前提。
 『彼』は鳴き声で相手に気持ちを伝えます。
 怒っている時は歯噛みをし、嬉しい時には高く明るい声を出し、時に可愛く、時にけたたましくと鳴き声を変化させて豊かな感情表現をしてみせる生き物です。
 最初こそ警戒心を解きませんが、一旦慣れれば飼い主にべったり甘える事も。
 特に男の子の単独飼いは飼い主との蜜月関係を築きやすいという話です。



 さて、ここに一頭の『彼』が。
 均整の取れた体格と旺盛な食欲は健康そのもの。
 ツヤツヤの毛並みは黄金色、長く垂れた前髪が片目をふんわり覆っています。
 『彼』は自らの欲求に非常に正直で、性質の悪いことに己の愛らしさを自覚しておりません。
 ただただ天然のまま(?)成長した『彼』は、本能の赴くままに行動で、鳴き声で、たった一人の飼い主さんとコミュニケーションをとりながら暮らしています。
 それが、どんなに飼い主さんを悩ませているかも知らないで・・・。


 がちゃ。
 玄関ドアの開く音が聞こえた瞬間から、『彼』は行動を開始します。
 とたたたたっ!!
 急いで飼い主さんをお出迎えに走ります。
 ふわふわと後ろに流れる金色の毛は今日もピカピカ・・・のはずなのですが。
 「ただいま〜」
 「きゅいっ!!(お帰りっ!!)」
 挨拶を交わして、さぁ、美味しいご飯にありつけるかな?と期待していたのですが・・・。
 重たげな買い物袋を床に降ろすと、飼い主さんはまっすぐお風呂場へと向かいます。
 「ったく、いつまで残暑が続くんだか。 あ〜っ、べたべて汗が気持ち悪いっ!!」
 程なく、ガラス扉の向こうから水音が聞こえ始めます。
 ふわりと扉を曇らせる湯気が、石鹸と飼い主さんの香りを運んできます。
 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・。
 『彼』は少しだけ鼻をヒクヒクさせると、そのまま扉に近づいて爪先で、ガラスをカリカリと引っかき始めました。
 少しすると、ピタリと水音が止みました。
 「な〜に? あんたはあとで! あっちで先におやつでも食べてなさいよ」
 飼い主さんはそういうと、またシャワーを使い始めたようです。
 しかし『彼』は諦めません。
 昨日洗ってもらったばかりの毛先はもう、こぼしたジュースでべたついていますし、なにより『彼』はいつでも飼い主さんと一緒にいたいんですから。
 諦めずに、『彼』はまた爪の先でカリカリとガラスを引っかいてアピールします。
 『ここに入れて、一緒にいたいよ』と。
 ガラスの向こうで、飼い主さんの動きが止まりました。
 「あのねぇ・・・昨日一緒に入ってあげたでしょ? 一日くらい我慢しなさい!」
 やや強い口調のようでしたが、『彼』にはそんなもの通用しません。
 ちゃーんと、飼い主さんの弱いツボを心得ているんです。
 そして、待ちきれなくなった『彼』は更なる行動を開始します。
 おでこをぴったりとガラスにひっつけながら、必殺の。
 「きゅい、きゅいっ!!」
 おねだり鳴き攻撃です。
 「・・・・・・今日は我慢して、ってば」
 もう一回。
 「きゅっ、きゅいっ!!」
 「ちょっと、もうっ・・・」
 もう一押し!
 「きゅ〜いっ! きゅいっ!! きゅいっ!!」
 『彼』は一際高らかに鳴き声を張り上げます。

 そろそろと、天岩戸ならぬガラス扉が少しだけ開きました。
 「ね・・・ガウリイ、明日じゃダメな」
 飼い主さんが外を覗いたのと、彼が扉の隙間に手をかけたのはほぼ同時でした。
 ガラガラ、パタン。
 「きゃあっ!!」
 「きゅいっ!!」
 大きな大きな身体の彼は、まっすぐに飼い主さんに飛びついたと思ったらさっそく甘え始めてしまいます。
 「ちょっ、待って! やっ、止めなさい、ガウリイっ!!」
 がしっ、かぽーん。
 「・・・いてーぞ」
 「ばかっ!! 人の都合無視して乱入する奴が悪いのよっ!!」
 飼い主さんの手にはヒノキの風呂桶がしっかりと握られておりました。
 さっきの音は、それで彼の頭に一撃を喰らわせた音のようです。
 「・・・リナが冷たいのが悪いんだ。 オレ、ずっと待ってたのに」
 たいして痛そうな顔もせずに、飼い主さんの腰に両腕を巻きつけているのは。
 「だからっていきなり乱入してこなくったっていいじゃない!」
 「そりゃ無理ってもんだろ? モルモットに理性なんてもん、ないんだし」
 「じゃあ人間に戻ったら理性も戻ってきてる筈よね!? ほら、さっさと離れなさいって!!」
 「え〜、それじゃあ面白くないじゃないか」
 「やかまし、あたしはゆっくりお湯に浸かりたいの!」

 狭い浴室内で不毛な言い争いを続けているのは、一人と一頭ではなく、一組の男女。しかもさっきまでとは体格も立場も完全に逆転しています。
 「じゃあ、一緒に浸かれば何も問題ないじゃないか」
 モルモットの姿から人へと戻った『彼』は、往生際悪くもがく元『飼い主』、現『恋人』を軽々抱き上げるとそのまま広い湯船に腰を下ろしてしまいます。
 もちろん、彼女は『彼』の腿の上。
 「にゃああ!! はーなーせーっ!!」
 「今日「も」ゆっくりしような、リナ」
 「やかまし、さっさとモルモットに戻れ〜!!」
 「おまえなぁ・・・人の事を[実験台]にしといてそういうこと言うか、ん?」
 「・・・・・・ごめん」
 「まぁいいさ。ずっと人の姿に戻れないわけじゃないし、もうすぐ見つかりそうなんだろ、解呪方法」
 まだバツが悪いのか、腕の中で小さく頷くだけの彼女の小さな頭にそっと手を置いて、彼は優しく語りかけます。
 「人に戻ってる時は、オレがお前さんの・・・」
 彼の言葉でなのか、それとも湯にのぼせたからかは分かりませんが、
 うなじまで真っ赤に染まった彼女はそれでも、小さく小さく首を縦に動かしました。

 結局、二人は今日『も』長い時間を浴室で過ごしたそうです。






ブルさんと某所でお話していたおねだりモルガウから発展(後退)させてみました。
薬効不明の植物をリナに食べさせられたせいで、一定条件を満たさないと人の姿を保てなくなったガウリイ。
普段はモルモットの姿で、移動の際には干草を敷き詰めたバスケットに入れられて移動します。
もちろん運び手はリナさんで。道中しょっちゅう道草を食べさせる為に休憩を取ります。
一応現代版パラレルっぽいので、ガウモル時に戦闘能力がなくても何とかなってます。