甘い身体10題




1.さらさらの髪



指を滑る金糸。

ろくに手入れもしていないはずの髪がどうしてこうも滑らかなのか。

何度指で梳いてみてもちっとも引っかかったりしないんだもの。

おでこ側の生え際から背中に向けてスルルと梳かして撫で付ける。

それから背中側に回って、3等分に分けた束を作って編み上げて、
解けないように紐で止めて。

「なぁ、なんで編むんだ?」

「清潔感が大切なのよ、この依頼は」

服も普段着ている頭貫衣ではなく前ボタンの真っ白なシャツ。
ズボンの色は黒で太いベルトにこれだけは変わらず下げられている剣。

今日の依頼はある男の護衛。
男は、今日式を挙げる立派な新郎さんなのである。
何でも一ヶ月前に飲み屋で酔っ払いに絡まれてる女性を一人で助けたのはいいけれど
手加減無しでぶちのめした面々から、どうも逆恨みを買ったらしく。
数日前に嫌がらせとも取れる手紙が届いた。

中身は一言『晴れ舞台を楽しみにしてろ』

そういうわけで、いつ何処から現れるかも判らない襲撃者を警戒する為に、
ガウリイには新郎の古い友人として式の間中依頼者の横についてもらう。

実は依頼者というのは某騎士団に所属する騎士であるからして、日常であれば
自分の身に危険が及ぼうとも戦い抗う術はあるのだが、なにぶん今日だけはそうも行かず。
何しろ厳粛な式の最中に新郎自ら教会内で抜刀及び流血沙汰というわけにも行くまい。

で、今日一日だけの依頼としてあたしが仕事を受けてガウリイに回した、と。

「ほら、できた」
まるで母親のように前に回り、ちょっぴし歪んでいたタイを整えて。

「じゃあ、あたしは裏で見張りしてるからなんかあったら合図して」

「了解」

小さな支度部屋から出て行くガウリイの後ろ姿を眺めながら
つい、自分の髪を手櫛で梳きつつ一言。

「なんか、悔しいわ」

最近は結構気を使ってお手入れをしてるっていうのに未だに負けっぱなし。
この依頼の報酬でもっといいトリートメントを買ってやろう。

そんでガウリイよりもサラサラの髪になってやる!!

それにはまず・・・とあたしも服を着替えて持ち場に向かった。








2.とろけそうな唇



さっきはちょっとやばかった。
教会内の小さな部屋にリナと二人きりでしかも至近距離。

そんでもってリナの細い指がオレの髪を優しく梳いてくれて。
頭皮に爪を立てないようにって気をつけてくれながら優しく、優しく。
それから器用にちゃかちゃかと伸ばしっぱなしの髪を綺麗に編み上げて、
まるで嫁さんがやるように首元のタイを整えてくれた。

その時はしょうがないなぁって顔してたけど、「ほら、できた」ってにっこりと笑った顔は
すごく可愛らしくて心臓にきちまった。

最近のリナは段々と女らしくなってきていて、どう接すればいいのかって
迷っちまう時もあるってのに、今日は一段と可愛らしくて。
淡い色に紅を引いた唇は、甘く滴りそうな艶が乗っていて・・・。
もし、これが仕事中でなくて宿の中だったら。



・・・理性が持ったか、自信ないなぁ。
オレはこっそりと溜息を一つ吐いてから、自分の持ち場に向かった。







3.整った形の爪



神の前で永遠の愛を誓う依頼人とその妻になる女性。

神父は朗々とした声で祝詞を捧げ神に祈り
祭壇の脇、神父の左後ろ側では聖歌隊の女性達が高らかに天に届けと声を響かせる。

最前列の3人目。

やや小柄な少女が一歩、前に進み出て殊更大きな声でソロパートを歌いだした。
顔は楽譜に隠れて見えないが、それを持つ両手の、綺麗に整えられた指先で判る。

リナだ。

本来なら依頼人の方を見てなくてはならないんだろうが、もう少しだけ。
もうちょっと、見ていたい。
こんな時でないと、彼女の小さな手をじっくりと見る機会なんて無さそうだからな。

・・・ふと。

綺麗に磨かれた爪を舐めてみたいと思ったオレは、変だろうか。







4.すべすべの肌



結局、予想していた襲撃はなく依頼はスムーズに終了した。
依頼人の金払いも良かったし、新婦さんにはドラジェを分けてもらったし。

ガウリイと二人して今日の稼ぎでやや豪勢な夕食を食べて、お互いの部屋に戻る。

空いている時間帯を狙って行ったお風呂場は貸切状態でのんびりと浸かって
一日の疲れを落とし、湯上りで火照った身体には薔薇水をピシャピシャとパッティングして。

「花嫁さん、綺麗だったな・・・」

最近ようやくお手入れを始めた自分と比べるものではないと判っちゃいるが、
本日の主役の女性は、それはそれは綺麗だったのだ。
特にミルク色のすべすべした項や頬は、同性のあたしが見ても触りたくなるような
すべすべの肌で。
地道な努力を続けていれば、あたしもああいう風になれるかな?

