青空広がる真夏の朝。

 お世辞にも心地良いとは言いがたいムードの部屋であたしは、真正面で仁王立ちになってる男の顔を、真心込めて睨みつけていた。

 あれほど無理無茶無謀は承知の上だって、さんざっぱら説明したのに!

 「ねぇ、そこどいて」

 口調はあえて低空低音。

 可愛らしく抑揚なんてつけてらんない。

 奴の返答は、これまた低い呟きが一言。

 「だめだ」って、何その速攻直球拒絶。あんたに情ってもんはないわけ?

 彼は腕を胸の前で組んで扉の前にて仁王立ち。そこに一切隙はなし。

 窓は一応開いてはいるけど、やや奴の方が近い。

 飛行呪文は……詠唱完了までに妨害されるに決まっているから、これまた却下。

 真正面からの交渉が不発ならばと、こっそり服の襟に隠し持ってた濡れ綿花を手に、悲しげに俯いて。含ませた水で目尻を濡らせば……潤んだ瞳の出来上がり。
 べたりと床に座り込んで、駄々っ子みたいに彼のズボンを引っつかむ。

 「……ねぇ。こんなチャンスは滅多にないんだって、ガウリイにも判るように説明したでしょ? 今期を逃したら次は30年後になっちゃうの!! せっかくあちこちツテを使って優先閲覧許可もぎ取ったのに、寝不足程度で貴重な時間をロスするだなんてもったいないまね、したくないの!」

 わざと鼻にかけた甘ったれ声に、眼力控えてか弱さ当社比120%増量。

 可愛いあたしにさっさと降参しなさいったら!!

 ね、いいんでしょ? 

 小首を傾げて返答を待ち……しかし、返ってきたのは鉄壁の。

 「ダメだ、そんな体調で出掛けたってぶっ倒れるのが関の山だろ。 連日ろくに飯も食わんで一日部屋に篭りっきり、机にかじりついてばっかりで寝る時間も削ってるから顔色悪いしおまけに『あの日』まで重なって。お前さんだって正直、出かけるの辛いくせに」

 何もかもお見通しだと至極冷静に諭されてしまった。

 うっ、こちらの状態、完全に見抜かれてる。

 って、なんであの日の事まで知ってるのよ!?

 「あんたさえ邪魔しなけりゃ、あたしはとっくに出かけてるわよ!!」

 苦し紛れに噛みついたら。

 「言っておくが。今日だけはオレも譲らんからな。 閲覧期間はまだ何日かあるんだろ? 今日だけでもちゃんと休んで、それから巻き返せば良いじゃないか」

 ぼふっと、頭に乗っかった重みはそのままぐりぐりと、いつもより乱暴に髪を乱し頭を揺らして押さえつけてきた。

 「いたたたたっ!!」

 遠慮のない振動が、気のせいにしておきたかった頭痛を更に誘発する。

 「ほれ、痛いくせに。そんなんじゃ向こうに着く前に行き倒れるぞ?」

 呆れた声が降ってきて。

 それがまた滅茶苦茶腹立たしくって、本気の涙目で睨みつけた。

 「別にあたしが倒れようがガウリイには関係ないでしょ! この程度でいちいち寝込んでちゃ、研究なんかできないわよ!!」

 頭上のでっかい手を払い除け、これ以上の議論は無駄だと立ち上がろうとして・・・立てなかった。 情けない事に、とっくの昔に限界ラインを突破しちゃってたみたいで、足に力が入らない。

 あたしの心の焦りとは裏腹に、身体は彼の意見を採用としたらしい。

 「ほ〜らな? 無理なもんは無理。お前さんの保護者として、今日の外出は不許可だ」

 言うなり、無遠慮にも人の両脇に手を突っ込んでくるから。

 「『保護者』ねぇ。そのセリフ、随分と久しぶりに聞いたわね。 あくまであたしをお子様扱いしたいってのなら、さっそくだけど部屋を分けましょ。 いい年をした保護者と被保護者が、毎晩同じベッドで眠るなんて、どう考えてもおかしいもの」

 皮肉をたっぷり込めて『保護者』の部分を強調してやる。

 体力じゃ絶対に勝てないから、せめて言葉で意趣返しよ!

 「駄々っ子を寝かしつけるのは保護者の役目だろ? それとこれは話が別だ」

 強引に立たされたと思ったら、膝裏も攫われ抱きかかえられて、幸か不幸か解放されたのは部屋に一つしかないベッドの上。

 「だから、休む気はないって言ってるでしょ!」

 怒鳴りながら身を起こそうとしたけど、あえなく片手で制されてしまった。



 くっ……だめだ、柔らかいお布団の誘惑に抗えなひ。

 白い布地の楽園に、半身すっぽり包まれた途端、眩む思考と閉じたがる目蓋。

 肌触りの良い誘惑に見事陥落、全身すっかり脱力しちゃって、正直な身体は睡眠準備完了、恨めしいったらありゃしないけど。

 どこか安堵したのも悔しいながらもこれまた事実。

 「大事な奴が自分の目の前で無理を重ねて、今にもぶっ倒れそうになってても、口出ししちゃいけないのが『恋人』だって言うんなら。そんな肩書き、いらんからな」

 厳しい口調とは裏腹な、あたしを心底案じてくれてる彼の気持ちが嬉しかった。



 上掛けの上からポフッと軽くあやされて、あたしはすっかり甘ったれモード発動。

 「部屋明るすぎ。こんなじゃ寝れないもん」

唇を尖らせて文句を言えば、分かったから寝てろって、と、苦笑顔をこちらに向けて甲斐甲斐しく世話を焼き始める。

 寝心地良さそうな体勢を求めてゴソゴソやってたら、痛みを思い出したらしいお腹がちくり。代わりに頭痛はすっかり消えて、そっちはストレスから来ていたのだと自覚した。

 うつらうつらと夢を紡ぎ始める頭の隅で、そこだけはっきり聞こえたの。

 「回復したら会場まで送ってやるから」

 労わりの篭った低い囁き。

 もそりもそりと布団の中で、しっかりあたしの手を捕まえている彼は、あたしの大事な恋人で相棒、そして時々過保護な保護者様。