「揃いも揃ってよくもまぁ、オリジナリティの欠片もない登場の仕方でやんの」 「まったくだ、もうちょいひねりってもんがほしいよなぁ」 某日、某裏街道の某地点にて。 リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフの会話より抜粋。 「てめぇら、舐めた口きいてんじゃねーぞ!!」 「俺らはなぁ、泣く子も黙る」(以下略) こちらは彼らと対峙した某(元)盗賊達の述べ口上より一部抜粋。 そんなこんなで毎度おなじみ戦闘開始。 当然圧倒的な戦力差による短時間での決着がついた。 無論あたし達の一方的完全勝利。 「ふふん、じゃあケリもついたところで! あんた達が溜め込んだお宝さんのありかを吐いてもらいましょーか!」 満面の笑みを浮かべて後者の頭目の真横にしゃがみ込み、そこらの棒っ切れでつんつんと男の頬をつっついて、さてこれからがお楽しみの本番だわとリナが嬉しそうに笑んだ瞬間。 きゅっ。 ぴぃんっ! 彼方から飛来した銀色が、リナの長い髪を一筋、すっぱり切り落としたのと。 「リナ!!」 大声で叫ぶのと同時に剣を構え、ガウリイが彼女の元へと駆けだしたのと。 周囲に散らばり転がっていた盗賊達は今がチャンスと蜘蛛の子を散らすように逃げようとして、腕に足に首に浅く深くに傷を負ったのは、ほぼ同じタイミング。 ガウリイ曰く、「すごく細い銀色の糸のようなものが襲ってきた」だそうで。 彼の話から推測するに、彼らの仲間(というよりは残党か)が遠隔操作できる武器で強襲してきたってことか。 「ま、相手さんの目的はこっちへの攻撃よりもあいつらの口封じってとこだろ」 「残念ながらそうみたいね」 そこら中で痛みにもがき苦しむ彼らが嫌でも視界に入る。 今更何が出来るわけでもないこの状況じゃあ、精々肩を竦める位しかないじゃない。 改めて現状を確認する。 かろうじて命を取り留めている者や傷を負い動けなくなった盗賊達と、ほぼ無傷のガウリイと、髪を切られただけで済んだあたし。 治安の悪い(ま、こいつらのせいだが)裏街道に誰かが通りかかる可能性はかなり低い。が、さすがにこの惨状を放置して去るのも寝覚めが悪い。 助かるかどうかはあんた達次第よと告げて、特に状態の悪い幾人かにやらないよりマシのリカバリィをかけてやる。 ガウリイはというと比較的傷の浅い連中を一箇所に纏めて止血をしてやっている。 包帯代わりにそいつらの服を引っぺがして使ってるのが彼らしい。 だけど、ああ……そのたるんだお腹とか毛むくじゃらの背中とか見たくなかったわ。 彼らは襲撃の恐怖に怯え、裏切られた怒りや嘆きを喚き散らし、苦痛による呻きと汚い言葉を血唾と一緒に吐き出すばかり。 どうやらあたし達への敵意や害意は失せたらしい。 「それだけ吼えられるんなら助かるわよ」 あーはいはい、と、軽くそれらを聞き流すふりをしつつ状況の確認を済ませれば、既に幾人かは力尽きてしまったようだ。 この分だと人が来るまでに何人、生き延びられるだろう。 盗賊なんて稼業に手を染めた時にこういう結末を考えた事はあったのだろうかと、傍らの若い男の亡骸に目を向けた。 聞き覚えのない名をうわ言の様に繰り返す彼らに鎮痛効果のある薬草を飲ませて、せめて苦痛だけでも取り去ってやり、一通りの治療が終わってから召喚呪文を唱えて鳩を呼んで、足に簡単に状況を書きつけた手紙を括りつけて飛ばす。 ここから昨日までいた町まではさほど距離はない。 ただし直線距離だけで言えばの話で、実際旅慣れているあたし達でもここに到るまでほぼ一日かかっている。 「……あんた」 最後に治癒をかけた男が、縋りつくような声であたしを呼んだ。 「今、助けを呼んだわ」 言外に生き残りたければ気力で踏ん張れと含ませて、ガウリイの傍に駆け寄る。 これ以上、あたし達にできることはない。 「そっちはどうだ?」 「あんまり良くないわね」 彼は怪我人を纏めて木陰の下に移動させ終えたところだったらしい。 あっちのやつらも動かすかと聞かれて、動かせない数人を残して運んでもらってから、少しだけ距離をとった。 「日が暮れたら再襲撃の可能性もありえるわね」 あんたはどう思う?とガウリイに水を向ける。 「ありえるだろうが、今はこっちの相手をするより自分達の身の安全を優先するんじゃないか?」 