真夜中






かなり夜も更けた頃、やっとリナが目を覚ました。

熱に浮かされてぼんやりとした瞳が、ゆっくりとオレを映す。

「・・・がうりい?」

夜になってから熱が上がったのか、かなり辛いらしい。

握った手はボウッと熱く、汗もかいているのかしっとりとしている。

「ん、喉渇いてないか? なんか欲しいものあるか?」

服は後で着替えさせるとして、とりあえず少しでも身体を楽にしてやらないと。

「・・・ん、お水・・・ちょーだい」

喋るのもどうやら一苦労のようだ。

「ああ、じゃあ身体起こすぞ?」

ベッドに横たえていたリナの背中に腕を回して、ゆっくりと上半身を持ち上げてやる。

座った体勢に持ち込んだところで、背中部分に毛布を突っ込んで背もたれ代わり。

もう一枚の毛布は寒くないようにと、リナにかけてやる。

「ほら、持てるか?」

身体が冷えないようにと、部屋備え付けの暖炉で温くしておいた湯冷ましを
そっとリナに差し出すが。

「ごめん。・・・力入らない、わ」

ようやっと差し出された手はガタガタと小刻みに震えて、見ているだけで
気の毒になってしまう。

「ほら、ゆっくり飲め」

リナの口元にカップを持って行き、飲みやすいように傾けてやる。

「・・・ぅふっ。美味しい・・・」

オレの手に添えられたリナの手。

小さくて熱くて細い指先。

許されるのなら、一晩中握っていてやりたい。

そうする事で、この震えが止まるのなら。






「ねぇ、ちょっとだけ何かお腹に入れたいんだけど」

しばらくすると、水分補給のおかげか幾分喋れるようになったみたいだ。

「ああ、ここの女将さんからリンゴジュースとおかゆをもらってるが
どっちがいい? いや、どっちならいけそうだ?」

「ん、両方食べる」

真っ赤な頬は幼い顔立ちのリナをいっそう幼く見せる。

潤んだ両眼はユラユラと揺らめきながらこっちを見つめていて。

「・・・ガウリイ?」

「すまん、すぐ準備する」

寝癖のついた髪をくしゃりと撫でて、リナのために食事の支度をした。






借りたトレーの上にはあっさりとした味付けのかゆと冷たすぎないように
気をつけたリンゴジュース。

それを零さないで済むように、オレもリナのいるベッドに腰をかけて
自分の太腿を台にした。

「ほら、口開けて」

「・・・自分で食べるったら」

「まだ力入んないんだろ? こんな時位頼れ」

「〜っ、いただきます」

差し出したかゆを、ゆっくりゆっくりと嚥下していくリナ。

結局、椀に半分程度とジュースを少し飲んで「ごちそうさま」と言った。

残りを食おうとしたら「風邪、うつるわよ」と止められたが、それは無視して
一気に平らげてやる。大丈夫、オレはくらげだから風邪ひかないんだ。

「まったく、親でもそんな事しないわよ」

食器を脇のテーブルに片付けていると、ふいにリナが笑う。

「そうか? 残したらもったいないじゃないか」

「普通は病人が口をつけたものなんて食べないわよ?」

「ま、リナのだからいいんだ」

「なによそれ」

ポツポツと言葉を交わしながら、オレは暖炉に薪を放り込んだり
額に当てる濡れタオルを作ったりして。

リナはベッドの上に座ったまま、ジッとこちらを見つめていた。

「寒くないか?」

「大丈夫。 ところで、さ。 ・・・今日はあんたもこの部屋なの?」

やっぱり気になってたか。

「ああ、今日だけは同室だ。悪いがお前さんの看病の為だから
我慢してくれ」

「野宿と同じ様なものだし、今回は世話かけっぱなしだもん。
文句なんて言わないわよ」

まぁ、今までだってこんな事何度もあったけどな。

「どこ行くの?」

扉に手をかけたオレをいぶかしんだのか、リナがこっちを見つめていた。

「ん? タライの水を替えに行くだけだ。 何か欲しいものあるか?」

「・・・ううん」

緩々と首を振るリナ。

パサパサと髪が毛布に当たって音を立て。

どこか寂しそうに目を閉じて、後ろにもたれかかっていた。







踊り場の所にある水瓶から、冷たい水と女将さんの気遣いだろう
新しいタオルと着替えの入った籠を見つける。

