最初の魔法






最初にそれを見つけたのは、たしかかーちゃんの部屋の本棚だったっけ。

なにやら難しい文章と意味不明な文字が並んでいて、でも目が離せなくて。
どうにか読める文字を拾いながら、あたしは添えられていたイラストの
とおりに手を動かして。

最後の言葉を紡ぎ出した、瞬間。

ぱしゃんっ。

「うきゃぁぁぁぁっ!!」
頭上からいきなり降ってきた水に、驚いて悲鳴をあげてしまった。

「リナ!?」
隣の部屋から走ってきたらしいかーちゃんは、髪が濡れているあたしと、
あたしの持っている本をまじまじと見つめてから
「リナ、あんたまさかそれ唱えて発動させちゃったの!?」と聞いてきた。

「はつどう・・・って?」
いまだ訳がわからないあたしを、かーちゃんがきゅっと抱き締めた。

「今ね、リナは魔法を使ったみたいなの。髪の毛がお水で濡れちゃったでしょ?
それはリナが開いてるページの呪文・・・言葉を口に出して読んじゃったからそうなったの」
びっくりしたわ・・・と言いながら、優しくあたしの背中をさすってくれるかーちゃん。

「まほう? これってまほうなの? りなにも、つかえる?」
いきなり水が降ってくる魔法・・・。一体なんの役に立つんだろう?

「つかえちゃったみたいね」
かーちゃんはくすっと笑ってから、急に怖い顔になってあたしを見つめた。

「リナ。 もしあなたが魔道士になりたいのなら、まずは魔法を勉強する学校に行きなさい。
もう勝手にお母さんの本棚に触っちゃ駄目よ。
今日リナが使った魔法は安全なものだったけど、いつもそうとは限らないわ。
だからまずしっかりと勉強して、危ない事と危なくない事を判るようになってから、ね?
たくさん勉強して、かーさんが良いって思ったらここの本は全部リナにあげるから」

約束よ?と、かーちゃんはあたしの小指とかーちゃんの小指を絡めて
「ゆびきりげんまん」と歌った。

それから「さ、リナ。いつまでも髪が濡れたままじゃ風邪引いちゃうわ。
早くタオルで拭いちゃわないと」と二人で食堂に向かいながら、
ポツンとかーちゃんが呟いたっけ・・・。

「ルナは騎士でリナは魔道士か・・・。 とーさんきっとびっくりするわね・・・。
うちの子は二人とも女の子だってのに」

それでもどこか楽しそうにあたしの手を引いていくかーちゃんを見上げながら
あたしもねーちゃんみたいに強くなれるのかな〜とか考えてたっけ。






「リナ!! おかえりなさいっ!!」
玄関先であたし達を出迎えてくれたかーちゃんは、旅に出る前となんら変わりなく。
記憶の中そのままの温かい微笑を浮かべていた。

こここそが、あたしの帰る場所だった。
そして、隣にいるガウリイにもそう思ってもらいたいと、自然に思えるどこか誇らしい気持ち。
あたしをありのままに受け入れてくれる人達のいる場所、ゼフィーリア。

もし、あの時。
かーちゃんがあたしを頭ごなしにしかりつけていたら、今のあたしはなかったかもしれない。

何をしても絶対に勝てないねーちゃんに対しての劣等感で、いじけた人生を送ってた
可能性だってあっただろう。

でも、それをしないで広い度量で受け止めてくれたかーちゃんと、
何も言わずに笑ってくれたとーちゃん。

「それならもっと修行を付けてあげないといけないわね♪」とにっこり笑ったねーちゃん。

呪文の制御に失敗したり、悪戯してあちこち壊しちゃったりしても
「ま、リナちゃんだし」って笑って許してくれた近所の人たち。

そんな人たちに支えられて、魔道士リナ=インバースは生まれたんだ。

「ただいまっ!!」

温かい胸に飛び込みながら、後ろに立っている彼を思う。
あたしはここで生まれた。そしていろんな人と出会って成長を続けてきたけれど。
後ろにいるガウリイこそがあたしを花開かせてくれた最大の功労者だと。

「リナったら。 ねぇ、一体どうしたの・・・?」

「・・・ただいま」
思わず笑みがこぼれてくる。

あたしの大切な人たち。

あたしが絶対に敵わないと思える人たち。

いつまでも健やかでありますようにと、心のうちで願う。

たとえあたしが咎人として裁かれようとも。
どうか、あなたたちだけは、あたしの事を信じてください。


あなたの娘にして剣士であり超一流の魔道士、リナ=インバースを育てた事を。
あたしが最初に魔法を使った事を責めなかった自分を。