過去からの声 2

     俺がこんなになっちまったのはな・・・
     彼はゆっくりと、思い出を手繰り寄せるように目を閉じて、語りだす。
     なぜ、マクロード=キャンパーはここにいるのかを・・・。



      あれは、あんたと参加した最後の戦の後の話だ。

     俺は、又、違う雇い主に従って護衛の任に付いていた。

     雇い主の名は言えないが、さる王族の血を引くお方だ。

     御忍びであちこちを視察して回る、その護衛役だと言ってな。

     しかし毎日平和に過ぎて行き、護衛なんぞいらなかったんじゃないかと、
      俺達はたかをくくっていた。

    あと2・3日で目的地に着く、そうすりゃこんな退屈な依頼ともおさらばだ。

    そしたら戦のある地方に行って生きるか死ぬかのやり取りの中に身をおこう、そう心に決めた。
      だが、そうは問屋が卸しやがらねえ。

    その日の夜、夜襲に遭った。
     ・・・ただ、狙われたのは雇い主じゃねぇ、俺たち護衛の方だったんだ。

     そいつらも雇われていたんだ。俺達と同じ奴にな。

     要するに、ゲームって奴だ。俺たちはディフェンスチームで、襲ってきた奴らはオフェンスチーム。
     どちらか一方が全員消えるまで終わらない、ゲームだったんだ。

     俺だって黙って殺されたいわけじゃない。
     生き延びるためにギリギリの所を渡る高揚感は好きだがな。

     だから、襲ってくる奴すべてを斬った。ゲームが終わったとき、生き残りは俺一人だったよ。

     雇い主が俺に言った。
     「又来月同じゲームがある、良かったら参加しないか、と」

     だが、俺は断った。
     自分の手を汚さずに楽しむ奴を許せないとか、そういうんじゃない。
     手ごたえが、無さ過ぎたのさ。

     「それで、今度は自分で獲物を探してゲームをしてるのか?」厳しい顔で聞くガウリイに、
     「ああ、そうだ」と小さく答えるマクロード
     「さっきも言ったがここのところ国同士の戦なんぞは皆無だし、
     大量に湧いて出ているレッサーデーモン退治ってのもアキが来る。

     戦うなら人間の方が遣り甲斐があるってもんだ・・・」
     最後の方は自分に言い聞かせるかのように呟く。

     「で、こんな辺鄙なところで追い剥ぎ紛いな事していたの?」
     あきれたように言い放つリナ。

     「そんなに強い奴と手合わせがしたいってんなら、旅でもしながらあちこち捜し歩けばいいじゃない。
    あたし達だってもう何年も旅をしているけど、未だにすごい手練に会うことがあるわよ」
    だから、こんな真似は止めなさい!と、日ごろの行いはきっちり棚に上げてリナが言う。

     「ああ、そうしようと思ったこともあったさ。
     だが、どうしても本気のそいつと手合わせしたいって奴がいてな。そいつも旅から旅で、
     ちっとも居所がつかめねぇから逆に俺が一つ所に居れば、会うこともあるかと」

     だから、旅には出なかったんだ。

  
     「その、手合わせたい相手ってのはいったい?」
     黙りこんだマクロードにガウリイが問いかける。

     「それは・・・」



     ガタン!!



     いきなりリナの座っていた場所が消えた!!

     「レビ・・・」
     呪文が間に合わない、落ちる!!

     バタンッ!頭の上の床だった場所が閉まる音。

     どさっ!

     5・6メートルは落ちただろうか。下にやわらかい何かが敷いてあって痛くは無い。

     ただ、なんか・・・ねばねばする・・・のは・・・。
     こ・・・こりは・・・も・・・もしかして・・・
     あのじめじめしたところがだいすきなあたしのいっとうきらいな・・・。
     ぬべちゃっ!!
     あたしの顔にねばねばした・・・ぬめぬめの・・・・・ふぅっ・・・・。
  



      ここでリナの意識は途切れた・・・。




   「 このやろうっ!! リナを何処にやった!!」
     リナの消えた床に向かおうとするガウリイに、ちゃきっと剣を突きつけてマクロードが言い放つ。

     「もうここにはいねぇ。あのおじょうちゃんを返して欲しけりゃ俺と勝負しな!!
     ・・・勿論、本気の真剣勝負って奴だ」

     楽しそうにしているマクロードとは対象的に、ガウリイの顔には余裕の欠片も見られない。

     「オレは、お前とはやりたくない!」

     叫ぶガウリイに「俺は一度でいいからお前と戦いたかったのさ」と笑った。

     息が詰まるような空気の中、しばらく睨み合いが続く。

     二人とも剣を構え、相手の出方を伺い・・・・・・。




     こっ。



     外で木の実が落ちた音を合図に戦闘が始まる。








    バタン!!