その可能性は少ないだろうとガウリイは言うが。 「けど、あっちの狙いはお前さんとあの男だったみたいだぞ」他の奴らはついでだろうと続けられた。 「どういうこと?」 「初手があいつで、次手がリナに向かってた」 「それで?」 「お前さんの方のはギリギリ軌道を逸らせられた。それ以外のは手当たり次第って感じだった」 「ガウリイ、あんたあの攻撃を全部見切ってたの?」 「防ぎきれなきゃ意味ないけどな。……けど、このままにしとくつもりもないんだろ?」 「まぁね」 本音を見透かされて素直に頷いた。 ろくでなし同士でつるんだ末の結果とはいえ、こんなやり口はあたしの性に合わない。 「んで、どう?」 「今のところ気配はねーな。……どうする、リナ」 力仕事で疲れたのか額を伝う汗を拳で拭って、ガウリイはあたしの出方を待っている。 「そうね。このまんまやられっぱなしってのはシャクだけど、相手の正体がわからないのに闇雲に突っ込んでって無駄足踏むのはゴメンだわ」 もちろん姿なき襲撃者をこのまま逃がすつもりはない。 断じてそのつもりはないんだけど。 「大体、ここまでくると労働の対価として全然成立してないわよ」 ほら、こんなものよと懐から今回の戦利品を出して見せるとあからさまに呆れた顔をされた。 「……おまえなぁ」 こんな時でもそーいうのは忘れないんだもんな、なんて妙な感心の仕方をされて「なによ、しょぼかろうがないよりマシ! 迷惑料と治療費位貰ったっていいでしょ!」これだけは譲れないから、胸を張って主張してみせる。 「ま、リナだからしょうがないか」 「そ、あたしだからしょうがないの!」 控えめな声量でやりあいながら、あたし達は顔を見合わせ笑いあった。 ひとしきり笑った後、そろりと顔色をうかがってくる相棒の眼差しは優しくて、そこにかすかにだが怒りの気配が含まれているのに気づいた。 「すまん」 悪かったと短くなった髪を指して大きな図体を屈めて項垂れる彼を見て、ああ、これはあたしにじゃなく自分自身に対しての怒りなのかと得心する。 「かま」わない、と続けようとして、いきなり腰を掻っ攫われて言葉が途切れた。 力任せに引き寄せられてそのまま地面に倒れこみ受身を取って警戒態勢をとる。 どこから? 殺気は感じなかったのに! 「くそっ!!」 視界の端を銀色の光が掠めて行くのが見えたのと同時に、ガウリイが剣を抜いて猛ダッシュをかける!! くぐもった悲鳴が次々上がり、風に鉄臭さが混じり始める。 体勢を整え駆け出したあたしの視界に、新たな血を流して倒れ臥す男の背中が飛び込んできた。 「これ以上はやらせねーぜ!!」 チィン! シュリン!! 縦横無尽に飛来する銀糸の攻撃のことごとくを切り伏せているガウリイだが、反撃に転じるまでには至っていない。 何しろこちらには人質が多すぎる。 助けてやる義理はどうでも、一度手を貸した人間がやられるのを黙ってみていられるわけもなく。 ひっきりなしに響き渡る金属音を聞きながら、敵の気配を探り、高速で攻撃呪文の詠唱を。 チョイスはエルメキア・ランス、位置はガウリイが教えてくれる! 「リナ!」 視線で右上だと知らせたガウリイに口の端に浮かべた笑みで応えて呪文を放てば、確かな手ごたえを感じた。 だが、敵もさるもの。薄い気配を更に消して完全に気配を断ってしまった。 完全に仕留めたとは言いがたいが、あの術は身体を掠めただけでも効力を発揮する。 追撃に向かわないガウリイの態度を見ても、ある程度のダメージを与えられただろう自信はある。 「……どう?」 「だめだな」 怪我人の傍で屈みこんだガウリイが緩々と頭を振った。 「こいつら、悪運が強すぎる」 「へ?」 見ればどいつもこいつも細かな切り傷を負っているものの、それ以上の怪我を負ったものは見受けられず。 血の気の引いた顔が『生き延びた』と無理やりな笑みを浮かべている。 「リナに懐探られただけで済んだぐらいだもんな、そりゃあそうか!」 一番手近な男の肩をポンと叩いて笑ったガウリイに、あたしは手加減なしでスリッパを振り下ろした。 はふ。と脱力して息を吐き出して遠ざかっていく馬車を見送る。 思ったより早く到着した役人達に盗賊達を引き渡し、代わりに幾ばくかの礼金を受け取った。 皮袋の軽さに内心がっかりしつつ、互いの持っている情報を交換する。 