たった一枚の紙切れが、
こんなにも強く強く、あいつまで導いてくれるんだ。






マグノリアと共に ガウリイサイド6




「……リナ」

地面に落ちたメモに、恐る恐る手を伸ばした。

羊皮紙の上に記された細い線の、
やや癖のある筆跡は間違いなく彼女のもの。

たったの一行。それも、走り書きで記された文字なのに、
彼女のものと知った瞬間、胸の内に込み上げたのは
狂おしいほどの愛しさと、止め処もない安堵だった。

彼女が確かに自分の隣に存在したという証だと思うだけで
呼吸を忘れるほど胸がいっぱいになる。

同時に、彼女の気配だけを感じさせる品物は
これ以外に何も持ち合わせていない事にも気がついた。

二人で手に入れたものなら数多くある。

荷袋の中の品はほぼそうだし、腰に携えた残妖剣は最たるもの。

しかし、彼女が手ずから作り上げたものは?

彼女が存在した証となるものは?

記憶や記録のように実体のないものは数あれど、これこそが
彼女の、リナの存在を証明するものだと断言できるものは、
長く一緒にいた自分の手にすらこの、紙切れ一枚しかなかったのだと
思い至った瞬間、強烈な、薄ら寒いものが胸の内で吹き荒れた。

彼女が望み、そして行動に移したように、人間一人の存在など
世界から消してしまうのは至極簡単なことなのだ。

彼女が今、この世界に生きて存在していると示すものもなければ
彼女と確実に会える場所も知らないしアテもない。

長年旅の暮らしを続けているオレ達なのに、離れた時の
約束も落ち合う場所も何もかも、何一つ決めていやしなかった。

そんなことを思いつかないほど、ずっと一緒にいて
どんなことがあっても、ずっと、一緒にいるのだと信じきっていた。






掴んだ手に力を込めると、羊皮紙は乾いた音を立てた。

なんてことのない、ただの注意書きだ。
彼女の筆致でなければ何の価値もない。

彼女の手によるものだからこそ、
どんな宝よりも貴重で希少なものなんだ。

「……いつも、お前さんはオレを驚かせてくれるよな」

改めて、荷袋の中身を全部地べたにぶちまけてみた。

乾いた土と藁の上に、こまごまとしたものから
予備のシャツだの麻紐だのが転がり落ちる。

それらを一つ一つ手にとって、リナの痕跡が残っていないか
念入りに調べていくうちに、とうとうオレは
予備のシャツに絡んだ、一本の髪の毛を見つけた。

以前破けたのを繕って貰った覚えがある。
その時についたものだろうか。

『もうっ、鉤裂きなんて作らないでよね!』
うっかり枝に引っかけちまったのを呆れながら、
それでも綺麗に直してくれたよな。

『はい、これでお終い♪』

こいつを渡してくれた時のリナはちょっと得意げで、
礼を言うと、照れたのかそっぽを向いて、でも嬉しそうに笑ってて。

あの頃は、そんな瞬間がどんなに大切なものなのかを、
オレはちっとも判っちゃいなかったんだ。



見つけた髪を丁寧に羊皮紙に包み、懐にしまいながら
次の行き先を決めた。



リナの一部があれば、探索の魔法が使えるはずだ。

・・・・・・最初からリナが計画的に姿を消すつもりだったのなら
こんな風に、オレの手元に自分の痕跡を残すマネをするわけがない。

リナが一度やると決めたなら抜かりなく、完璧に自分の痕跡を消し去るだろう。

なら、きっかけはどうあれ、衝動的にあの村を出た可能性は高い。



大丈夫だ。

きっとまだ、逆転のチャンスは残っているはず。

あの忠告が現実になるというのなら、
なおさらオレはお前の隣にいなくちゃいけない。

オレの手の届かない所で、リナ一人が戦い傷ついていくなんて
どんな理由であれ、そんなことはあっちゃならない。

リナがオレの意志も想いも否定するというのなら、
オレはお前さんの思惑総てをぶち壊してやる。



リナよ、オレの覚悟を知れ。



世界の総てがお前の敵に回るというなら、
オレはそんな世界になんて用はない。

世界でただ一人の、リナ=インバースという存在を見失ったなら、
この先を、未来を生きる意味を見出せる筈もないじゃないか。



何を犠牲にしようと、オレはもう一度肩を並べて戦うために、
必ずお前さんを見つけ出してみせる。

最初から選択肢などなかったんだと諦めてくれるまで、
オレは、お前さんを追い続ける。