プレゼントは何を?






  「ガウリイ、じゃ、後でね」
  あたしはそう言って、ガウリイの部屋を後にした。

  これから夕方まで、お互いに別行動を取ると決めたのは昨日の夜。

  だって、今日は。

  今日は・・・・・・。





  「どれが良いかしら・・・」
  街の商店をあちこち覗きながら、あたしはひたすら悩んでいた。

  新しい服? 美味しそうな食べ物? それとも、それとも・・・。
  どれもこれもがあたしを目移りさせるけど。
  その総てがあたしを満足させてくれる物でもなかった。

  ここで手に入る一番最高な物を買う。

  それだけは決めていたんだ。
  だって、今日は特別な日だから。

  だって、あたし。

  あたしこと、リナ=インバースは、自称保護者のガウリイ=ガブリ
  エフに、いわゆる世間一般で言う所の『告白』をするつもりなんだから。





  他の人にとっては何でもない、今日というこの日。
  でも、あたし達にとっては始まりとも言える大切な日なのだ。

  最も、あの脳みそヨーグルトなガウリイは覚えていやしないだろうけどさ。

  今日は、あのアトラス近くの森の中で最初に出会った日。
  正しく今日という日は、あたしとガウリイの旅の始まった日、なのだ。



  あれからもう3年。



  よくも無事に生きて来れたなぁ、と言いたくなるだけの大事件の数々に遭遇し。

  沢山の仲間と出会って、別れて、戦って。

  常人ならとっくにあたしの元から逃げ出していてもおかしくない状況の中で
  ガウリイだけは、いつもあたしと共にいてくれたんだ。

  只の旅の連れに、普通は命を賭けてまで保護者を続けようなんて
普通は思わないわよね。

  でも、あいつはそれをやってのけた。

  それが当たり前とでも言うかのように、空気のように、大地のように。

  いつもあたしの横にいて、いつもあたしを支えてくれた。
  そして、いつしかあたしの中に生まれた感情。

  それは。

  あいつを、大切な人だと。

  父ちゃん以外に初めて、まともだと思える男の人だと、思ったのだ。

  ・・・絶対に失いたくない人。
  世界と天秤に掛けても、こいつを選択してしまうほどに。






  そして、あたしは決心したのだ。

  今までは「お二人はどういう関係ですか?」と、聞かれた時にはただただ
  「相棒です」としか言えなかった。

  でも、もうそんなのは真っ平ごめん。

  今のままだと、いつ何時あいつから「解消しよう」と言われても、あたしは
  何も言えやしない。

  だから、横にいられる今のうちにはっきりとした関係を築いておきたい。
  そう思って、あたしは告白という古典的手段を取る事にしたのである。

  本当の所、たとえ恋人関係になったって別れる時には別れるだろうし、
  それは結婚してても同じ事。

  どれほど言葉や書類上で固く関係を結んだとしても、壊れる時にはそれは
  いともあっさりと壊れてしまう。

  そんな事、判ってる。

  判ってるんだけど。

  それでも、何がしかの形というか、こう、うまく言葉に出来ない何かが
  欲しかったのだ。

  口約束?

  肉体関係?

  書類上や神仏の前での誓い?

  その、どれでもなく、そのどれでもいいのかもしれないけれど。

  例えこの先、二人の道が別れる事があったとしても
  確かにあの時二人は強い絆で繋がっていたんだって。

  他の何者にでもなく、只一人、あいつとあたしが支えあって生きていたんだと
  何の疑いようもなく思えるように、今、あたしは何かが欲しい。

  だからこそ、今日と言う区切りの日にあたしはあいつに告白をして、そう思える
  何かを手に入れようと。

  そう、思ったのだ。

  で、手ぶらで告白って言うの何だから、記念になるように思い出になるようにと
  何か良い物をと、さっきから延々と探しているのだけれど。

  「・・・う〜ん、中々これってものがないわね・・・」
  どうにも「これ!!」って思うようなものが見つからない。
  せっかく急いでこの辺りで一番大きなこの街に、昨日たどり着いたって言うのにさ。

  ハフッ、と、溜息をひとつ、と。

  「そこのお嬢さん、お疲れならお茶でもいかが?」
  あたしが脱力した瞬間を突いた、絶妙のタイミングで脇から声が掛かった。

  声のした方を見れば、そこはオープンカフェで、声を掛けてきたのは
  売り子のにーちゃん。

  かなり歩き回った所為で、確かに疲れてるっちゃ疲れてるし・・・ま、いっか。

  「サービスしてくれるんでしょうね?」
  ニコッと笑って言ってみたら「まいったなぁ」とはにかみながら「じゃあ、
  これサービスするよ」と。
  注文したアイスティーとは別に、小さな袋に詰められて細いリボンでラッピング
  されたクッキーを付けてくれた。

  「ありがと♪ 」

  それらが乗っかったトレーを受け取り、脇の椅子に腰掛けて
早速アイスティーを一口。

  「おいしいっ!!」

  「そう言ってもらえると嬉しいよ。 ま、ゆっくりと休憩して行ってくれよな」
  いかにも人好きのする容貌の兄ちゃんが穏やかに笑いながら、
  「君みたいな可愛い子が美味しそうに飲んでくれたら何よりの宣伝になるよ」って。

  あら、結構商売上手?

