。」
「うん…」
「それで?こんな夜遅くにどうしたんだ?危ないだろ?」
「………」

リナ?と聞いても答えない。
答えない代わりにますます拗ねたような態度で顔を背けた。
何が気に入らないんだ?

「どうしたんだよ?」

顔を覗き込もうとすると更に背ける。
そのやりとりがしばらく続いてカップの珈琲も温くなり始めたころ…リナが大きなため息をついた。

「やっぱり、ガウリイってくらげ…」

そう言って俺を見上げると真っ直ぐに両手を伸ばしてきた。
ん?とそれを眺めていると、お返し!強い口調。

「仕事終って帰ってきたらくれるって今朝言ったでしょ?」
「あ、あぁ…うん、まぁ…」

俺は曖昧に笑う。
渡していいものだろうか?
リナが望むお返しとは違うんじゃないだろうか…?
不安はあるが想像した笑顔が見れるかもしれない…少なくても1ヶ月前、チョコをくれたあの様子ならば…

「…ガウリイ?」
「うん、なんていうかさ…気に入らなかったらごめん。」
「?」

かけてあったコートを探り、それを取り出すと彼女の手に乗せた。

「俺の気持ち。」
「…あけていい?」

もちろん。と言うとリボンを解く。
箱の中身はシルバーのリング。
最初はぽかんとしていたリナだったが…しばらくするとふっと笑って見せた。

「…気に入らないか?食い物の方が良かった?」

あたふたする俺に彼女は首をふりぎゅっと手の中のそれを抱きしめる。
ありがと。と呟きながら。

「でも、くれるのが遅いわ!」
「…し、仕事だったし…」
「ふーん、まぁそういうコトにしといてあげるけど…1日遅れたんだから、ごはん奢ってよね♪」

へ?と時計をみると12時を5分過ぎていた。

「今日はもう15日だもの。遅れた分は更に倍返しなんだから♪」
「…いや、5分しか遅れて…」
「なんか文句ある?」

そういったリナの頬は赤く染まっていて…俺は首を振った。
わかれば良いのよ。とうんうん頷くそれと、微笑んでみている俺…
その内に視線が合い…互いにクスリと笑った。

「送ってく。」
「うん。」

コートを来て玄関への階段を下りる。
彼女の家まではほんの3、4分。
本当は返したくなどないのだけれど…と思っていたときだ。
ガウリイと呼び止められ振り向くと、えへへと笑ったリナが右手を見せた。
指輪がぴったりとはまっている。

「似合う?」

とそれ。でも俺は首を振った。

「変?」
「いや…どうせなら…こっちに嵌めてくれ。」

そっと手を取り指輪を外すと今度は左手を取り、薬指に嵌めた。
恥ずかしそうに笑うそれを見ていると自然と身体が動いた。
そっと頬に口付けると抱きしめる。
一瞬もがいたそれはしばらくするときゅっと俺のコートの裾を握り力を抜いた。

















翌朝


「おはようリナ」
「おはよ、ガウリイ」

いつもと同じ朝。
同じ時間の電車に乗るために彼女の家の前で待ち合わせる。
少し変わったのは俺たちの関係。
駅までの道を歩きながらちらりと見た彼女の首には銀のチェーン。
その先には俺が贈った指輪。
視線に気が付いたのか、頬を赤く染め…恥ずかしいんだもん。と笑う。
あまりにも可愛くて可愛くて…その肩を引き寄せようとした時だ…

「くぉらっ!!天然!!!」

後方から聞こえる怒声。
振り向くと火のついていない煙草をくわえた黒髪の男。
リナの父親だ。
それがビシッと…何故か釣竿を俺にむかって突きつける。

「てめぇ、リナに変な事しやがったら…」
「したら?」
「家賃10倍だからなっ!」

………やる…この男なら法律がどうのこうの以前に…絶対やる…。
俺は中途半端にリナに伸びていた手を引っ込める。

「こ、心がける…が、約束はできない…うん。出来ん!!」
「な、そこ胸張って言うとこじゃないでしょっ!?」

もう、良いから行くわよ!とリナが俺を引っ張った。

「父ちゃんも変な事言わないでっ!!」

耳まで真っ赤になってずんずん歩くリナ。
繋いだ手は小さくて…暖かかった。






いつもと同じ朝。


いつもと同じ時間。


昨日までとは少し違う俺たちは、それでもいつもどおりに笑顔を交わした。








栗鼠さんから一言お預かりしております。



説明不足…って言うのか、設定の出し惜しみと言うべきか…(笑)

ガウ君が住んでいるアパートは新築2階建てで全6部屋あります。
大家さんはインバース家。(だから家賃10倍って脅し(笑))
アパートの玄関は全て一階部分に並んでおります。
2階住居者は玄関開けるとすぐ上り階段なのです。(アレけっこうビックリするんです。見慣れぬ光景で(笑))
でもって、お部屋は2DK。
一人暮らし用のアパートと言うよりは新婚さん向けなんですが…ガウ君が6畳一間にいたら狭苦しいので2DKという安直な考え。
リナちゃんとは引越しの日に出会うのです。
その話はまた栗鼠家にてUPしていけたらと(笑)

そして誤字脱字チェックのため読み直したけど…ホワイトデーシーズンにコート…コート…orz
えぇっと、春物ですよもちろん(爆)


ということで、プチオンリーお留守番企画万歳♪

栗鼠様ことらぐぢす様のサイトはこちら