「めったにない天文ショーなんだ」と、ことある毎に口にするもんだから、事前にちょっとした準備もしたし、どうしてもあたしと一緒に見たいんだと強請られて、とうとう昨夜はベッドを半分譲ってやった。 「メインは早朝ってほど早い時間でもないんだし、うちに泊まる必要ってある?」と突っ込んだら、「オレ一人だとその時間を忘れる可能性が高い」なんて真面目な顔で返されて、言い返せなかったあたしの負け。 携帯のアラームをセットして、充実した休日の締めくくりに相応しい笑顔でおやすみなさいと告げれば、なぜかお預けを喰らった子犬のように潤んだ瞳に見つめられもしたんだけど、あえてあたしはざっくりと「寝るわ」と宣言してから欠伸を一つ。 睡眠不足は美容の大敵、それに今日は歩き回って疲れてたんだもん。 脱力したままぽてんっと柔らかな布団の上に寝そべり、そのまま瞼を閉じて。 くらりと回りながら眠りの底に落ちていく意識に触れる隣に横たわるガウリイの気配と視線が、あたしに添うように、包み込むように、覆い被さるように近づいてくるのを無抵抗という形の許容を示して、幸せな気分のまま……いつのまにやら朝になっていた。 何の異変も感じられない身体をするりと動かし寝返りを打てば、目の前にはでっかい図体を丸めてくぅくぅと子供のようにあどけない寝顔を晒している奴がいて。 まったく、この男は。 隣にこんなにいい女がいて手出しの一つもできないなんてあんたはばかじゃないのとかいくじなしとかこんぢょうなしとかお前にピーはついてるのかとか、とにかくいいたい事はたくさんあるけど、あったけど!! ……それでも、こんなにも安心しきった寝顔をされちゃあ許すよりほかないじゃないの。 静かにベッドを降りつつ携帯を手に取り現在時刻を確認すれば、アラームのなる一分前というきわどさで、慌ててカチカチとボタンを操作して目覚めの爆音がなる前に停止させて、そのままキッチンに向かった。 「はよ、朝早いのな〜お前さんは」 もそもそとでっかい図体を揺らしてガウリイが近づいてきたのは、簡単な朝食の準備がちょうど終わった頃合いで、お目当ての天体ショーの開始まではあと5分のタイミング。 「さほど早くないでしょーが。まだ7時前だし」 平日の起床時刻としては遅めじゃないの?と言いかけて、男性は仕度が少なくて済むんだわーと思い至る。 「で、外の様子はどうなんだ?」 しきりに窓の外を気にしていうガウリイに、自分で見てきたら?と促してあたしは自分の為に濃いコーヒーを淹れた。苦味強めの酸味は弱め、もちろん砂糖もミルクもなしがいい。 こんな朝には、特に。 「なぁ……おもいっきり曇ってるぞ」 べったりと窓ガラスに顔をくっつけていた彼が情けない顔で零すのを眺めて、もう一口熱くて苦い液体を含んで。 殊更ゆっくりと飲み込んでから「あたしに言ったってしょうがないでしょーが」と返す。 今朝のお天気が芳しくないのはあたしのせいじゃない。 「そりゃそうだけど、でもどうせなら綺麗に輪っかになるのをみたいじゃねーか、次に見られるのは何百年も先なんだろ?」 「あくまで、この地域で見られるのが、ってだけよ? 観測のチャンスは地元に拘らなければさほどレアじゃないわ。何年かごとに世界のどこかで金環蝕観覧ツアーが組まれてるもの」 TVの中で、そして空でも。 ゆっくりと太陽を月が覆い隠していく。 今はまるで太陽が月になったような、綺麗な三日月型だ。 TVの中では天気予報の時間を拡大して観測の注意を繰り返し流していて。 「ダメ元で観るんなら、はい」 そわそわと窓から曇り空を見つめている大きな子供にテーブルの上に出しておいた観測用眼鏡を差し出して、再びTVに視線を戻す。 こっちの方が確実に、綺麗な蝕が見られるわよ?とは言わなかった。 外が一段と暗くなっていく。 