    狭い小屋から飛び出し、互いに間合いを取って睨み合う。

    先手で仕掛けてきたのはマクロード。

    がきっ・・・キィン!・・ぎゃりぎゃりぎゃりっ!!

    剣と剣のぶつかる音だけが、辺りを満たし。
 
    ざざざざっ、パシッ、男二人の駆ける足音が混ざる。

    気合を込め斬りつける剣を巧みにかわしつつ、怒りを込めて攻撃を繰り出すガウリイに
    マクロードは「まだまだあんたはこんなもんじゃないだろう!昔はもっと太刀筋が鋭かったぜ!!」と挑発を繰り返す。

     ガウリイが繰り出す剣圧を巧みに避けつつ、下卑た笑いを見せて吐いた言葉は。

     「ええっ、黄金の撃墜王さんようっ!あのちびっこいお嬢ちゃんに骨抜きにされたのかい!!」

    「馬鹿な事をっ!!」

    怒りを込めて、返事を返すガウリイに、更に言い放った。

    「毎日可愛がってやってるんだろう!? ヤリ過ぎて抱きつぶしてんじゃねーぜ!!
    お前を倒したら、その剣と一緒にあのお嬢ちゃんも纏めていただいてやるよ!」
    マクロードが、そう叫んだ一瞬後。



      ばきぃぃぃぃっんっっっ。



    その瞬間、何が起こったのか、彼には理解できなかった。

    かろうじて見えたのは、昔戦場で見た冷たい金の光。

    と、同時に襲ってくるわき腹の焼け付くような痛み。

    すぐ傍で、ドサッ、と何かが倒れる音。
    ・・・・・・・ああ、俺が倒れた音か・・・・・・・。

    地面に叩きつけられるようにして転がるマクロードの喉元に、チャキッと
    ブラストソードが突きつけられる。

    ・・・斬られた場所からダクダクと熱いものが溢れ、零れ落ちてゆく。

    霞みゆく男の目に映るのは・・・遠い日の幻。

    「コレで、気が済んだか?」頭上から、カタートの氷よりも冷たい声が降って来る。

    「誰だろうと、リナを汚す奴は容赦しない。
    あいつには、オレ達みたいに薄汚れた男が触れても想像するだけでもダメだ」 
    そう言い放つガウリイの顔は、かつて傭兵時代に良く見知った表情。

    戦場での二つ名の通り、たった一人で幾千もの人を殺めながら何事も無かったかのように振舞う男。

    その日を生きていくのにさえ、何の感情も表さない極寒の瞳の持ち主のそれ。

    「ああ・・・そのかお・・・だ・・・。
    俺は・・・あんたの・・・魔性の強さと・・・その顔に・・・魅入られ・・・ちまったんだ」
    まるで少年のように憧れに満ちた目でガウリイを見やり。

    「俺は・・・あんたみたいに・・・なりた・・・かった・・・よ・・・」

    事切れる寸前に吐息に混じらせて流れた言葉に、小さく苦笑しつつ
    「あの頃のオレはなぁ、いつ死んでも構わなかっただけさ。
    オレは変なオヤジと、そしてリナに出会ったおかげで、今こうしてられるんだぜ・・・」と、呟いた。

