背中にキス




「いったいどういう風の吹き回しだ?」

夕食を済ませ、一風呂浴びてさっぱりしてきたガウリイが言った。

その声音には複雑に絡まった『いいのか?』と『何か企んでないか?』と
『単純に嬉しい』の感情が垣間見えて、なんかちょっと笑えてしまう。

「どうもこうも、たまにはあんたを労わってあげようと思って♪」

しゃらっと軽口を叩きながら
「さあ、するの?しないの?どっちなの?」
腰に手をやったまま返答を待つ。

別に嫌ならしょうがないし。無理やりしたって意味無いでしょ?

少しだけ考える振りをした男は、結局「じゃ、頼むとするか」と笑って、
でっかい身体を長椅子の上に寝そべらせた。

う〜ん、いつもでっかいでっかいと思ってたけど、
こうして目の前で転がられたらいっそう身長差を感じちゃうわ。

昨日あたしがそこで寝た時には一目瞭然で椅子の方が長かった。
さすがは長身のガウリイ、肘掛けを枕に足が飛び出しちゃってる。

「いいわ、ベッドに移っちゃって。そこだとどうにもやりにくそうだから」

どうせなら隅々まで念入りにやりたいし。

「ん、りょ〜かい」

ムクリと起き上がって、のそのそとベッドに向かうガウリイ。

少しばかり動きが鈍ってるのは眠くなってきてるから?

数歩分のゆったりとした足音が前へと進み。
 
ベッドへ勢い良く倒れこんだその重みに、『ぎゅしり』とマットが悲鳴を上げる。

ここの宿は安宿にしては珍しく、高級なマットレスを使っているのだ。

これが田舎の方だとシーツの下に藁を敷き詰めた寝床とか、板張りに
薄っぺらいお布団を敷いただけとか、最悪板の上に毛布が一枚なんて事も。

おっと、今は宿屋談義の時間じゃない。

さて、さっさと始めますか。





おもむろにあたしはガウリイの身体をまたぎ、腰の辺りで馬乗りの体勢を取る。

「おわっ!リ、リナお前っ!?」

あたしの身体の下で、びっくりしているガウリイ。

マッサージしてやるとはさっき言ってあったけど、まさかここまで
本格的だとは思ってなかったようだ。

慌てた様子で喋る度に、背中がビクビク震えてちょっと安定が悪い。

「いいから、じっとしてよ! 横に座ったまんまじゃうまく出来ないでしょ」

もう一回『デン!』と腰を落として、ガウリイの動きを縫い止めてしまう。

もっとも本気になったガウリイには、上に乗っかったあたしごと身を起こす
なんてのは至極たやすいんだけど。

つまり、この状態は精神的に動きを封じたって奴ね。

太腿辺りまである長い髪はうかつに引っ張ると痛そうだから、
手持ちのリボンで一つに束ねて脇に流し。

「じゃあ、始めるわね」声を掛けてから、あたしは両手を
ガウリイの広い背中にペタンとつけた。

それから背骨の少し脇辺りを探って・・・ゆっくりと、力を込めて親指を押し付ける。

ぎゅむっ、ぎゅっ、ぎゅっ・・・。
昔、父ちゃんにしたのと同じようにじっくり手指を進めて。

「うっ、そこ・・・!」

鍛え上げられた肉体でも、脱力している時は案外柔らかで触り心地もいい。

フッといい所を突いた瞬間、あたしの下で息が詰められて『ギュン』って、
指がめり込まない位硬化する背筋も、ピクンと跳ねる足だって。
日頃触れない、見られないガウリイで面白い。

「いいからっ、あんたはっ、黙って、寝てりゃいいの、よっ!!」
腕を軽く、バネのように動かしながらリズミカルに広い背中をひたすら押していく。

こいつ、首周りの筋肉がすごいわね・・・。

うっすら汗をかきながら、あたしは黙々とガウリイにマッサージを施していった。

ある程度指圧が終わったら、次は背中一面を手の平全体で擦るようにして、
こわばっていた筋肉をリラックスさせて。

って、ん?

「す〜っ・・・」
 
こいつ・・・寝てるよ、おひ。

随分静かだと思ったら。いつの間にか一人だけ夢の世界に旅立ってしまったらしい。

まぁ、しょうがないか。不幸な偶然が重なって呪文に巻き込んじゃったし、
ついでに長距離走らせて泳がせて大荷物持たせちゃったし。

お昼の出来事を思い出して、ついガウリイの頭を一撫で。

あんまりにも無防備すぎる寝顔に噴出しそうになっちゃうけど、
まぁ、見られてないし、勘弁してもらいましょう。




す〜っと項から腰骨まで。
筋に沿って手を滑らせ最後の仕上げをする。

これ以上は眠りの邪魔になるだろうから、また今度。あたしの気が向いたらね?

そっと、起こさないようにガウリイの腰から降りて、ひょいと寝顔を覗き込んだ。

緊張感の欠片も見せず口の端から涎まで垂らして眠っている姿からは、
こいつが凄腕の剣士だなんて想像もつかない。

でも、一度行動を起こせば誰よりも頼りになるのよ。うん。





部屋の明かりを消して、まだ冷たい夜風で風邪を引かないよう窓を閉めて。

去り際、気になっていた部分にもう一度、触れた。

逞しいガウリイの背中、右肩やや下辺りに盛り上がっている大きな傷跡。

シャツ越しでも触れればわかる程のそれは、たぶんあたしと出会う前の傷。

いや、もしかしたらあたしと出会ってからのものかもしれない。

そんな事を思いながら、傷を撫で。

もはや魔法でも癒せないその傷に、触れるだけの口付けを落とした。

どうしてそんな事をしたのか、あたし自身にも判らないけど。

少しだけセンチメンタルな気分だったと言う事にでもしておこう。