雲があろうとなかろうと蝕が進むにつれ月に太陽の光が遮られていくのは確かで、TVからも窓際からも嬉しそうな歓声があがる。 中継画面はどこかの天文台が観測している映像がこれだと、漆黒と黄金色の画像を流している。 綺麗な光を喰らっていく黒い影。 重なって、黄金の輪を一瞬生んで、ゆっくりと日常へと戻っていく。 過去、人々はこの現象を神様からの警告とか不吉の象徴と考えたようだけど、現代人には物珍しい見世物でしかなくなった。 神秘も魔法もとうの昔に失われて、今では物語の中だけの存在と成り果てたから。 あの時代、あの場所でのあの戦いを記憶を所持しているのはあたしだけ。 姿形も、持って生まれた気質さえあの時代の彼そのものでも、記憶はこの時代のものでしかない、あたしにとってはもう一人のガウリイ=ガブリエフ。 平和な時代をのんびりと生きる彼に出会って、どれほど心が癒されたことか。 「なぁ! リナもこっちに来いよ!!」 窓際で手招きしている彼の手に剣はなく、その身体に刻まれた傷もない。 「あたしはいーわよ、こっちで観てるから」 ちょいっと画面を指差して微笑むと、そっかと残念そうな顔をされてしまった。 うん、ごめん。 でもあたし、日蝕にあんまりいい思い出がないの。 心の中で謝って、意識せずに詰めてしまっていた息を吐く。 あんたとの別れ際に見たのが、ちょうどこんなお天気だったもの。だなどと言えるわけがないし、そもそも前世がどうしたのとか、どこのファンタジー設定なのかと自分で自分に突っ込みたくもなるけれど。 こうして、あんたという存在に出会ってしまった。そしてまたもや惹かれてしまった。生まれる前から知っていたのと同じ外見、同じ心の持ち主に。 行動も言動も、怒りのツボも食べ物の好みも何もかもが記憶の中の彼と重なる存在に出会ってしまっては、もう、前世の記憶は自分だけの幻想ではないと信じたくもなるってものだ。 「平和な時代でよかったわね、ガウリイ」 こっそりと目を細めて彼を見つめる。 窓に張り付いて外を見ている後姿、あれが血に染まる姿など二度と見たくない。 薄れる事のない記憶と残り香のような魔法の欠片がこの身に宿り続ける限り、あたしは日蝕を楽しむ事はないだろう。 がやがやと騒がしいTV画面を見ている真似事をするうちに、「おーい、そろそろ出かける時間じゃねーのか?」と、ふいに頭上から声をかけられて、物思いから意識が戻る。 TVの表示は8:06 いつもだったらそろそろ出かけている時間だ。 「…ん、ああ。いいのよ、今日は」 曖昧に言葉を濁して、「あんたこそ時間、大丈夫なの?」と聞いたら今日は有給をとったそうで。 「なんだ、あんたも?」 「リナもか?」 ほぼ同時に顔を見合わせて、それから二人してゲラゲラ笑った。 最初から知っていれば昨日、慌しく帰ってこなくてもよかったんじゃない! 「なぁ、ちょっと来てくれないか」 慌てなくて良いとわかった和やかな雰囲気の中で、ちょいっとガウリイがあたしの手を引いた。 そのままぺたぺたと窓際まで連れて行かれて、ガラス越しの世界を眺めてみると、外はすっかりいつもの朝を取り戻していた。 そうだ、午後から晴れるって言ってたから、あとで洗濯機を回さなきゃ。 「リナ」 呼ばれると同時に、とん、と、突く様な。 肩と腰に軽い衝撃がきて、そのままくるりんと身体が回って、ガウリイと向かい合わせの格好になる。 更にぎゅむっと圧迫感。 主に上半身なのはその原因がガウリイの腕によるものだ。 「……なんで、いきなり抱きしめてんの?」 「したかったんだ」 なぜ?が頭をぐるぐる回る。 どうして彼は、ガウリイは、今まで聞いた事のないような真摯な声をあたしに向けている? 「あの、な」 笑わないで聞いて欲しいと前置きをされて頷いて、彼の声に耳を傾ければ、その口から語られたのはまさかの『剣士ガウリイ=ガブリエフ』としての記憶。 