    ふと、空を見上げれば夜明けが近い。

    「さーて、リナを探さなくっちゃな」
    独り言を言いながら小屋に向かう彼の姿はいつもののほほんとした顔だった。








    こつこつ、とんとん。

    小屋に戻ったガウリイは、リナの座っていた辺りを拳で軽く叩きながら、切るポイントを探る。

    下手な所を切って、床板が彼女に当たったら元も子もない。
    あくまで斬るのは床板一枚。

   ブラスト・ソードは切れ味が良すぎて、剣圧だけで刃先より遠くの物まで
   斬ってしまう恐れがあるから慎重に・・・。

    片手でダラリとぶら下げた剣の先を、ほんの少し持ち上げ。

    ふうっ、チンッ! 軽く撫でるように斬りつける。

    紙一枚分ほど残して絶たれた床板に、さくっと剣を爪楊枝か何かのように刺して外すと。

    そこには結構深い落とし穴が口を開けていて、なぜか土壁全体がぬらぬらとした粘液に覆われていた。

    「これって・・・。道理で自力で出てこれなかったはずだよなぁ」
    いつもならとっくに魔法で脱出している筈なのに、今日に限っておかしいと思っていたら・・・。

    明かりに照らされ、てらてらと銀色に滑る土壁に、何があったか判ったような気がしたガウリイだった。
   
    頭を突っ込んで中を覗き込むと左の方に横穴を見つける。
  
    大人が腰をかがめて通り抜けられるほどの大きさ。

    もし彼女が気絶でもしてヤツらに運ばれた行っても不思議は無い。

    ならば今採るべき道は一つ。

    とにかくここから追いかけようと、ガウリイは邪魔になる軽装鎧を脱ぎ捨てて、
    斬妖剣だけを手に、ごそごそと横穴に入っていったのだ。










  

  
    「く、暗い・・・」

    飛び込んだ穴の横道に潜り込み、空いている手を壁に付きながら進む。

    明かりなど何も持っていないのに、そこは野生の勘なのか、頭をぶつける事もなく歩く。

    しばらくそのまま行くと、先がゆっくりとしたカーブになっているのが感じられる。

    他に横道がないか、確認しながら慎重に進むガウリイの目に
    ピカッと細い光が飛び込んできた。

    かすかに前方から流れ来る新鮮な空気。

    かなり先の方から、朝日と思しき光が少しずつ差し込んできている。

    とにかく外に出て見ようと歩く速度を速めた足に、何かが当たってコロコロと転がった。

    「これは・・・」
    そっと抓み上げたのは、金色に輝く小さな丸いもの。

    「やっぱりここを通ったんだな・・・。待ってろよ、リナ」
    呟くと、丸いイヤリングを握り締め、光に向かって先を急ぐ。

    この先にリナがいる、と、確信を持って。




      ぅぬぅぅ〜んっ、ぼたっっっ。




    もうすぐ出口という場所で、上から大きなものが音を立てて落ちてきた。

    敵か!?と剣を構えたガウリイの目に映ったのは、大人程の大きさのナメクジ。

    ソレは、うにょうにょとからだをくねらせながら、ガウリイの脇をすり抜けて穴の奥に消えて行く。

    しばしその姿を見送って、再び出口に目をやると。

   ぅぬにょにょうにょろぐねくねずるずるぐにゅりんっっっ!!

    出口の方からこちらに向かって殺到する巨大ナメクジの群れが!!

    「ぅどわぁぁぁあぁぁぁっ!!!」
    普通のソレにはまったく動じないガウリイも、これにはかなり驚いた。

    ものすごい勢いで向かってくる大量のソレ。

    壁にへばりついてなんとかやり過ごそうとするガウリイに、群れの先頭がベチャッッッ!
    むにゅ〜んっっと体を擦り付ける。

    奴らに敵意などは感じないが、兎にも角にも気持ちが悪いっ!!

    下手に斬ることも出来ずに、ひたすら耐えるガウリイの背面を、ぬるぬるした物がひっきりなしに
  撫で擦りながら通り過ぎていく。

    巣(とやらがあるとすれば)に帰ろうとしているようにも見えるのだが、なにぶん数が多い。

    この狭い穴倉を押しあいへしあいしながら通り過ぎるのには、数分はかかりそうだな・・・。

    あまりのきしょく悪さに鳥肌を立てつつ、嵐が通り過ぎるのを耐えるガウリイだった。





  
    リナのヤツ、ぜぇぇぇぇぇぇぇっっっったい!!!!
    気絶してるな・・・・・・・・・・。

    彼女の身の不幸を思いつつ、ひたすら壁とお友達になって。

    ・・・ナメクジの大群が去ったあと、ガウリイの背中と髪の毛は、
    銀色の粘液にまみれてドロドロぐちゃぐちゃになっていた・・・。
  






    「やれやれ」

    やっと窮屈な穴から出られたと、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み
    「うーんっっっ」と声を出しながら伸びをすれば。