『使ってください』と添えられたメモ。

夕方ここに駆け込んだ時は、リナの具合はそれほど悪くなかったんだよな。




「すまんっ、薬あるか!?」

「ガウリイっ、恥ずかしいから降ろして!
自分で歩けるったら!! はずかしい〜っ!!!」

「おや珍しい。お泊りですか?食事ですか?」

「一番暖かい部屋を一部屋頼む。食事は消化の良いもんで。
 こいつ、今朝からちょっと体調崩しちまって」

「はいはい、じゃあ2階奥の部屋を使いな。
あの部屋は暖炉があるからさ」

「じゃあ先にこいつと荷物を降ろしてきます」

「うあっ!? ガウリイの癖にあたしを荷物扱いするつも・・くしゅんっ!」

「ほらみろ、昨日から冷え込んでたのに無茶するからだよ」

「うにゅぅ・・・」

「ほれ。食事はオレが運んでやるから、リナは寝てろ」





ふと、宿に着いた時の騒ぎを思い出す。

階下では何やらボソボソと2人分の話し声が聞こえてきて
邪魔をしないよう、そっと部屋に戻った。

「ただいま」

と言っても、部屋を離れていたのは2分か3分といった所だったろうに
目に見えてリナの表情が不安から安堵に変わる。

「どうした? しんどいのか?」

抱えた荷物を脇に置いて、リナに近づき額に手を添えてやると。

「ガウリイ、怒んないんだね」

ポツリとリナが口にしたのは、たぶん昨日の事だろう。

昨日もかなり寒くて、霙交じりの悪天候。

しょうがなく、オレ達は崖下の洞窟で雨宿りをしていたんだが、
同じ目的で飛び込んできた奴がいて。

そいつも運が悪かったよなぁ。

見た目からして「俺は堅気じゃないぜ!!」って主張するように
円月刀とアイパッチにこ汚い服と、まさに3拍子揃っていたし。

んで、体調が悪いことで機嫌も悪かったリナに身包み剥がされるわ
アジトの場所まで白状させられるわ。

まぁ、奴の事はどうでもいいが、リナの風邪が酷くなったのはあの夜に
無理をして盗賊いぢめになんぞ行ったからなのは間違いない。

「リナ・・・だから盗賊いぢめは止めとけって言っただろ? 
こんなに熱が出てちゃ辛いだろ」

まったく、アレはお前さんの習性みたいなものだから、
しょうがないっちゃしょうがないんだが。

「・・・うっさい。それよりもっとこっちに来てよ。寒いじゃない」

おい、急に何を言い出すんだよ。

「こっち来い、って。・・・いいのか?」

寒いから来いって、これ以上側に行くって事はだなぁ。
オレもベッドに入るって意味になっちまうぞ?
リナ、お前さん言っている意味わかってるのか!?

「あたしがいいって言ってんの! 寂しいから早く来てってば!!」

「うわっ!!」

硬直中のオレに焦れたのか、リナが急に腕を引っ張って。

体勢を崩されたオレはリナを潰さないように、とっさに
身体を捻りながらベッドに倒れこんだ。

「ちょっと今のあたしはおかしいのよ・・・。
薬の所為か熱の所為か知らないけど、妙に人恋しくって、さ。
だから・・・今だけいっしょにいてよ」

甘ったれて、ごめん。

声は、頭の上から聞こえた。

続いて背中にどっかと何かが乗っかってって、ちょっとまて
お前、何考えてるんだ!?

「お、おいリナっ。 いいのか? お前さん一応年頃の女なんだぞ?
なのに男をベッドに引っ張り込むなんて真似して・・・」

とりあえず体勢を変えて、リナを抱っこする形に持っていく。
さすがに背中に乗っかられたまんまじゃ情けなさすぎだ。

しかし、体勢を変えたはいいが、今度は腰の上に跨られるわ
胸倉掴まれているわで、これは心臓に悪すぎるぞ!?
おまけに寝巻きの胸元が肌蹴てて・・ってどこ見てるんだよオレっ!!

「だから、今だけって言ってるでしょ。今のあたしはあたしであってあたしじゃないの。
熱にやられて脳みそ煮え煮えになってて羞恥心とか道徳よりも
自分の欲望にすこぶる素直になっちゃってるのよ」

真っ赤な顔で、潤みを増し揺らめく瞳でオレを見据えて
一気にまくし立てるリナは、明らかに様子がおかしくて。

「欲に素直なのはいつもの事じゃ・・・ おい、本気で大丈夫か?」

マジで心配になってきた。医者を呼んだほうがいいのか?