  臨時の可愛い看板娘さんに、これはおまけ、と。
  愛想の良いにーちゃんは、つい喉が乾いていた所為もあって一気にコクコク
  飲み干してしまったティーのお代わりを注いでくれた。

  ラッキ♪と思いつつ、今度はもっとゆっくりと味わいながら冷たい液体
  を一口啜り、それから横のクッキーのラッピングを解いて、中身を摘んで
  口の中に放り込むと。

  サクッ、という歯触りと一緒に、甘さと小麦の旨みが口いっぱいに広がった。

  「これも、おいしい♪」
  何処か懐かしいような風味のお菓子をゆっくりと味わいながら、あたしは
  しばらく優雅なティータイムを過ごした。

  過ごしながらも、頭の中はガウリイに贈るものの事を考えていたのだけれど。






  「何が良いかしら・・・」
  すっかりお茶もなくなり、クッキーも全部食べてしまって。

  それでも良いアイディアは浮かんでこなかった。

  「ガウリイが喜んでくれて、あのクラゲ頭でも忘れる事の無いようなもの・・・」
  クルクルと、ラッピング用のリボンを指先で持て遊びながら。

  「告白するのに、ふさわしいプレゼント・・・」
  うみゅみゅ、と頭をひねって一生懸命考えてみるけど、何も頭に思い浮かばないよぅ。

  「あいつが欲しがるようなもの・・・?」

  「それはな」
  頭上から降ってきた声と共に、背後から見慣れた両腕が『ぬうっ』と伸びてきて。

  「オレが欲しいものは、ここらじゃ売っちゃいないんだ」
  そう言いながらあたしの手からリボンを取って。

  「だから、これ、くれよ」と。
  言ったその手があたしの左手を取って、リボンをくるりと結わえ付けた。



   その指は、薬指。



  「オレが欲しいものは、どこにも売ってなんかいない。
  オレが心の底から欲しいのは・・・リナ、だけだ」と。

  突然の登場にビックリして硬直しちゃったあたしを、ガウリイはぎゅううっと
  後ろから抱き締めながら。

  「オレが絶対忘れなくて、今日という日の記念になって、この先絶対に
手放したくないもの。
  それはな、天才魔道士にしてオレの大事な相棒で、ずっと前から失い
  たくないと思ってた愛しい女性。
  今、オレの腕の中にいる・・・リナ=インバース、だけだ」

  あたしを抱き締めたまま、ガウリイは肩越しに顔を寄せてきて。

  「なぁ、お前さんを、オレにくれないか」と。
  あたしの耳元で囁いたのだった。






  それから。

  予想外の事態に、更に硬直したままのあたしを、ガウリイは軽々と抱き上げて。

  そのままカフェを出て、真っ直ぐに、そしてあっという間に宿の自分の部屋に
  運んでくれちゃって。

  ぼふっ、と。

  ベッドに座らせたあたしの手に持たせたのは、同じく薬指にリボン代わりに
  自分の髪の毛を結わえ付けたガウリイの左手。

  「せっかくオレ達の出会った記念日にリナがプレゼントをくれたんだ。俺からの
  お返しも受け取ってくれよ」と。
  そう言って右手も使って、ギュッとあたしの手を握り締めた。

  「・・・覚えてたの?」
  今日があたし達の出会った日だって。

  「覚えてるさ、こんな大事な日を忘れるわけないだろう?」
  一生涯、オレの傍にいて欲しい人と出会えた日、なんだからと。

  にっこりと笑って「で、リナは?」と言った。

  って、なぁに?

  「リナは、オレからのプレゼントを受け取ってくれるのか?」って。
  すっごい真剣な瞳で聞いてくるもんだから。

  「後でやっぱりやらん、とか言わないでね」と言ってみた。

  「それはこっちのセリフだよ。 リナ、お前さんを、俺にくれるか?」

  ゆっくりと近づいてくる、ガウリイの瞳。

  「・・・はい」

  真剣に、誠実に答えたあたしの口はその先を紡げなかった。

  あたしの唇を、ガウリイの唇が封じてしまったから。




  それ以来、この日はあたし達が出会った日であると共に、あたし達が関係を
  変えた日であり、その後には結婚記念日にもなった。

  それ以来、あたしが隠し持つようになった木製の小箱の中には、その時
  つけていたリボンと、リボン代わりの髪の毛が収められていたりする。

  お互いに、あの日一番の贈り物を交わした証拠品として。