純白の衣装を纏った彼は普段とは違う、重く厳粛な空気に包まれていた。

長剣を掲げ、堂々と立つ姿はまさに威風堂々。
観覧者達は皆、固唾をのんで彼の動きを見守っている。

しゃらん。

優雅な動きで剣が閃き真白なブーツを土で汚して、彼が駆ける。
「ぅおおおおおぉぉぉ!!!!!」
雄叫びと共に剣を一閃立ちはだかる敵を切り伏せて、
金髪を靡かせ疾走する姿は綺麗だった。



血に染み、泥にまみれてもなお戦うのを止めないのは誰のため?
その命運をあなたの肩に託した祖国のため?
それとも憎くて堪らぬこのあたしを倒すため?



漆黒の衣装を纏い、彼が到着するのを座して待つ。
魔道士の正装は陰気臭くて嫌いだから、動きやすいものを選んだ。

ああ、最後の障害を越えたのね。
金色の騎士の姿はもう目の前に。

ガウリイ、ガウリイ=ガブリエフ。
生涯最大の好敵手。

あたしがあんたを殺そうと、あんたがあたしを殺そうと、結局迎える結末は同じなのよ。
あなたの祖国とあたしの祖国、揃って滅びの道を辿るしかない。

見えてしまった未来と変えられない過去の幻影が脳裏で幾度も交錯する。

ああ、赤をまとうあんたもとても綺麗だわ。
その青い瞳も好きだったけど、それを言う資格はあたしにはない。



立ち上がり、攻撃魔法の詠唱を開始しながら彼の強い視線と殺気に晒されて、
感じたのは紛れもない興奮と高揚感。

戦に赴く度に味わい続けた馴染みの感覚。
殺すのが先か、殺されるのが先か。
彼から向けられる殺意は今、まっすぐあたしだけのもの。
歪んだ愛だと哂われようと、誰にも彼を渡すつもりはないの。

輝く切っ先が空気を切り裂き迫り来る。
あたしの呪文も完成し、あとはただ放つのみ。



でも。

でも!

『おっきくなったら、おれのよめさんになってくれよな!』
幼い頃の約束と、あどけないガウリイの笑顔が甦る。



やっぱり、あたしにはできない。
唇を噛んで来るべき衝撃に備え、視線をまっすぐガウリイへ向けた。

どうして、そんな顔しているの。
今まさに敵を討とうってのに、どうしてそんなに辛そうなの?

俊敏な獣のような彼の動きが、まるでスローモーションのように見えた。

これが死に際の奇跡ってやつなのかな。
観客達にはあたしが恐怖で竦んでいるように見えているのだろう。
自国側から悲鳴や絶叫が聞こえてくるが
希望を失った彼らが今後どうなろうと、あたしの知った事ではない。
勝手に人に押しつけておいて、高みの見物しているからよ。

ざまぁみろ。

突進してきたガウリイと、あたしの影が交わり。
皮肉に歪んだあたしの唇を、大きな手が塞いだ。

剣を手放したの? 
いつまでたっても馬鹿ね、あんたは。

とっさに自由な手で腰のショートソードを引き抜いて、目の前の太い首筋に突きつける。
彼の腕ならあたしの手から得物をもぎ取るのはたやすいこと。

ほら、あたしはあんたを殺そうとしているの。

だから。

はやく、とどめを。



「……オレの勝ちだ。諦めて投降すれば助けてやる」
目論見どおりに剣を奪われたまでは良かった。けど、どうして情けをかけてくる?
女を殺す趣味はないとでも言うつもり?

それとも……ううん、可能性は限りなく低い。

あのゼロスが手がけた仕事だもの。ありえない。

記憶が戻る、可能性なんて。





首を振って手を振り払おうとするも、顎ごとがっちり掴まれては叶わぬことで。
抱えるように拘束されて彼の懐に捕らえられた。

「いいか、このまま引きずってくから抵抗すんな」
予想外の囁きに顔をあげると、痛みと歓喜の入り混じった顔があたしを見ていた。

「リナだろ、お前さん」

驚愕で身体が強張ったのをガウリイは見逃さなかった。
項に落とされた軽い衝撃と同時に意識が飛んで、視界がぐるりと暗転する。







「おはよう、リナ」

優しい声はすぐ傍から聞こえた。

目を開けると豪奢な天蓋と、嬉しそうな男の顔があたしの顔を覗き込んでいて。

「どうして?」

あたしを殺さなかったの?と言外に問い、
青い瞳と視線を絡ませながらそっとと手指を動かしてみる。

どこも拘束されていないし痛みもない、感じる限りまったくの無傷らしい。

「理由がない。両国とも併呑されたから」

あっさりと爆弾発言を告げられて絶句する。
そんなに早く侵攻されたのか、セイルーンに。

「すごかったぞ〜。あのあとすぐ、第一王位継承者とかいうおっさんが
じきじきに先頭に立って乗り込んできてな。
闘技場にいたうちの国王張り飛ばすわ、おまえさんとこの王様に蹴りいれるわ。
その場でおっさん曰くの『誠意溢るる説得』ってやつをぶち上げてな。
同じタイミングで皇女二人が別々に軍を率いて、両国の生命線になってる
ラグレス湖の水門を押さえちまった。
そういうことで戦争は終わったし、お互い失ったものは大きいが
痛み分けで手打ちってことになった」
ま、政治とかの難しいことはよくわからんが、
とにかくオレ達が戦う理由はもうないんだ。

そう言って笑った顔はあたしの知ってる幼いころそのままの、
あけっぴろげに優しい笑みで。

「あたしが誰だか判って言ってるの? あんたの国の人間をあまた屠った」
「漆黒の魔女、リナ=インバースだってんだろ」
言葉を継いであたしの二つ名を口にした男は、真顔であたしの両手を取ると
強く握りしめてもう逃がさないと囁いた。

お前が魔女だと名乗るなら、一生悪さができないようにオレがお前の枷になる。
だから殺せとか死ぬとか簡単に言うな、と
抗いがたい力で抱きしめられて、痛くて、苦しくて、涙が溢れた。

こんなの、形が違うだけじゃない。
どこで入れ知恵されてきたのよ、こんなキャラじゃなかったでしょうに。

「オレだってお前さんの国じゃあ似たような扱いだし、割れ皿に折れ箸。
じゃなかった、なんかそういうのあったろ?」

「それをいうなら割れ鍋に綴じ蓋」

「おお、それそれ。似たようなもんだ」

ぽむっと手を打ち笑う姿におもわず突っ込みを入れたあたしを責めないでほしい。
結局彼の勧めに頷いて、誘われるまま国を捨てたことも。






揃って馬上の人となり、国境の草原を並んで駆けていく。
誰もあたし達を知らない、遠くを目指して。

どうやって記憶が戻ったのか彼は何も語らないけれど。

罪を背負いながら、二人で。

手を取り合って、生きていく。






細かいところは置いといて雰囲気をお楽しみください。