こっそり買い求めたのは存外高価な品だった。
事前に注文を入れ、熟練の職人の手で編み上げられた世界にたった一つの品。



紙袋に入ったそれを大事そうに胸の前で抱えて、リナはは足取りも軽く自室へと戻ってきた。
ひとまずそれを机の上に置いて、装備を解いて湯浴みに向かう。

その品を引き取りに出かけた際にちょっとした騒ぎに巻き込まれた所為で
どうにも自分が埃っぽく感じたからだ。

彼のフェティシズムを満足させるだろう品を身につけるには、それなりに身支度を調えたい。





浴場で全身綺麗さっぱり洗い清めて部屋に戻ると、濡れ髪を乾かす手もそこそこに、
リナは荷物袋の中を引っ掻き回した。

無事に目当ての品を取り出すと湿気たバスローブを脱ぎ捨てて、掌に握った容器の蓋を開く。

揃えた指で掬い上げたのはとろりとした半透明のジェル。

ほんのり花々の香り薫るそれを肌の上に滑らせて、じっくりと両手を使って伸ばし、
肌に馴染ませて。

「ん、っ」

一糸纏わぬまま白い肌を淡く上気させて行うマッサージ、総ては甘い期待膨らむ一夜の為に。

自らを最高のコンディションに仕上げる為に、時間をかけて丁寧に磨き上げていく。





隣室は未だ静かなままだ。
単独で依頼を受けて朝から空っぽの部屋は寒々しいに違いない。

「ガウリイ、早く帰ってこないかな」

カリリと親指の爪を噛むと、舌先に刺さるジェルの味。

甘くて、それでいてほんのりと苦い。

まるでガウリイとの恋愛のような。



「いつからあたしはこーんな女になっちゃったんだろね」
リナは首を傾げてクツクツと笑った。

自由奔放天衣無縫、ずっと自分がやりたい事をやってきたこのあたし自ら
あれやこれやとお膳立てしちゃうだなんて、ほんと、すっごい果報者よ?なんて。



じっくりと手入れしたお陰で、長旅に慣れた足先も柔らかくなった。

そこに荒れ一つ見当たらないことに満足して、ようやっと例の品を身につける気になった
リナが紙袋から取り出したのは、一組の薄い布。

細長い袋状になったそれを一枚、慎重に手繰って爪先を突っ込み、
力を加減しながら引き上げていく。

緩くもなくきつくもない、肌の一部になったように脚を覆っていくのは漆黒の中に浮かぶ
光沢が美しい、絹の靴下。

太ももの半ばまでを覆い隠す、世間で言うところのハイサイソックスと呼ばれる品だ。

「喜んでくれると良いんだけど」

そろりと人差し指でつるつるとした生地をなぞりながら、ガウリイの帰りを待ちわびて。

じれったくて胸がざわめくような時間さえも愛しくて、リナはドキドキと高鳴る胸を押さえ、
頭から毛布を被った。





近づいてくる足音に反応してひょっこりと飛び起きる。

いつの間にか眠っていたらしい。

ぬくい毛布を素肌に巻きつけて、リナはそろりと足音を忍ばせて扉に近づく。
きっと彼はまっすぐこちらに来てくれる、そんな予感があったから。



コンコン。

遠慮がちに叩かれた扉に笑んで「誰?」と声を掛ける。
感じる気配はガウリイのものだが、万が一という事もある。

「入れてくれるか?」
遅くにすまんな。と、詫びる声が聞こえた途端、ほうっと胸の奥が熱くなった。

「お疲れ様」

小さな軋みをあげる扉の向こうに、待ちわびた愛しい人の姿が見えた。

手だけを出して招き入れれば、安堵した呼気を洩らして室内に踏み込む恋人の手を捕まえて、
そのまま自分の肩に導いて。

「リナ?」

誘う行為にまだ慣れないリナの精一杯の勇気でもって、逞しい胸板に身を寄せる。
まっすぐに顔を見られなくて鎖骨辺りをチラ見するのが精々だ。

「あの、ね。その、あたし」
ガウリイに喜んでもらえるかな、って。

ええい、ままよ!と、土壇場の度胸ではらりと毛布を手放して、あられもない姿を
彼の前に曝け出せば、自分を抱く男から噴出すような欲に中てられて目が眩み、
内側から痺れるような感覚に全身を貫かれて膝からカクリと崩れ落ちそう。


「おっと」

そんなリナを軽々掬い上げると、嬉しそうにキスをくれながらベッドへと向かうガウリイ。

その瞳の中に爛々とした輝きを見て、今夜は眠れないんだろうな。
なんて、これから行われるコトへの羞恥と期待に、リナは小さく喉を鳴らした。