かみさま あたしは ゆるされぬつみを おかしてしまいました。

 ……なーんて、幼少のみぎりで純粋無垢なお嬢ちゃんだった頃に懺悔をしたことがあったっけ。
 あれはそう、覚えたての火炎球で近所の里山を焼いてしまった時だ。
 あの場所は春には山菜、夏には季節の草花や蜂蜜、秋にはアケビや栗に野生種の葡萄なんかも取れる地元に人間にとっては山の幸の宝庫ともいえる場所で、いかに悪気がなかろうが小さな子供のしたことだろうがとにかく損害が大きすぎた。
 これから先々同じやんちゃをしない保証はないし、今年の実りを期待していた人々から抗議の声に圧されて、あたしは家族の中でもっともあたしに厳しい態度を取れる姉が付き添う形で、王都ゼフィールの火竜王の神殿に向かわされた。
 そこで一ヶ月の間、行儀見習いを兼ねた謹慎処分を命じられたのである。


元々姉は王都に知り合いが多くおり、おまけに王城の中に自由に立ち入ることを許されているからと、初日だけ神殿内に与えられた個室に泊まって。
あとは王城の中の自室(そう、ねーちゃんは自宅以外にも自由に使える場所をいくつか持っているのだ)で用を済ませつつ、日に一度神殿を訪れてあたしの監視もするのだと言った。
悪さをしたら即、駆けつけるから覚悟しなさい、そう言い残して。

 よく考えてみると当時のあたしは魔道士協会に通い始めた頃の年齢で、ねーちゃんはあたしの二つ上。
 いかに姉が近所でも評判のしっかり者とはいえ、両手の指に満たない年齢の子供が顔パスで女王のおわす城に立ち入ることを許されたのかという、手加減一発岩をも砕くこのゼフィーリアに置いても規格外の待遇に疑問を抱く事がなかったのは、あたしが不思議に思う暇もなくその都度上手にはぐらかされていたというのが正しい。

 あと、なぜ?どうして?と無邪気に突っ込んだところで「疑問は即、誰かに教えてもらうものじゃあないわよね、リナ?」と、恐ろしくも薄笑いを浮かべた姉に睨まれた瞬間に、湧いた疑問は即時撤回の憂き目にあったわけで。うん、あの頃の素直なあたし、ぐっじょぶ。
 長じて姉が背負う称号を知らされるまで、漠然と姉はそういう人なんだという認識を植え付けられていたっけ。

 おっと、流れがずれちゃった。

 実際のところあたしのやらかした罪ってのは、後日ご近所中を回って罰掃除に明け暮れ、燃やした里山の片づけをすることで許してもらって。
 ついでに神殿に篭っている間に調合してみた植物専用成長促進剤を撒いて翌年の実りをちょっぴり増やす事に成功したりして。
 今となってはまるで笑い話。






 さて。
 実は今、あたしはちょっとした悪事を働こうとしている。
 時刻は昼を過ぎておやつ時までもう少しというところ。
 外はあいにくの雨模様で今日予定していた出立を一日伸ばして自分の部屋で暇を持て余していたんだけど。
 隣室から聞こえた溜息と、それに付随する呟きを耳にしてその気になった。

 何があっても隣に立ち続けてくれた、馬鹿がつくほどのお人よし。
 人の事はあれこれ穿り返すくせに、自分の過去は消し去り誤魔化しなんにも教えてくれないずるい男。

 のらりくらりと隠し通したあなたの手管にかんぱいを。
 これからあたしは反撃の狼煙を上げて、あなたを追い詰め攻め込むわ。

 総てを暴いて受け入れるんとするあたしにひれ伏せ、愛しい男。

 罪のあるなしを決めるのは、誰?





はんぐりー?


 欲しい物は我慢しないのがあたしの信条だったのに、どうしてもアレにだけは手を伸ばすのを躊躇ってしまう。
 欲しいんだけど、欲したとして手に入るとは限らないし。
 下手を打てば壊れて二度と手に入らないかも知れないと思うと、うかつなマネなんてできやしない。
 でも、欲しい。
 喉から手が出るほど、ずっとずっと欲しかったし今だって。
 「んぁ?どうした〜?」
 暢気に炙り肉を齧って、獲物が笑う。
 「ん、ちょっとね〜」
 同じく炙り肉を口に運びつつ、あたしはへらりと笑ってみせる。
 その白い首筋に口付けられたら、あたしの心臓は破裂しちゃうかもね、なんて。
 逞しい腕に抱きしめられたら幸せすぎて窒息しちゃうんじゃないかって、想像するだけで苦しくなるのよ。
 そんなこと、あんたは全然知らないでしょ?
 「あのな、そんなもの欲しそうな目をしたってだめだぞ」
 嗜めるように肉を振って見せて、おいしそうにかぶりついてるあたしの獲物。
 まさか狙われているのが自分自身だとは思いも寄らないようで。
 「んー、しょうがないか」
 手の中の肉を齧ってもぐもぐこくんと飲み込んで。
 今日もあんたが欲しいと叫びたくなる気持ちも一緒に飲み込んだ。