それとも、乙女のたしなみでストレス発散した方がお肌に良かったりしてね♪
ガウリイに知れたら止められそうな事を考えつつ、いつもより丁寧にマッサージをやってみた。







5.綺麗な曲線



今日の花嫁さんもなかなかいい線いってると思ったのは秘密だが、
オレはやっぱりリナの方がうんと綺麗だと思う。

普段着ている魔道士の装束も良く似合っていると思うが、昼に見た聖歌隊の服を着た
彼女はまた、違った魅力を見せてくれた。

ずっと一緒に居るオレでさえ、数度しか見た事の無いスカート姿は
立派に年相応の娘さんに見えたし
何より、薄い生地で作られたブラウスに僅かに透けた肩のラインは
とても綺麗な曲線を描いていて。

普段何気なく手をやったりしていたつもりだが、実はショルダーガードに阻まれて
生のリナの肩に触れる事は、そうそうあったもんではなくて。

オレの手にスッポリと収まりそうな細い肩。

いつか遠慮無しに捕まえて、思いっきり抱き締めたいと思ったって
仕方が無いだろう?







6.形の良い鎖骨



夕食の時は参った。

昼間に小綺麗な服を着せた所為で「飯食う時位、楽な格好させてくれよ〜」って
事もあろうに上は袖なし、襟ぐりの深く開いたシャツ一枚で降りてきた。

確かに今日は暑かったけど。

でも、でもっ!!
公共の場である宿の食堂にそんな格好で現れないでったら!!

向かい合って席についた時、いつもなら見えないガウリイの鎖骨が見えて
妙に意識しちゃってご飯がうまく喉を通ってくれなかった。
あいつは「リナ、疲れでも出たか?」なんて、全然判っちゃいなかったけど
あたしはそこまで鈍くないし。

綺麗に引き締まった筋肉の乗った、薄く浮き出た鎖骨のラインと喉仏が
うまく言えないけど『男の人だな』って思わせてくれちゃうんだ。

・・・いきなりカプッてかじりついてやったら、こいつはどんな顔するんだろ。







7.綺麗な指



晩飯の時、なぜかリナの食欲が芳しくなかった。

いつもみたいにナイフとフォークが武闘会よろしく激しく閃く事はなく、
まるで借りてきた猫みたいに大人しく静かにパンをちぎっては口に運び
肉を切り分け口に運ぶ。

普段は防御用のグローブに隠されている手が今日一日は見放題。
改めて観察すると利き手に小さな剣ダコがあったり、ペンダコや小さな切り傷の後も見つけたりして
リナが今まで歩んできた道の片鱗を教えてくれる、綺麗な手。

こんなに小さな手で、単なる盗賊共となら剣でも互角にやりあう事の出来る彼女。
魔法を使う時、滑らかに動く指先が綺麗だと幾度も思ってたが、こうやって普段の
何気ないしぐさすらいとおしいと感じてしまう。

これからもきっと幾多の戦闘をかいくぐる事になるだろうけど、
絶対にこの綺麗な指にも、そしてリナにも傷をつけさせたくないと思った。

・・・剣の修行の時は手加減しないけどな。

あっ、人差し指にソースが跳ねたままだぞ?







8.胸。




部屋に帰って宿のパジャマに着替える途中、ついつい俯いてしまう。

「もうちょっと育ってくれてもいいと思うんだけどな」

世間一般の基準よりもやや、本当にちょっぴしだけ小ぶりなあたしの胸。
時々ガウリイに小さい小さいと言われるけど、そんなに小さくないやい!!って
言い返すけど、でもやっぱり。

ガウリイもやっぱり豊かな胸の方が好きなのかな?

そっと、心臓の上あたりに手をやる。
薄い筋肉の下からトクトクと、血の巡る感触。

それが、ガウリイの事を考えるたびに、少しずつ鼓動が早く大きくなっていくのが判る。

どうしてこんなになっちゃったんだろう。

今日は特別に意識してしまってる。
やっぱり花嫁さんを見ちゃったからかな?
 
