化粧をする





傍らで、すやすやと眠り続けているのはあたしの相棒。

シーツの上で滑らかなうねりを描きながら散らばる長い金糸と、すっきりと筋の通った鼻梁。
クッと引き締まった口元は、時折、微笑みの形に緩んでは元に戻る。

こいつとは、学生時代からの付き合いだけど。
こんな風に、まじまじこいつの顔を観察した事って一度もなかったんじゃないかしら? 

以前から長い?って思ってたまつげが、予想外に長かったとか。
男の癖にけっこう肌がきめ細かかったりとか。
成人男子につきもののヒゲが、ほとんど生えてない事に気がついたりとか。

さっきからずっと顔を覗きこんで観察しているのに、
ガウリイったら全然一向に起きる気配がない。

すっごく無防備に寝ちゃってるけどさ。

あんた、このまま誰かに襲われちゃっても知らないから。

ん?

襲う?

この時あたしの頭の中に天の啓示ともいうべき悪企みが降りてきた。
この機会を逃したら、数年先単位で実行不可能だろう悪戯を仕掛ける絶好のチャンス!!

そ〜っと腕を伸ばし、脇に置いていた鞄を手繰り寄せて。
中から今回の依頼で使った道具一式を取り出す。

下地にファンデにチークに口紅。アイラインにマスカラ、その他もろもろ。

その中からあたしが選んだのはスプレータイプの
薄づきファンデーションと、付けまつげと口紅。

どうせガウリイが起きたらすぐに落とされちゃうんだから、
下地とかしっかり作る必要はないんだし。

それ以前にあれやこれやと、通常通りにお化粧を施そうものなら
完成前に目覚められて逃げられるのがオチだ。

だから、こいつに気づかれないように楽しんじゃおう♪



シュ〜ッ・・・。

本当に便利な世の中になったものである。

すぴょすぴょ眠りこけたままのガウリイに、ファンデーションを噴きつけていく。
 これはここ数年で開発された、スプレータイプのファンデーション。
大雑把に噴きかけても、肌の上しかお粉が乗らない優れもの。

基本のお肌を整えたら、次はまつげ!!

元々ガウリイって、男の人にしては長いまつげしてるんだけど。
今回はこの『簡単付けまつげ☆クロス植毛タイプ☆ボリューム特盛りvvv』で、
某歌劇団も真っ青のバッサバサまつげにしてあげましょう♪

ワクワクしながら根元に専用接着剤をつけて乾かして、慎重に、慎重に・・・。
『寝起きの悪い人を起こす時は、まつげを刺激してやるといい』と言われるほど
敏感な箇所だから、一発勝負でキメなきゃ!!

息を殺し、ぷるぷる震えそうになる手を理性で押さえて
「えいっ!」 
うっしゃ! 装着成功っ!!

くっ、こいつ思ったとおりだ。かなりの美人さんになりつつある♪
さてさてお次は・・・やっぱり濃い色がいいわよね〜♪

目にがっつりメイクが出来ない以上、重点を置くのは唇以外にないのよ。
さて、どの色を使おうかしら〜♪
赤かしら、赤がいいわよね。これならセットのグロスも付いてるからちょうどいいわ。

さ〜て、そこらのギャルも真っ青になっちゃう位のツヤツヤぷるっぷる唇にしてあ・げ・るv

紅筆を手に、慎重に慎重に。

一刷き、二刷き。

やや薄めの唇の輪郭を、丁寧になぞって・・・。

「う〜ん・・・」

びっくりした・・・って、ああっ!
急に動いた所為で、口角の所が歪んじゃったじゃないのよ!!
・・・まぁ、いっか。
あたしの顔じゃないし。

気を取り直して、今度はグロスを手に取った。
鮮やかなローズレッドカラーの中に細かな金の粒子が散っている品で、
ここ最近のお気に入り。

「さあ、ガウ子ちゃ〜んv これで仕上げよ〜♪」

こみ上げて来る笑いの発作を必死こいて抑えながら、最後の一刷きでとうとう、完成!!



ぷっ・・・くっくくくくく・・・・。

『パシャ』いや、こんなにうまく行くとは思わなかったわね〜。

まるで眠れる森の美女のようなガウリイの艶姿を、携帯カメラで記念撮影。
保存した画像にレースのフレームをつけたり、『私、綺麗?』などと
悪戯書きをして遊んでたんだけど。

ガウリイったら、まだ起きる気配がない。
っていうか、何だか静か過ぎない?

ちょっと。
ちゃんと息してるんでしょうね!?

慌ててガウリイの顔を覗きこむ。息は・・・してる。けど。

「ねぇ、ガウリイ。そろそろ起きない?」

ユサユサと軽く身体を揺さぶり声を掛けてるのに、まったく反応なしってどういう事よ!

「ちょっと、ガウリイったら! いい加減に起きなさいよ!!」

ペチペチっと、軽く頬を叩いてみても唸り声一つ上げやしない。
「ガウリイ? ガウリイってば!!」あまりの反応のなさに焦って、
がばっとガウリイの顔を覗き込んだら。

「きゃあっ!!」

「捕獲成功、だな」

一瞬の油断が命取りになった。迂闊にもこいつに近づきすぎたあたしは
逞しい両腕にがっちりと捕まってしまって、完全に虜になっちゃった。

って思ってるうちに、超至近距離までガウリイの顔が近づいてきてるし!

「た、たぬき寝入りしてたわねっ!?」

「こんな悪戯やる奴が悪いんだぞ?」

「ばっ・・・!!」

甘ったるい香りの唇が、あたしの唇を覆って、吸って、軽く齧って。

「ほら、お返し」

「お返しって何よ!!」

「口紅ってのはこうやって贈った相手に返すって言うじゃないか♪」


心底嬉しそうな顔で(しかもまつげバサバサのまま)あたしにキスしまくるガウリイに、ちょっぴり妙な気を起こしそうになったのはここだけの秘密って事で。