お前さんが憶えているのか自信はなかったんだけどな、でも、その様子だとやっぱりってとこか。 こちらの心情を慮っての辛そうな声に、思わず彼の上着を強く握る。 そうだ、あの日もこんな空だった。 ガウリイと、あたし。 太陽が隠れて、再び生まれるまでの僅かな時間。 二人を繋ぐ、銀色の刃。 力尽き、揃って乾いた大地に倒れ臥しても、彼は、ガウリイはあたしを離さなかったしあたしも彼を離したくなかったから。 うまく動いてくれない血塗れの腕で、縋りつくみたいに抱きしめあった――― 「最後の約束、憶えてるか?」 「ええ」 「ずっとオレの傍にいてくれ」 「あたしより先に逝かないで」 今際の際に交わしたのは、儚い戯言のようなものだった。 なのに今、同じ時代の同じ場所に。 何の奇跡か知らないけれど、とにかくあたし達はちゃんと揃ってここにいる。 「今度こそ共白髪を目指そうぜ」 「んで、最後はせーので一緒に逝くの?」 「そうさ、思いっきり人生を楽しんでから」 「ガウリイにしてはいいアイディアだわ」 くすくす笑って口付けを交わすと、徐々に深いものへと変わっていく。 気持ちよさに力が抜けてぐったりとしてしまったあたしを軽々と抱き上げて、ガウリイは寝室へと向かうようだ。 ふわりと揺れる金色の隙間から、輝かしい朝の風景がチラリと見える。 あの時代にはなかったビルや車や道路、そこには魔族もいなければ盗賊もいない。 蝕を経て新たに生まれ変わったらしい太陽はいつもと同じように中天を目指し、あたし達は新しい関係を築く為に、外に繋がる扉を閉じた。 |
「もうじき金環蝕があるんだぞ〜」と、ちょっと前にいそいそ観測用眼鏡を買い込んでいた男は、何を思ったのか「リナも一緒に見ようぜ!」といきなりうちに転がり込んできた。 そりゃあまぁ、あたしの部屋には東向きの大きなベランダがあるし、おまけにマンションの最上階だし? 広い書庫と見晴らしのいい窓辺からの眺めが良くて、夏場は早朝から暑さと眩しさのWコンボで目覚まし時計いらず。 ま、そんなあれこれも含めてここが気に入ってるんだけど、そこら辺の事情は今は置いておくとして。 どうせなら条件の良い場所で天体観測ショーを見たいのは判る。 一人で見るより誰かと一緒の方が楽しいだろうってのも。 だけど、だからといってあくまで友人の域を超えていない成人男性を一人暮らしの女性の家に気安く泊められるかと問われれば……ちょっと待ってと答えたいところだった、のに。 「これから邪魔するぞ〜」 暢気で気安い予告を勝手に留守電にねじ込んどいて、こちらの返答も待たずにやってきちゃったガウリイ君。 こっちの気も知らないで。 ドアホン越しに見えた笑顔に邪気はなく、まるで悪気とか下心が見えないのが……うん、そういう奴よね、あんたって。どうせ子供みたいな好奇心でもって日蝕を楽しみにしてるんでしょうよ。 これがガウリイ以外の誰かなら、同じように尋ねてこられたところで玄関を開けなければ済む話だった。もしくは朝になってから来いとお帰り願うか、逆に友人たちを召集して朝までコースのどんちゃん騒ぎにしてしまえばいい。 だけど。 「悪いな、突然押しかけちまって。美味いもん買ってきたから一緒に食おうぜ」 彼はあたしの弱点をよーく、よくよく知っていた。 同性にも異性にも好かれる、人の良さそうな容姿をこちらに向けて、どっかのCMキャラのワンコみたいに嬉しそうな空気を纏われては、どうにもダメとは言いがたく。 しかも両腕に抱えた大量の差し入れという名の貢物はどれもこれもあたしの好物ばっかりで。 結局、躊躇しながらも結局ドアを開けてしまったあたしの横をすり抜けて、ガウリイは人ん家のリビングに侵入を果たしたのだった。 「ねぇ、わざわざうちに来なくったってあんたんちでも見れたんじゃないの?」 