背中合わせ





もうもうたる土煙に顔をしかめながら、あたしはゆっくりと立ち上がった。

眼前には累々たる屍の山。

半分はあたしの呪文で屠ったものだけど、半分はあいつが斬った。

ふもとの街を襲撃しようと集結していたらしいオーガとレッサーデーモンの群れを、
たまたま通りがかった旅の商人が見かけて警備隊に知らせに来て。
 たまたまその街に逗留していてレストランで楽しくお食事していた
あたし達にもお鉢が回ってきた、というわけ。

せっかく綺麗にして、良い香りのするリンスも使ってたって言うのに、
髪はすっかり埃と血に塗れてグシャグシャ、顔だって煤が付いちゃってる。
当然服も言うに及ばずだし。

まったく、いついかなる時もあたしに安息の時はないってか。

フッと肩をすくめて溜息を一つ落とし。

あたしは金髪の相棒の姿を探して歩いた。

途中で群れが二手に分かれてしまったから、あたし達も
二手に分かれざるをえなかったのだ。

まったく、こんな時に無粋だったらありゃしないんだから。

「ガウリイ、が〜うり〜い!!」

大声で名前を呼びながら、辺りを歩き回る事しばし。

少し先から「お〜い、そっちは終わったか〜?」と、のんきそうな声が返ってきた。

声を頼りに茂みをかき分けて・・・ガサリと抜けるとそこには大の字で
地べたに寝そべっているガウリイの姿。

「何やってんの?」

パッと見目立った外傷はなし、服が裂けてたり汚れてるのはあたしと同じ。

・・・って事は。

「さすがにちょっと疲れたから休憩してる」

ヘラリと笑いながらこっちを見てる彼の周りにも、そこここに築かれた屍の山。
直接の依頼主に確認してもらったら、後で塵に還しとかなきゃね。

「ほら、どうせ休憩するんなら街に戻ってからにしなさいよね」

寝転がったままのガウリイに手を差し伸べて、よいしょの掛け声と共に、
引っ張り起こそうとしたまでは良かったんだけど。

「うわきゃ!」

逆に自分の腰がへたっちゃダメだろう。

「ほら、リナも少し休憩しろよ」

ポフポフと、汚れたままのグローブ付きの右手であたしの頭を撫でると、
ガウリイは座り込んだままあたしに背中を向けた。

「ほれ、凭れかかっていいからちょっと休め。 ・・・もう少ししたら応援部隊がくるから」
お言葉に甘えて凭れた温かな背中から届く、優しいガウリイの声。

「どうしてそんなのが判る・・・って、ガウリイの言う事だから間違いないか」

ふぅっと、肩の力が抜けるのが判った。

こんなにリラックスできるのは、やっぱりガウリイとだけなんだろうなぁ。

「あ〜あ、せっかくのバカンスが台無しよね〜」

ぽすんと、頭をガウリイの背中にぶつけてごちると
「ま、オレ達はいつもこんなもんなんだろ」
って笑うガウリイ。

「こんなのって何よ」

「いつもの事だろ? オレ達が騒動に巻き込まれなかった事が今まであったか?」

そうまで言われるとつい、否定したくなるのが人の性って奴なんだけど。

「・・・ないわね」

完全に体重を預けきって記憶をさらってみたけど、否定材料は見つかんなかった。
うにゅ〜、なんか悔しいぞ。

「まぁ、いいじゃないか。 今までも、これからもこうやって支え合って行ければ、な」

急に、穏やかな声であたしに話しかけるガウリイ。

ドキンと心臓が跳ね上がる。

「これからもって、ずっと?」

「ああ。ずっとだ」

快活に言い切ったガウリイ。

『本当にいいの?』

言いそうになって飲み込んだ言葉を知っていたかのように彼はおしゃべりを続けた。

「しんどい時は凭れあって、楽しい時は笑いあって、苦しい時は肩を寄せ合うんだろ?
 そうやってお互いの人生を支えあっていくんだ、結婚って奴はさ」

サラッと言ったのは、お昼に教会で聞いた祝詞の一節。

砕けた言い方なのがガウリイらしいけど、それより祝詞の意味を理解していた事に、
より驚いてしまったのはここだけの秘密。

「新郎新婦が殺戮現場で泥塗れ、ってどう思う?」

「まぁ、リナだからしょうがないと思う」

「なによ、あたしだからってどういう意味よ!」

「リナと一緒にいると退屈しないって事だよ!」

「あ〜もうっ!! 街に帰ったらとにかくお風呂に入って、美味しいご飯をたっぷり食べて
とっとと依頼料せしめに行くわよ〜っ!!」

「晩飯はコベリア牛のステーキ食うぞ〜!!」

「ステーキもだけどコベリア豚のハムも美味しいわよ〜!」

「腹いっぱいになったら、お前さんも食うからな〜」

「ば、バカ言ってんじゃないわよ!! そんなのあとあと!! 
先に依頼料の交渉しなきゃだめじゃない!!」

「・・・食われる事は否定しないんだな?」

「女は度胸よ、結婚までしちゃったらさすがにそっち方面も拒否できないでしょうが! 
それとも…まだお預けの方がいい?」

「くらげはお預けなんてわからんぞ〜?」

「今までは出来てた癖に〜」

人に聞かれようものなら一瞬で赤面ものな会話をダラダラと続けながら、
あたしはガウリイと歩く未来を思う。

「健やかなる時も、病める時も・・・か」

この先どんな事が待ち受けていても。
あたしが背中を預けるのはガウリイしかいないなぁ。

「生涯変わらぬ愛を捧げる事を誓う・・・だな」

ウ〜ンと伸びをしながら、柔らかな声が祝詞を締めくくり、
ちょい、とあたしの髪を引っ張った。

何?と顔だけで振り向くと、唇に触れたものが。

「ちょっと、いきなり何すんのよ」

「何って、誓いのキス」

肩越しににっこり笑ったあたしの旦那は、悔しい事に飛びっきりのいい男だった。
これで脳みそが詰まってたら完璧なんだけど、贅沢言ってちゃキリないし。

人生は波乱万丈、それも上等。

シリアスばっかは趣味じゃないし、こんなのだってあたし達にはお似合いかもね。

まだ笑い顔のままの相棒の前髪を引っつかんで。

お返しとばかりに唇に噛み付いてやった。

キス・・・ともいうかも知んないけどね♪