魔術師五題 わたしに出来ないこともある。(アメリア視点)




 「復活」
 大地に伏したる怪我人に癒しの術をかけて回る。

 街から遠く離れた寒村に常駐の医者はおらず、魔法医の巡回ルートからもはずれているこの集落を、悪名高き盗賊『鮮血のグローブ』が襲ったのは数日前のこと。

 痩せた田畑を耕しながら四季折々の山の恵みを収穫することで、つつましい暮らしを営む村を襲った理由は、そこに集落があったから。

 たったそれだけの理由だったらしい。



 集落を占拠されたのだと、命からがら逃げてきた者の知らせを受けた国軍がようやく現場にたどり着いた時には、主だった大人は半数以上が殺されており、残りの者達も皆重傷を負っていた。

 無事だったのは国軍に助けを求めてきた老人と、襲撃を受けた際幸運にも物陰に隠れることができたのだという、少女と少年の三人だけ。
過酷な惨状を目の当たりにして放心状態に陥っている少女と老人を信頼できる女医に預けて、私は現場の陣頭指揮に乗り出した。

 埋葬の支度に、生き延びた人々の避難や家畜や家財の保護、ざっと思いつくだけでもやる事は山ほどあるが。
 真っ先にやらねばならないのは、目の前の少年の激発を抑えること。

 「あんな奴ら、オレが皆殺しにしてやる!!」

 そう吐き捨てながら、少年は固めた拳で大地を打ちつけた。
 ぎらりぎらりと鬼火のように燃える眼が、彼の精神状態の危うさを知らせている。

 「……気持ちはわかるわ」

 「てきとーなこというんじゃねぇ!! あんたみたいなお姫さんに何が分かるっていうんだよ!!」

 怒声を上げて掴みかかってきた少年を軽くかわして、彼の中で膨れ上がる憎悪を私へと向けさせる。たとえ彼が大人だったとしても、たった一人であの盗賊達を相手に一矢報いる事などできやしない。

 元傭兵や騎士崩れの連中が作った大所帯なのだと『彼女』が言っていたのだから。

 胸元に伸び迫る腕を掴み、背負い投げの要領で受け流し、地面にたたきつける。

 「その「お姫さん」にすら勝てないで盗賊討伐しようだなんて、無駄死にしに行くようなものよ」
 少年は背を強く打ちつけたのか、苦しげに地べたを転がり唸るばかり。

 「ああいう手合いはプロをぶつけるのが一番なの。そして彼女たちは既に討伐に向かっている」

 あえて淡々と告げた私と、それ以上何も言わず、悔しげに地団駄を踏む少年。

 彼だって、行ったところでどうなるかなどとっくに理解しているに違いない。

 けれど、それと理不尽な暴力を振るわれ非道に晒されたという事実や彼の中で煮えたぎる憤りを鎮めることとは繋がらない。

 だけど。

 ううん、だから。

 「・・・堪えてちょうだい。人にはそれぞれできることとできないことがある。
 私は傷ついた人々を癒すことは出来るかもしれない。
 けれど、死んだ人達やあなた達の傷ついた心を癒すことは、できないの」

 この一時だけでも、あなたの怒りを受け止めさせて。



 どんなに助けの手を伸ばそうとも、人や物を動かそうとも。人が再び立ち上がるには、その人自身が自分でなんとかするしかないのだ。
きっかけ、と呼ぶことすらおこがましいのかもしれないが、私達が動くことで僅かにでも誰かのなにかになれるならと、そんな気持ちをもってこの村に馳せ参じたのだけれど。

 「ごめんなさい、何も出来ないのは私も同じだわ」

転がったまま嗚咽しだした少年の隣に座って、傷だらけの手を取った。