「そりゃそうなんだけどさ、明日の天気が微妙だって聞いたからさ」 あいにくと我が家にダイニングテーブルなんて洒落たものはないので、大量のお土産はテーブルクロス代わりの新聞を敷いたフローリングの上に直接広げていく。 エビチリ、酢豚、八宝菜に大量の鶏の唐揚げ。中華前菜の盛り合わせなんてパックもあって、それから美味しそうなシーフードサラダと色とりどりの野菜を使ったフレッシュサラダ。 「どうしたのよ、これ」 どれもこれも食欲をそそる香りと彩りで、パッケージを手に取れば某デパチカのラベルが貼ってある。 「そりゃあ無理を聞いてもらうんだから奮発しないとな」 それに閉店間際で半額だったしと、言わなくていいことまで言っちゃうところが彼の彼らしいところである。 たわいもない話をしながら美味しく食事を平らげて、食後のお茶を入れる段となった頃。 ふと、気になった事を聞いてみる。 「明日の天気と日蝕をあたしんちで見たいってのと、この二つにどういう関連があるってのよ」 「あ、ああ。そりゃあ、その、なんだ」 なぜかガウリイはもぞもぞと口篭ると、傍にあったサラダの山からプチトマトを摘んで口に放り込んだ。 美味しそうにもぐもぐごくんと飲み込んでからにこりと笑って「もし明日が曇りで日蝕が見れなかったとしても、だ。リナとならいいかな、ってな」と言って頬を掻く。 その横顔がちょっと照れているように見えたのは気のせいか、あたしの勝手な希望が混ざったからなのかは判らなかった。 「あ、明日の天気を確認しなきゃ」 急に部屋の温度が上がった気がして、TVをつけるついでに窓を開ける。 するとひやりとした夜風が舞い込んで、あたしの火照った頬を冷やしてくれた。 「先に寝ちゃってていいわよ」 後片付けを済ませて、ガウリイにはソファを薦めた。 「リナはまだ寝ないのか?」 きょとんとした顔を向けられて、だはぁっと大仰に溜息をついてみせたあたしが「明日が締め切りなの」と説明すれば、納得顔で頑張れよと言ってくれる。 そうそう、あたしは忙しーの。 あんたは明日に備えてゆっくり寝てちょうだい。 リビングの電気を落として自室に戻って資料を開き、あれやこれやと仕事に忙殺されて夜が更けて。 いつのまにやら眠りこんでしまったようだ。 妙な大勢で寝ていた代償はおでこに刻まれたでこぼこの跡。 本を枕代わりにするのは止めようと思いながら、散らばった紙類や文具を片付け、ついでに何か飲み物をとキッチンに向かう。 ガウリイはもう寝てるかな。 時計の針は丑三つ時を示している。 足音を忍ばせて辿り着いた冷蔵庫の扉を開けて、きんきんに冷えた麦茶のボトルを取り出して直接口をつけて喉に流し込んで一息入れていると、後ろから伸びてきた腕があたしの手からボトルを奪った。 驚きで、ひゅっと呼吸が止まる。 「オレにも」くれよ、と、近い距離で聞こえた声は少しかすれていて。 「ば、ばか! 起きてたんなら声くらいかけなさいよ!」 振り返りざまにスリッパ一閃、高い位置にある頭のてっぺんに振り下ろし。 見事、不埒者に一撃を加えることに成功した。 「もう一回聞くわね。なんで、いきなりあんなことしたのよ」 あーもう、顔が熱い。 顔どころか、頭も耳も首筋も、ぶっちゃけ全身があっついったらない。 それもこれもぜんぶガウリイが悪い。 「うー、まだ頭がガンガンする」 対するガウリイはというと、まだダメージが抜け切らないのか頭を抱えて唸ってる。 「二日酔いには迎え酒。っていうから、あんたの頭痛にはリナちゃん渾身の迎えスリッパ乱れ打ちが効くかもしれないわねぇ」 押しかけ泊まり客の分際で、家主を驚かせるとかどういう神経しているんだか。 悪ふざけにしてもやりすぎだってーの。 「オレが悪かった。すまん」 しょぼんと首を垂れて縮こまったガウリイのつむじの辺りにもう一発、こんどは平手をぺしっと落として言ってやった。 