髪を切る



しゃきん、と、鋏が閃く度に、ハラリと髪が零れ落ちる。
しゃらん、と、刃が鋭さを誇示する様に、抵抗もなく一房髪を断ち切っていく。

両眼を閉じ、両手は固く握って膝の上に。

伸ばし続けた髪は、いつしか腰に届くまでになっていた。
それはまるで、とびきり生命力溢れる友人のように。

しゃき、と、鋏は最後の一房にあてられた。

「よろしいですね?」

厳粛な声音。

「ええ」

簡潔な答え。

「この儀式をもって、あなたは神の花嫁となる。
王位継承権も剥奪され、ただの巫女として生涯を神と共に生きる事になる。
……よろしいのですね?」

老司祭は、淡々と言葉を紡ぐ。

彼が手がけた儀式の数だけ、乙女が神の妻として生きる誓いを立てた。

そして、私もその一人に加わる。

「スィーフィードのご加護の元、生きとし生けるもの総てを御腕に抱く慈しみ深き巫女姫よ。
この祝詞と断髪の儀式を持って、そなたは神の妻となれ!!」



鋏は、私の髪を落とす筈だった。

鋏は、私の未練を断ち切る筈だった。

残されていたのは、たったの一房。

願いを込めて伸ばし続けた髪は、ほんの一房残されただけ。

軽くその柄を握るだけで、それはあっさりと断ち切られていた筈なのに。

「随分と似合わない事をやっているな」

懐かしい声が、背後から聞こえた。

同時に、カシャン、と床に落ちる金属音。

「おお・・・なんと恐ろしい事を」

老司祭の声は、どこか遠く虚ろに聞こえた。

「お前には神の妻など似合わん。ましてやそんな大人しいお前はお前じゃない」

グイッと、腕をつかまれ引っ張られ。

そのままズカズカと私を引き摺って行く人の背中を、私は見た。

シルエットは同じ。

白いフード付きの装束。

腰には細身の魔力剣を下げている。

しかし、その髪は以前のような硬質の輝きから、ブラウンの
手触りの良さそうな流れに変化していた。

「ゼ……!!」

「スィーフィードだろうが、シャブラニグドゥだろうがどうでもいい。
お前を他の誰かになどやらん。
誰かのものにする位なら、生涯どこかに閉じ込めて二度と離してやるものか」

静かな怒りを込めた呟きは、しっかりと私の耳に届いた。

「それは、本当ですか?」

ふわりと、私の耳の横に残された、長いままの一房が彼の指に絡め取られる。

「ああ、俺は残酷な魔剣士だからな。
非道な振る舞いもなんとも思わぬ、神をも恐れぬ不届きものは、
清らかなる姫を力づくで奪っていくのさ」

スタスタと先を歩く人の口から零れる言葉は荒く乱暴なものだったけど、
尖りが取れて柔らかなカーブを描く耳朶は紅く染まっていて。

「なら私は正義の名において、一生を賭してもあなたを更生させなきゃいけませんね!」

後ろから追いすがる人々を振り切って。

今まで私を絡め、縛りつけていた鎖を断ち切って。

私は、私を攫う、愛しい極悪人の手を取った。