    背骨がボキボキと鳴って、気持ちが良い。

    さて、リナは何処だと辺りを見回すガウリイの目に映ったのは。

    草むらの先に広がる湖と、そしてその畔に倒れている少女の姿。

    「リナーっ!!」大声でその名を呼びながら走り寄っても、彼女はピクリとも動かない。

    そっと抱き寄せて顔を覗き込んでも気を失ったままだ。

    リナの体は全身泥と粘液に塗れ、ベタベタになっていて、汚れていない箇所を探す方が難しい程で。

    ガウリイにとっては、この位で彼女に触れる事を躊躇う理由にはならないが
    「コレはちょっと、かわいそうだよなぁ」と、息をついて、湖を眺め。

    「お前さん、今気が付いてもこんなんじゃ、又すぐに気絶しそうだよな」そう言って、
    彼女を抱き上げて、水の中に足を踏み入れた。






  
    ガウリイは迷う事なく腰の辺りまで水に浸かると、ゆっくりとリナの体を腕から降ろして
    首から下を清水に浸してやった。

    普通ならこの時点で気が付いてもよさそうなものだが、よほどショックが強すぎたのか
    彼女はまだ気付かない。

    ガウリイは片手で頭が沈まないように支えながら、まずは顔に付着した汚れをゆっくりと拭っていく。

    顔の次は栗色の髪、それから腕と洗っていくが・・・。

    「な、なかなか取れんっ!!」
    ネバネバは意外としつこくへばりついて、そっと洗っていたのでは落ちそうにない。

    おまけにリナの服自体にもネバネバは染み込んでいるようで、
    生地部分はまったくと言って良いほどぬめりが取れない。

    このままじゃどうにもならんなぁ、と判断したガウリイは仕方なく、
    「リナ、リナ、リーナ」目を覚まそうとぺちぺちと軽くほほを叩いてみるが、まるで反応なし。
  
    「ま、できるだけきれいにしてやるか」
    起こすのを諦めたガウリイは、リナの体からショルダーガードとマントを外して岸に放り投げた。

    「あれはあとで洗えばいいか。それからっと・・・」
    ブーツにバンダナ、手袋と意識のない彼女から外しても差し支えないものを
    さくさく取り払っていく。

    「これ以上勝手に脱がせたりしたら、あとでリナに何されるか判らないからなぁ」とため息をひとつ。

    正直、リナには昔の事を知られたくなかった。

    この後、彼女が目を覚ました後、どういう反応を示すのだろうか。

    閉じられた瞳は、いつでも生き生きと煌めき、美しいから。

    その目で軽蔑のまなざしを向けられようものなら、もう傍にはいられそうにもない。

    どの道彼女が目覚めれば、審判は下るだろうが。

    兎に角今は、少しでも綺麗にしてやりたいと思う。
 
    これはある意味美味しい状況なのかもしれないが、これ以上軽蔑されたくないから。

    ・・・やっぱり、起きて貰うしかなさそうだ。

    「リナ、起きてくれ。もうあいつらはいないから。
    お前さんの服が汚れてて洗ってやりたいんだが」言いながらゆさゆさと体を揺する。

    「リナ、おーい、起きてくれって」さらにガクガクと揺さぶると「ウーン」と小さな声が上がり。

    そして、ゆっくりとその眼が開かれる。

    「がうりぃ・・・。ここは・・・?」まだぼんやりとした瞳がこちらを見つめている。

    「お前の落ちた穴をたどってきたらここに出たんだ。覚えてるか?」そっと頬に手を添えてやる。

    「確か・・・イキナリ床がなくなって・・・。
    それから・・・・・ら・・・・ら・・ら・ら〜っ!!」
    ようやく何があったか思い出して、リナの顔色が見る見る悪くなり。

    「が、ガウリイ・・・あれは・・・あれはもしかして・・・・」
    怯えた瞳で、こちらを見つめてくる。

    「信じたくないとは思うが現実だ。 ただし、もうここにはいないから安心してくれ」
    笑って軽く伝えたはずなのに、リナの顔が今度は土気色に変化していた。

    「で、で、で、この状況っていったい・・・」
    ギギギッと音がする位に、ぎこちなく顔を引きつらせて聞いてくるので、
    「お前さんの全身汚れまくってたんで洗えるとこだけ洗ってる♪」と答えたら。

    「なっ!」

    いきなり顔を真っ赤にして殴ろうとするリナの手を、パシッと掴んで耳元でそっと囁く。

    「安心しろ、お嫁に行けないような事はしてないから。
    それより気持ち悪くないのか?お前さんの服にアレのネバネバが染み込んでて
    えらい事になってるんだが」