いつか、あたしもあんな風に誓いを立てる日が来るのかな。
その時、横に立つ人は・・・。

「はぅっ」

頭を掠めたのは、自称保護者なあいつの姿。

「そこに至るまでには長い道のりそうだわ」
長い道の終着点を思い浮かべた途端にいっそう早く大きく鼓動を刻む胸の奥。

「まったく、身体はこんなに正直なのに」

心をうまく伝えられない自分自身を笑ってしまう。
素直な気持ちを言葉に出来たら、すぐに結果は判るのに。







9.ちょっと広めのオデコ
 



寝る前に、ちょっと。
部屋を出ようとしたオレと同タイミングで部屋から出てきた彼女。

「ん? どうした?」

「ちょっとね。 そっちこそ」

ほんの一瞬だったがリナは驚いた顔をしていた。
けど、服装は寝巻きのままだから夜の散歩に行くわけでも無さそうなのに
なんで驚いたりするんだ?

「あたしは喉渇いたから・・・」

何でもないような素振りでフッと視線を逸らされた。

「じゃあ、オレが取ってきてやるから部屋で待ってろ」
オレも喉が渇いてたんだと笑って、手に提げた水差しを示し。

「どうせなら少しだけ寝酒も貰ってくるから」空いた手で自分の部屋の戸を開く。
オレの部屋で待っていてくれるといいな、と少しだけ期待をかけつつ。

「んじゃ、お邪魔させてもらうわ」

背中越しに聞こえた返事とパタンと戸の閉まる音に、オレの手は小さくガッツポーズ。
 


ああ、もうだめだ。
ここが年貢の納め時かもしれない。

リナの一挙一動が気になって仕方が無い。

何でさっき驚いたんだとか、どうして最近綺麗になってきたのかとか
髪が踊るたびに良い香りがするんだが何でだとか。

本当に寝る寸前だったんだろう、トレードマークのバンダナもつけてなくて
ちょっと広めのおでこの上部、二つ並んだほくろが見えて。

そんなもんまで可愛いと思うほどにやられちまってる。
 
急に告白したって何処まで進めるかわからんが、そのうちそこにも
じっくりと唇で触れてみたい。

まあ、リナは天下無敵の照れ屋でもあるから、オレの野望が叶うまで
どれほどかかるかわからんが、とにかく気長にやらんと、な。
 






10.透き通った色の瞳




部屋に戻ってきたガウリイは、妙な感じだった。

表面的には普段どおりを装っているけど、その奥には僅かな緊張と
少し浮き足立った心の揺らぎがチラチラしてる。

「飲むか?」

部屋備え付けのカップに原酒を垂らし、水で割って渡してくれるんだけど
自分はというと何を飲むでもなく空のカップを手の中で弄繰り回してるし。
 
「あんたはいいの?」言いながら一口、水割りを含んだ時だった。

「リナ」
今まで聞いたことのない呼ばれ方。

元々ガウリイの声はあっけらかんと優しいんだけど、今のはそれとは一線を画してる。

コクンと液体を飲み込んで見つめたガウリイの瞳は、不思議な表情を映していた。
期待と、不安と、それから冷静を装おうとしているあたし自身を。

「な、なによ」
只事でない雰囲気なのが伝わって来て、思わずきちんと座りなおしてしまった
あたしを見てかガウリイまでちょんと姿勢を正す。

「えっと、な。 驚かないで聞いて欲しいんだが・・・」
ややそっぽを向きながらほっぺを人差し指で掻くのはガウリイの癖。

「あの、だな。 その・・・」
そのままの姿勢であのそのと言葉を探しているうちに、段々奴の顔が赤くなっていって。

えっ、これって。

この状況は、もしかして。

ううん、もし違ったらしゃれにならないし。

あたふたしてるガウリイを見てるあたしにまでも、落ち着かなさが伝染してしまって。

「あ、あのね。ガウリイ、話って・・・?」
普段なら「さっさと言いなさいよ」ってスリッパで気合の一つも入れちゃうんだけど
この状況で、んな事できるわけもなし。

ええいっ、あたしの口っ! はっきり発音しなさいよ!!

まるで酸欠の金魚のように口を開け閉じしつつ、あたふたうろたえてしまう。

「リ、リナっ!!」

「はいっ!!」

掛けられた声と、答えられた声に弾かれたように顔をあげてしまったあたし達。
 
ばっちりと、ガウリイの青く透き通った瞳に捕まってしまう。
そんなに見つめられたらもう視線を外せないじゃないっ!!
 
『ドキンッ』と心臓が一際大きく跳ねる。

 ずっと前から好きだった 」

ガウリイの唇が、ゆっくりと開いて言葉を紡ぎ。
いつもは無遠慮に触れてくる手が、オズオズとあたしの肩を引き寄せて。

「・・・だめか?」

「だめじゃ・・・ない」

うれしいって伝える代わりに、あたしの瞳にガウリイを閉じ込めて。
そのまま、されるがままに体重を預けた。