虐げる






「ガウリイ、そこのコップ取って」

「ガウリイ、角のパン屋さんでバケット買ってきて。
ちゃんと焼きたてじゃなきゃだめだかんね」

「ちょっとガウリイ! ったく、あれもこれも出来てないじゃない」



・・・私は、とても驚いていた。

リナとガウリイがようやく納まるところに納まったという手紙を受け取って、
今日は所謂新婚家庭というものを見学に来たのだけれど。

久しぶりに会った二人の関係が「相棒」や「夫婦」、「ラブラブの新婚さん」ではなく
「ご主人様と下僕」に変質してしまってるようにしか見えなくて
戸惑いを禁じえなかったのだ。

「あ、アメリアごめんね。 ちょっとカリカリきちゃってて」

リナはリナで私には妙に気を使うし、ガウリイさんだって、以前ならリナからの
一方的な我が侭なんて聞き入れたりしなかったはず。

なのに今は笑って「おう!」って全面受け入れ完全服従状態。

なんと表現すればいいのだろう、この違和感の正体。

元々ガウリイさんはリナに甘い部分はあった。

あったけど、決して何でもありじゃなかった。

リナもリナで、あんなにガミガミ苛立つ前に
「自分でやった方が早いわ!!」と言う筈。

現に今もカシカシと爪を噛んで、ガウリイさんが出て行った扉を睨みつけている。

なのに今は、ガウリイさんがひたすら雑用を片付ける為に奔走していても、
リナはちっとも動こうとせず私の前で長椅子に腰掛けているだけ。

・・・・・・

・・・・・・?

ふと、ある事に気がついた。

「ね、二人は当分この町で暮らすの?」

他愛もない会話を続けながら、注意深く観察を続行。



10分もそうしていれば、証拠集めは完璧だった。

あとはガウリイさんが帰ってくるのを待つのみ。

「待たせちまってすまん、ついでにこいつも買ってきた」
しばらくして帰って来たガウリイさんは、大きな紙袋と小さな紙箱を携えていて、
紙箱の方をリナに手渡して「どうだ?」なんてご機嫌伺い。

リナはチラリと中を確認しただけで
「それはアメリアに出したげて。ちゃんと香茶も仕度してよね
あ、あたしはあのハーブティお願い」と箱を突き返した。

パッケージからケーキ店のものと思われる紙箱。

なのに『美味しそう』とも言わず、さりとて『私に』出してと言うからには、
それなりにリナのお眼鏡に適った品の筈。

今も少し血色の悪い唇を噛んで、どうもそわそわ落ち着きがないし、
もうこれはあたしの予想で確定だと思う。

「リナ、もしかして妊娠してる?」

直球勝負で聞いてみた。

回りくどい事は好きじゃないのよね、私。

「なっ!? えっ!? ちょっ、あ、アメ・・・!」

やっぱり図星だったようだ。

みるみるリナの顔が赤くなって口篭り、部屋を出て行こうとしていた
ガウリイさんはすごい勢いで戻ってきて
「そっか〜♪やっぱり判るよな!! そうなんだよ、
春にはオレとリナの子供が生まれるんだぜ!!」
と弾んだ声で教えてくれたのだ。

「ガウリイ! あんた喋ったわね!!」

声だけは怒りに染まってるけど、リナは長椅子に座ったまま
ジロリとガウリイさんを睨んでるだけ。

一向に呪文もスリッパも登場しない。

「だって、リナったらずっとお腹を気にしてるんだもん。
ヤケにイライラしてるし、何にも食べたりしてないし。
それに、胸、大きくなってるでしょ?」

以前のリナなら、胸が育ったら絶対話題にしてくる筈なのに何のアピールもないし、
ゆったりとしたチュニックを着てるのが、かえって怪しさ大爆発って感じ!

「アメリアが気がついたのなら、喋ったっていいだろ。 
なんでこんな目出度い事を黙ってなきゃいけないんだ?」

くりんっと首をかしげるガウリイさん。

妙に可愛い仕草だなぁと思って眺めてたら・・・リナが吼えた。

「だから、せめて安定期に入るまでは誰にも言いたくないって言ったでしょーが!!
この具合の悪い時期にあちこちから問い合わせだの
襲撃だのを気にしていたら、あたしの身体がもたないわよ!!」

久しぶりに聞くリナの怒声は、そこで打ち止めになってしまった。
急に大声を出した所為で貧血を起こしたらしく、長椅子にべったりとへたり込んでしまった。

慌てて駆け寄ると、なんとリナの目には涙が滲んでいた。

「もうっ、なんでこんなに辛いのよ〜」

へたったまま愚痴るリナはさっきまでのイライラした態度から一転、
すっかりだだっこ甘ったれモードになっちゃってる。

同じく駆け寄ってきたガウリイさんに縋りついて嘆く嘆く。

「だるい〜気持ち悪いしこんな身体じゃストレス解消もできないわよ。
せっかく一緒になってゆっくり落ち着けると思ってたのに、
ほとんどあんたと出かける事もできないなんて……」

なんだか・・・これって無意識に惚気られてる?

「もうちょっとの辛抱だってお医者さんが言ってたろ?
つわりが治まったら、オレがお前さんの行きたい所に連れていくよ」

もうちょっとだけ頑張ってくれとか、代われるもんなら代わってやりたいとか
ギュッとリナを抱きしめて囁いてるそこのガウリイさん、
完全に私の存在を忘れていませんか?

いつの間にか部屋中に甘ったるい空気とムードが駄々漏れなんですけど
私、これ以上ここにいてもいいんでしょうか。

「ごめんね、ガウリイ」
「いいさ、気にしてないし気にするな」

・・・・・・・・・・・・・・。



外で控えていた従者に支えてもらいなんとか馬車に乗り込み、
ぐったりと背もたれに体重を預けた私は、最後の気力を
振り絞って紙とペンを握りしめて必要な事を書き留めて。
向かいの席の心配顔をした侍女にそれを託して帰路についた。

あのまま黙って辞した事に、もしかして気づいていないかもしれない二人。
いや、幾らなんでもそれはないか。
ようするに長居が過ぎた私に対する二人からの意図的でない
虐げ行為だったんじゃなかろうかと気づいたのは、
よろよろと自室のベッドにもぐりこんでからだった。

「いいですよ、私だって幸せになるんですから!」

今頃、私のしたためた手紙はどこを走っているのだろう。
どうせなら、良いも悪いもご一緒に、ですよ。

「ね、ゼルガディスさん?」



次の犠牲者は、既に手配済み。