手を繋ごう



唐突に、「手を握らせてくれないか」と言われて、きっときょとんとした顔でもしたのだろう。

あたしの反応を見てすぐに、奴は「ああ、変なことを言って悪かった」と、
差し出した手を引っ込めようとしたんだから。

「いいってば、ほら!」

逃げようとする大きな手を捕まえて、ぎゅっと両手で握り締める。

硬くて骨ばった触感に、やっぱりガウリイって男の人なんだなぁ、
なんて分かりきった事を考えた。

ちなみに今のあたし達はグローブをつけていない。
素肌同士の手を重ねあって、向かい合って立っている。

ここが誰もいない場所でよかった、と、心底思う。

だけど流石に宿の廊下、それも大浴場の入り口前とくればじきに誰かが通りかかっても
おかしくないので、とりあえずあたしは部屋に移動しようと提案してみた。



子供の手を引くようにして、大きな図体の自称保護者殿を引っ張っていく。

や、なんかうっすら頬を染めているように見えるのが可愛らしいって言ったら、
彼は怒るだろうか。

それよりもあたしのほうもどうしようもなく頬が熱くて仕方がない。
部屋に着くまで誰ともすれ違わずに済んだのは行幸だった。



二人きりになったところで照れてしまうのはしょうがないではないかと、
彼の顔を見ることは諦めて、視線を喉のあたりへと持っていく。

ごくり、と、太い喉が動いて喉仏が上下する。アダムのリンゴとも呼ばれる、
男性的象徴の一つであるそれ。
薄い皮膚を押し上げるそこに、口付けたいと思ったのは気の迷いではない筈だ。

衝動には正直に、欲しい物は全力で、そう、それがあたしの信条ではないか。

きっと彼は大人であろうとして、あたしの気持ちを量ろうとしてこんな事を
言い出したのだろうが、そういうもったいぶった行動する前に言葉で気持ちを伝えなさいよ!
(彼なりの逡巡とかだなんて思ってやらない!
どうせくらげ頭であれこれ悩んだ挙句にやらかしたことだろうから!)
ダメだししたくなるのを堪えて、どうしたのよと聞いてやれば、
なんでもなかったんだとはぐらかされる。

そんな状況じゃないでしょ!と、不満を口にしたところで、
一旦こうなってしまうとガウリイは頑なな態度を崩さなくなる。

別に二人っきりなんだしいいじゃないか、と、あたしなんぞは思うんだけど、
彼はそう思わないみたい。



結局、じれったすぎる展開に焦れて「ね、手を繋ぐだけでいいの?」と、
甘ったるい囁きを吹きこんだあたしは、目論見どおりに彼の頑なさを
溶かすことには成功したんだけれど。

予想以上の急展開にに目を白黒させるハメになるとは流石に思ってなかったり。

……けど、ま。

嫌じゃないからいいんだけどね。