「本気で悪いと思ってんなら、なんで今夜、うちに来たのか吐きなさいよ」と突いてみたら、「怒らないか?」と、あたしの顔色を伺うように覗き込んでくる。 「正直に話してくれたら考えなくもないわ」 まっすぐな視線に突き刺されても怒りの姿勢は崩さない、崩せない。 真正面からガウリイを見ないようにしなきゃ、本当の事もわからないままなし崩しにされちゃう。 「なぁ、立ってもいいか?」 のそりと立ち上がったガウリイは当然あたしよりもかなり背が高くて、こんな夜中に二人っきりで向かい合ったりなんかしたら。 「ちょ、ちょっと待って。待ちなさい!」 ああもう、上から見下ろされるプレッシャーで心臓がドキドキしちゃうじゃない。 「なぁ、なんかおかしくないか?」 「お、おおおおおかしいって!?」 ずいっと距離を詰められて、慌てて後ろに下がろうとして踵が壁にぶち当たる。 しまった、逃げ場がない! 「なんでリナはオレを見てくれないんだ?」 いつのまにやら形勢逆転されちゃってる!? 「オレに理由を聞きたいんだろ? なら、ちゃんとこっちを向いて欲しいんだ」 ああ、なんでこんな時に限ってそんなに良い声出しちゃってんのあんたってば。 そっと伸びてきた手があたしの頬に宛がわれて、思わずぎゅっと目を閉じる。 撫ぜるように触れる手が温かくて、ガウリイの行動に意味や理由を見出したいあたしの頭は予測と希望と混乱でごちゃまぜの闇鍋みたいに収拾がつきやしない。 ゆっくりと空気が動くのがわかった。 温かな空気があたしを囲い込むように動いて、実感を伴ってあたしを包む。 「知ってるかもしれないけど」 耳に熱い吐息がかかる。 「オレは、リナといるのがすっげー楽しい」 二人っきりなのに秘密を打ち明けるみたいに囁くのは止めてよ。 なんか勝手に泣けてきちゃうじゃない! 「こないだどっかで金環蝕に願いを託せば叶うって聞いたからずっと、どうしてもリナと一緒に見たかったんだ」 何それ、なにそれ、なによそれぇ! 「なぁ、まだ朝にもなっちゃいないのはわかってんだけど。どうせなら今、ここで。太陽にじゃなくお前さんに言うよ」 肩を抱くようにかかる圧迫感がより一層酷くなって、同時に添えられた手に顔を上げるよう促される。 ずっと力み続けて疲れたあたしはまるで抗う事も出来やしなくて。 額の上に温かななにかが触れて、ややあってから離れるまでの時間を、あたしは押し黙ったまま受け入れていた。 「もしもオレの願いを叶えてくれるんなら、頼む。うんって言ってくれ」 ガウリイの震えるような囁きを、あたしは彼の懐の中で聞いた。 いつもの余裕もなければ人を和ませる気配もなくて、あるのはまっすぐにあたしに向けられた願いごとで。 「あんたにしちゃあ珍しい小細工だと思ってた。いつもはこっちの都合を気にかけてくるのに、昨日は妙に強引で。あたしは、ガウリイのやることだから期待しちゃいけないって、勝手な願望を抱いて対応を間違えたらいけないってそればっかり」 ストレートな返事をするのは得意じゃないから、ぼかしちゃうのは勘弁してよ。 「それって、オレとこういうことをするかもしれない、そういうことか?」 そのくせあんたと過ごす時間があんまりにも楽しくて、嬉しくってね。 意識しすぎて一人勝手に空回りしちゃいそうで恐かった。 「リナ」 上擦った声があたしを呼んで、添えられたガウリイの腕と手があたしの背中を押した。 この地では何百年かに一度しか観測の機会がないという金環蝕は見逃したけど、そんなのあとから画像でも写真でも録画ででもいい。好きなタイミング、好きな媒体で見ればいい。 どうしても本物が見たければ数年先に飛行機に乗って見られる場所に行けばいい。 大多数の人々にとっての貴重な体験も、あたし達には些細なことだ。 二人の心が重なり合う瞬間に比べれば、ね。 |