心がすれ違う






とあるリゾート地の浜辺にて。

「う〜ん、潮の香りが気持ちいいわね〜」

思い切り身体を伸ばし、リナは目を閉じたまま深呼吸。
隣に並んだガウリイを見上げ、幸せそうに微笑んだ。

「ああ、来てよかったな」

「あ。今あそこ、魚が跳ねたわよ!」

「どれ?・・・ああ、ありゃキスだな。」

ピッと、彼女が指差した先。

白と青と緑に彩られた海面から、跳ねた魚の鱗がチカリと陽光を弾いたかと思ったら。
あっ、という間に魚は水影に姿をくらませた。

「ガウリイ、あんた相変わらず目がいいわね〜」

感心した風に話しながらも、リナの意識は目の前の大海原に向けられていて。

その事がガウリイには少しばかり不満。

『キス・・・淡白な白身で美味しいのよね。
活きの良いのをガウリイに捌かせてお刺身とか。
いやいや塩焼きか、それともサックリ衣とレモンを絞った唐揚げも捨てがたいわね。
う〜みゅ、これはお魚さんをゲットせよ!!ってスィーフィードの思し召しかも』
唇に人差し指を当てて、『心ここにあらず』なリナ。

「リナ?おーい、どうした〜?」

黙りこくったまま海を見つめ続けているのを不審に思い、ガウリイは風に揺れる
栗色の髪を一筋指先に絡め取り、ちょいちょいと引っ張ってみた。

普段ならば「人の(考え事の)邪魔しないでよ!!」と叱られるのに、
思案(という名の食事への欲望)にふけるリナは、彼のちょっかいなど気にも止めず
『確か荷物の中に糸と釣り針はあったわよね。
後は竿か。竿、さお・・・キスならそんなに大きな魚じゃないし、
そこらの棒っ切れでもオッケーよね』
などと、段取りを考えている。

「おーい、リナ〜?」

あまりにも反応がないので、ガウリイはブンブンとリナの前で手を振ってみた。

・・・が、またしても反応なし。

「リナ? ボーっとしてたら悪戯しちまうぞ?」

からかい口調で話しかけても、リナの反応は皆無。

『いつものリナならとっくの昔に、リアクションなり返答があるはずなのにと、
ガウリイは妙な不安を覚えたのだが。

リナはリナで『今お腹空いてるから、あたしが最低15匹でガウリイが20匹・・・
いやいや、やっぱりあたしが20匹でガウリイが15匹よね。
あいつ、釣りはまぁまぁ上手いんだけど、魚釣りに無駄な時間は掛けたくないし。
久しぶりに入れ食いの呪文を使おうかな。
いやいや、とにかく美味しい魚が釣れるかどうか試してから・・・』とか考えてたりで。

「リナぁ!! こっちに戻ってこいよー!!」

とうとう痺れを切らしたガウリイが、リナの前に回りショルダーガードに手を置き揺さぶると。

「・・・んぁ?」

気の抜けた声と共に、リナの思考が魚釣りからガウリイへと引き戻されて。

きょとんとした顔が『なぁに?』とガウリイを見上げた。

無防備な唇は薄く開いていて、かわいい舌がチラリと覗き。




全身真っ赤になったリナの手により、ガウリイが吹っ飛ばされるのは数瞬後。




「んだよ〜。リナがオレの事放ってボーっとしてるのが悪いんだろー!」

ざぶざぶと海水を蹴り、盛大に飛沫を立てながら、煩悩クラゲが上陸を果たす。

髪に海草が絡まったままなのは笑えるが、その剣幕は笑い事ではない。

「なによ、あたしは二人の幸せ(満腹)についてあれこれ悩んでたっていうのに!」

未だ首筋まで真っ赤に染めつつ、照れやら羞恥やらで冷静さを失ったまま
怒鳴ったリナは、受け取り方次第でかなり恥ずかしい発言をしてしまった事に
全然まったく気付いていない。

「二人の・・・幸せに・・・ついて・・・」

『二人』(オレとリナ)の『幸せ』(とうとう春が来たのかっ!? 良いんだなっ!?
もうあれこれ忍耐とか禁欲の日々を過ごさなくてもいいんだなっ!?)
リナの発言を反芻しながら、ガウリイの脳内をぐーるぐーると回る妄想。

まるでクラゲと祝福天使のマイムマイムかオクラホマミキサー状態。

「リナ!! それなら手っ取り早い方法があるぞ!!」

「え? ガウリイ、なんか思いついた?」

(投網とか、底引き網で根こそぎ? 
それならチマチマ一匹ずつ釣りあげなくて済むもんね♪)

ようやく我が身に起こった事実への衝撃から立ち直りつつあったリナだったが、
やはり突然のキスへの動揺は残っていたらしく。

今回ばかりは完全に判断を誤ってしまった。

「ガウリイ、じゃああんたに任せるわ!!」
彼に戦闘以外の判断を任せるなど、ありえなかったというのに。

「おうっ!!任せとけ!!」

完全なる勘違いと、そこから派生した脳内妄想と言う名の衝動に突き動かされるがままに。

ガウリイは、がっしりと逃げられないようリナを抱き締め抱き上げると、
そのまま遠くに見える建物に向かって猛然と駆け出した。

「ちょッ!?がぅ、ガウリイったら!! いったいどこへ・・・!?」

「オレ達、幸せになるんだろ!? なら、さっそく善は急げだ!!」



その後、彼らがどこに向かいどう行動したのか。

それは、彼ら以外の人間には永遠に知る事の許されぬ秘密である。

合掌。