秋も深まり朝晩の冷え込みが厳しくなってきた今日この頃。
 リナの故郷を訪れたオレ達は、しばらくゼフィーリアに留まることになった。
 住まいはリナの実家から歩いて5分、たしか魔道士協会まではもう少しかかるのか。

 近すぎず遠すぎずの適度な距離ってのは重要だ。
 さすがにご両親とお姉さんと同居ってのはできる事なら避けたかったんで、リナの方から家を借りると言ってくれたのは正直助かった。

 ところでここゼフィーリアは大陸の中でも北に位置する国であり、赤眼の魔王の眠るカタート山脈にも近い。

 ようは夏涼しく冬は寒さ厳しい土地柄だ。



 色々と無理をさせちまった翌朝は、朝食の支度を済ませて暖炉にたっぷり薪を放り込んでから寝室までリナを迎えに行く。

 一人寝は寒いのか布団の中で猫みたいに丸まっているリナの隣に座って、まずは布団越しの抱擁を。それから静かに布団を捲って、眠ったままの可愛い額にキスを落として目覚めを促すんだ。

 もう何度そうやって起こしたのか憶え切れない位だってのに、毎回うっとりと開いていく瞳に見惚れちまう。

 「おはよう、リナ」
 半分まで瞼が上がったところで鼻先にもキス、さらにほっぺたと唇にもキスだ。

 つるつる、ふっくら、そしてしっとりして甘い。

 どこもかしこもとびっきり触れ心地がいいんだよな、リナは。




 「……おは、よ」

 寝ぼけて舌っ足らずな声がオレを呼んでくれる度にたまらなく幸せな気持ちになれるんだって、きっとリナはわかってない。

 「メシ、できてんぞ。そろそろ食べないか?」

 フレンチトーストを作ったんだ、なんて話しかけながら寝乱れた髪を手指で梳いて整えて、くすぐったがるのが可愛くてついつい頬に額に唇を押し付けたくなって困る。

 もちろん我慢とかしないで好き放題に可愛がってるうちに、照れ隠しの混じった抗議の声と一緒にリナの両腕がオレの背中に回ってくるんだ。

 だいたいいつも背中の真ん中辺りにぎゅっと抱きついてくるから、それを合図にオレもリナをしっかり抱いて腿の上に座らせて、毛布を一枚拝借してリナを背中から包んで抱き上げちまう。

 「いいか?」

 了承を求めてリナに両脚を腰に絡めて貰うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を埋めにくるんだよな。

 ここまできたらもう一息だ。枕元に準備しておいたストールを髪と首筋を隠すように巻きつけてから部屋を出る。側から見たら不恰好かもしれんが、これが一番ぬくいんだそうだ。

 本当はお姫様抱っこで運んでやりたいところなんだが、リナの「これが一番密着できてあったかいの」とのお言葉には逆らえない。
 ああ、まったくなんて可愛いんだオレの嫁さんは。



 廊下に出るとひやりとした空気に撫でられたのか、ひうっ!と小さな悲鳴を上げた。

 ついでに服を掴む腕にも力が篭る。

 この土地出身なのに寒がりなのは完全に体質の問題なんだろうなぁ。

 「もう5歩、4歩、ほらもうついた」

 急いで食堂の扉を開けば暖炉の熱で暖まった空気と支度しておいたミルクとバターの芳しい香りが漂って、穏やかな朝に相応しい雰囲気をかもし出してくれる。

 「ガウリイ、もういいってば」

 あったかい部屋についた途端にこれなんだよなぁ。

 「もうちょいだけ、せめて席につくまで」

 もぞもぞと腕の中から逃げようとするのを抱き止めて、キスを貰ってから椅子の上に降ろしてやる。

 暖炉に近い方がリナので、窓側がオレのだ。

 ま、オレは座る前に食事の準備を整えないといけないわけで、先に用意しておいたあれこれを運んで並べて忙しくて、すっげぇ楽しい。

 そんなオレを面白そうに眺めているリナを見つけた時に、ギュッと胸の奥が疼くことがある。

 幸せな家庭と穏やかな朝、愛する女性と生きる時間。

 家族の顔色を伺わなくてもいい、愛していると躊躇いなく言える幸福を、オレは全身で受け止めて笑った。