    ざぁぁぁぁぁぁぁっと、音が聞こえそうな勢いで、リナの顔が青くなる。

    あーあ、やっぱり嫌なんだなぁ。

    「で、これからどうすればいい?
    自分で体を洗うか、服だけ脱いでオレに渡すか、オレに全部洗わせるか。好きなのを選んでくれ」 
    サラリと言ったガウリイの言葉に、またリナの顔が赤くなる。
  
    「ううううーっ」

    ・・・結局リナは自分で何とか服を脱いで、後ろを向かせたガウリイに渡すと
    魔法で少し離れた場所まで移動して、彼が例の小屋から
    シーツと石鹸を探してくるのを待つ事にしたのだった。
              






    その後、しばらくは二人とも身綺麗にすることに専念し。

    リナはガウリイの持ってきたシーツを体に巻きつけて近くの木の上で休んでいる。

    ガウリイはガウリイで、リナの服やら手袋やら、装備品一式を綺麗に洗って
    焚き火の近くに並べて乾かしつつ、自分の髪と服を洗っていた。

    「ねえ」

    唐突に、木の上からリナの声が降ってくる。

    「なんだ?」

    「マクロードは・・・どうなったの?」

    「もういない」ガウリイは簡単に答えた。

    「そう」リナもこれ以上聞かなかった。

    お互い長い付き合いだ、何があったかは聞かなくとも何となく想像が付く、が。

    「ねえ!」

    なんだ? やっぱり気になるか?

    ガウリイが上を見上げると、リナがこっちをじっと見て・・・。

    「何かお宝あった?」ワクワクッとした顔で聞いてくるリナの言葉に、
    思わずドバッシャ〜ンッっっ!!と盛大な水しぶきを立てて、湖に顔面ダイブする。

    「お、おまえなぁ。
    そんなもん探してる余裕なんか無かったって。
    気になるのなら後で自分で探せば良いじゃないか。」

    あきれた声で答えるガウリイに、
    「だって、あんなひどい目に遭ったのよ!何か良いことがあって当然ってもんじゃない!!」
    当然とばかりに返すリナ。

    「なら、服が乾いたら行って見ればいいさ。
    ただし、あの小屋の床下にはアレがいるはずだがソレでも行くってんなら止めんがなぁ」

    アレ、と聞いたとたんヒクッと体を硬直させたリナだったが、お宝の誘惑には勝てなかったらしい。

    「ガウリイ・・・、付いてきてね(はぁと)」
    ガウリイに向かってお祈りをするようなポーズで微笑んだ。









    「けっきょくっ、マクロードってっ、お宝にはっ、なーんの興味もなかったのね〜っ」
    ズリズリと袋一杯のお宝を引きずりながらリナが言う。

    「なあ、そんなに欲張らばなくても、また後で来りゃ良いじゃないか」
    あまりのがめつさに少々呆れつつ、結局半分以上を持ってやる。

    「えへへ、ありがと♪」
    リナの嬉しそうな顔に、ついつい気を良くしてしまうガウリイ。

    「だってさ、あんなとこにもう一回なんて、ぜえったいに行きたくないも〜ん」
    ヤダ、思い出しちゃったじゃない、と肩をすくめるリナ。

    ま、床下に巨大ナメクジの巣が在るって知っててもう一回とは言えないわなぁ。

    家捜ししてる時だって、ちょっとした物音でビクビクしていたし、と思い出して、笑った。

    「なぁ、これだけお宝があったらかなり豪勢な食事ができるんじゃないか?」
    にやっと笑ってリナのほうを見ると、「今日はフルコース大盛り食べ放題よ〜っ!!」と
    嬉しそうな笑顔が返ってきたのだった。









    「んじゃ、お休み〜っ」
    部屋の前で、ごく普通に挨拶を交わして。

    リナが部屋に入ろうとノブを握った。

    まだ昼過ぎなので外は明るいが、昨日は殆ど寝ていないからと
    連泊する事になっているのだが。

    「リナ」

    ガウリイは、ノブを握ったままの彼女の手を、更に上から握った。

    「なぁに? あたし眠いんだから、用件は手短にね?」
    腹が膨れて目蓋が下がっているのか、力の抜けた声が返ってきた。

    「その、なんだ。 マクロードの言ってた事なんだが・・・」

    お前はどう思った?

    そう続けようとしたガウリイの声はリナによって遮られた。

    「それがどうかした? 何か気にするような事あったかしら」
    あっさりと言われてしまって、正直拍子抜けしたガウリイ。

    もしかして、リナは知らないのか?