「だからぁ、言ってるでしょうが。あたしは熱が出てるわ、どうも薬が効きすぎてるのか
ふあふあしてて頭ん中煮え煮えでぇ、どうにもこうにも他人の温もりって奴が
欲しくて欲しくてしょうがないの! だから、大人しくあたしのになっちゃってってば」

おいっ、その台詞は意味深過ぎるぞ!?
オレをリナのにって、いいのか!? って、よくない、良くないぞオレ!!
この状況につけこむのは絶対に反則だ!!!
リナはただ、体調を崩した所為で弱気になってるだけなんだって。
熱が下がったら、絶対呪文で吹っ飛ばされてなかった事にされるんだよ。
妙な期待を持つだけ後が辛いぞ、オレ!!

あまりにもストレートな「欲しい」発言に、オレまで頭が煮えちまいそうになってると
急にリナが抱きついてきた!!って、違う、座ってられないほど辛かったのか!?

「わ〜っ! リナ、しっかりしろ〜っ!!」

ぐらりと揺れたかと思うと、そのまま胸に飛び込んできたリナを抱き止めたら、
その身体はさっき触った手の平よりも熱く火照っていて
脱力しきってるリナに、オレは戸惑いを隠せなかった。

「・・・別に今あんたを取って食おうって訳じゃないのよ。
お願いだから、傍にいてって言ってるの。
あんたがあたしの傍にいるって実感させてよぉ・・・」

リナの表情を見て気がついた。

今のリナは、まるで病気の子供が母親に甘えているのと同じなんだ。
身体が弱ると、心まで一緒に弱ってしまうのはしょうがないことで。

オレの胸に縋るように顔を埋めながら、服を握って『離さない』と訴えるリナに
オレはとうとう白旗を揚げた。

「しょうがないな」

苦しくないように、上半身を一度起こしてベッドヘッドにずり上がって
さっき作った背もたれにもたれかかる。
これならうつ伏せのままでも、まだ楽だろう。

リナを落とさないように気をつけながら、脇にずれた毛布を手繰り寄せて
抱っこしたリナの上からかけてやる。 その上から重くないように布団も掛けて
昔自分もされたように、小さな背中に手を当ててゆっくりとリズムを取る。

「お前さんは普段溜め込みすぎなんだよ。 頼むからこんな風に
ヘロヘロに弱る前に甘えに来てくれよ」

熱の篭った吐息が、定期的に赤い唇から洩れる。
ん、寝たのか?

「ガウリイは、ずっとずっとあたしのだかんね〜」

寝たと思ったのにいきなりすごい事を言って、オレの肩に噛み付いてきた!
柔らかで熱い唇と濡れた舌、チクリと犬歯が食い込む感触。
そして、キュッと吸い付かれたと思ったらすぐに開放されて。

「ん〜っ。 ほら、これがあたしのってマーキング〜。
んじゃ、そういう事でおやすみなさ〜い」

もそもそと元の位置に戻って、今度こそうつらうつらと眠りに入ったようだった。

これでひとまずこっちは大丈夫だろう。

起きたらまず着替えと水分補給だなぁ・・・。
起きて、自分のやった事を忘れてたら、やっぱり呪文の一発くらいは
受けてやった方がいいのか? ん?

っと、その前に。

「おい、そこの人。 今ここで見た事は他言無用だからな?
悪さをしにきたわけじゃなさそうだし、リナを起こしたくないから
今回だけは見逃してやるが。 ・・・2度はないぞ?」

オレは扉の向こうで一部始終を立ち聞きしていた奴に、静かに声をかけた。

さっき下にいた奴みたいだが、声を掛けるでもなし立ち去るでもなし
しかし敵意も感じないからと今まで放置していたが、リナが回復した時に
余計な事を言われても困る。

「は・・・はい、判りました・・・」

なぜか萎縮した気配に変わった男が去っていくのを確認して
オレもまた目を閉じる。

「まったく、あんな爆弾発言しといてあっさり寝るんだもんなぁ、お前さんは」

腕の中にリナを抱き締めたまま、オレもまた眠りの世界に誘われて行った。