    なら、薮蛇をつつく前に誤魔化そうか。

    一瞬考えた彼の耳に「例の二つ名に関する事なら、少しは知ってる」と、
    最も聞きたくない返事が返ってきた。

    「・・・どこまで」

    動かす唇が重い。

    それを知っているなら、何故彼女はこんなに普段通りに振舞うのだろう。

    「昔、知り合いに聞いた事があるわ。
    『幻の傭兵、金の撃墜王』某王国のクーデター時に王族側に雇われた傭兵で
    むちゃくちゃ不利な状況の戦場にも躊躇せずに単身乗り込み、
    襲い来る敵を蹴散らし、幾つも首級を挙げた凄腕。
    向かってくる者には一切容赦せず、片っ端から倒してのけた。
    少々若いながらも、冷たい美貌とその流れるような金髪は味方の女のみならず
    敵方の女達にも人気があったって、ね」

    「それだけか?」

    「あとはねぇ、クーデターが終わってすぐに、彼は姿を消した。
    結局彼の周りの人達は、彼の微笑む所を見られずじまいだった、って」
    で、それがまさかあんたの事だったとはねぇ、と。

    フッと笑って「でも、それは過去のお話でしょ?
    あたしはそんな人づてに聞いた話よりも、今のあんたを信じてるから」

    そう言ってリナは何事もなかったかのように戸を開き、
    「あんたも、もう寝なさい」と、ガウリイの手をそっと剥がしてやったが。

    「その・・・」

    ガウリイは未だ突っ立ったままで。

    「何? まだ何か心配な事でもある!?」

    ハッキリしないガウリイの態度に、リナが切れた!!

    「あんたは、あたしを何だと思ってるの!?
    あんたの昔の事は、今日初めて知った。
    で、それは思いがけない物だったけど、知ったからと言って
    突然あたしの態度が変わるとでも!?
    それこそあたしを舐めてるって言うのよ!!
    あたしだって、綺麗な道ばっかり歩いて来た訳じゃない。
    物騒な二つ名ならあんたより数倍持ってるし、知名度だって上よ。
    それでもあんたはあたしの側に居てくれる。
    お互い、過去の自分があるから今がある。
    だから、あたしはあんたの過去を否定しないし、したくない。
    でも、どうしてもあたしに知られたくなかったって言うのなら、忘れてあげる。
    だから・・・そんな目をしないで」

    フッと笑って、彼の顔に手を差し伸べて。

    ムニュ、とほっぺたを摘んで引っ張った!!

    「いてててててっ!! 痛い!! リナ!!」

    「あんたにそんなどシリアスなんて似合わないのよ!!
    あんたは受けた仕事をこなしただけじゃない!!
    それがあんたにとって不本意な事だったとしても
    過去は過去、今更どう足掻いたって変えられないんだからクヨクヨしないの!!」

    笑いながら、キュッ、と頬から手を離した。

    「いて〜よ、リナぁ〜」
    涙目のまま、ようやくガウリイが笑ったのを見て。

    リナも笑った。

    「そうね。あたし達はこの村に乳尽くしを食べに来て、そこで夢を見たの。
    それはそれはリアルな夢で、懐まで暖かくなるような夢だった。
    それでいいでしょ?」

    だから、もう気にするのは止めなさい。

    暗にリナはそう告げた。

    「ああ。その夢はやたらとリアルで、巨大ナメクジが出てきて怖かった、と」

    「そうそう」

    「で、夢見が悪かったから、もう一回寝直すと、こういう事か?」

    「そ」

    「なら、いい夢を見たいもんだ」

    「なら、いい夢見られるように、おまじないしてあげる」

    ふわりと笑って、彼女は彼の長い髪を掴んで引っ張ると、近づいた頬に
    そっと唇を寄せた。

    そして、突然の出来事に呆然とする自称保護者を置いたまま、スルリと自室に戻り。

    あとには、頬を赤らめたまま、突っ立っている男が一人。

    「昨日の夢は、過去から来た悪夢だったけど。
    今日はいい夢見られそうだよ・・・。リナ」

    それからしばらくして、二つの部屋からは穏やかな寝息が聞こえてきた。

    思いがけない過去の残像を、ガウリイはきっぱりと忘れた。

    思いがけず知ってしまった彼の過去を、リナは記憶の底に沈めた。

    それは、そんな事が、今の二人には必要のないことだったから・・・。