だが盗賊団の大まかな情報は手に入れど、こちらを襲撃した銀糸遣いに関しては役人達は何の情報も持ち合わせておらず、盗賊達が繰り返していた名前にも心当たりはないという。 一緒に馬車に乗るか、とも聞かれたがそちらは丁重にお断りした。 同行すれば事情聴取の名目であれこれ拘束された挙句、安い依頼料で残党狩りにまでつき合わされかねない。 あの町の魔道士協会に圧力をかけられたらただ働きすらありうる以上、銀糸遣いを追うにしろ旅に戻るにしろ、このまま先を急ぐのが良いだろう。 暮れ行く空の色を眺めていると、前触れもなく背中に重量がかかった。 「おつかれさん」 どすっと右のショルダーガードに顎を置いて、ガウリイが労わりの声を掛けてくれる。 「重いわよ。でも、ありがと」 くすくす笑いながら首を傾げて彼の頭に擦り寄ると、所在なさげに垂れていた腕が動いてぎゅっと、後ろから護るみたいに抱きしめた。 誰もいない、夕暮れの街道。 ぼんやりと立ち止まったまま重なってる男女。 「野宿だなー」 「ええ、そうね」 誰もいないけど、もし誰かいたとしたら。 あたし達は、どういう風に見えるんだろうね。 抱き込まれてるスペースがゆるゆると狭まって、重なる身体で熱が篭る。 肩甲骨辺りにぶつかってるのは彼の胸甲冑か。 「どうする? もし、いま、あいつが仕掛けてきたら」 耳 元で囁かれた言葉は剣呑だけど、響きは妙に甘い。 どうしよう、なんだか息が上手く出来ない。 慌てて大きく空気を吸い込んだら、ガウリイの汗の匂いを感じてしまって心臓が跳ねる。 なんだこれ、なんでこんな反応しちゃってんのあたし。 「このままだと、二人揃ってやられちまうかもな」 柄にもなく悪い冗談を口にするガウリイが、どこか幸せそうだと感じるのはあたしだけ? 「なぁに、破滅願望でもあるっての?」 ガウリイの髪を撫でながら咎めてはみたけれど、心の隅でそれも悪くないと感じているあたしもいて。 「お前さんとなら、どうなってもいいな。なんてな」 バカみたいだろ、と自分を哂ったガウリイは、「もしそうなったとしても、お前さんは生きるんだろ?」と言った。 だからあたしは「バカ、二人揃って返り討ちにするんでしょ」ととろける頭を小突いてやる。 「死んだら何も出来ないわ。だから、あたしもガウリイも」 やられてやるわけにはいかないでしょ。と言いかけたあたしは、頬に触れたものに驚いて言葉を切った。 ふにゅんと温かなそれは。 「だな、死んだらこんなこともできないもんな」 妙な余裕を漂わせながら、もう一度ガウリイが顔を寄せてくる。 慌てて逃げようとしたら腰に回った手があたしを回転させて、ぐるんと反転した先には 綺麗な青い瞳が待ち構えていて。 あたしは、彼の瞳に誘われるまま、そっと瞼を下ろした。 「さて、そろそろ寝床の確保せんとなー」 のんびりとした調子のガウリイの声に我に返る。 言ってることとは裏腹に、あたしを抱きしめる腕が緩む気配はない。 空は既に薄暗く、このままだと寝床に困るのは目に見えてる。 でもこうしているのは心地よくて、いつまでもこうしていたいけどそういうわけにも行かなくて。 どういう態度をとればいいのか判らなくて、ひたすらどうしよう、どうしようと頭の中がグルグルしちゃって、困ったあたしは困り顔のままガウリイを見つめてみた。 だいたい、こういう時整った顔してるのって絶対反則だ。 温かみのあるっていうか傭兵の癖に人の良さがにじみ出ている普段のガウリイとはちょっと違う、表情。 滅多にお目にかかれない、大人の男の顔。 そんな風に抱きしめられて、まっすぐに見つめられて、何も感じない方がおかしいわよ。 情熱を帯びた青い瞳に射抜かれて、あたしは、この男の奥深さを知りたくなって、つんっ、と、目の前の胸甲冑を突ついてみた。 「ね、そろそろ離してくれない?」 「お、おう」 了承の答えを口にしながら、あたしを抱く腕の力は緩まない。 どうして? なんて意地悪にも聞いてみたくなっちゃって困るじゃない。 「襲撃の気配は消えた?」 「あ、ああ。もう大丈夫だとは思うが」 「そう」 わざとらしいやり取りは予定調和への誘い、だけど今回のはフェイク。 隙を付いて胸甲冑と服の間に指を差し入れ彼の肌をなぞれば、頭の上で鋭く息を吸い込む音が聞こえて、嬉しさに口の端が持ち上がる。 「離すつもりなんてないんでしょ、ガウリイ」 左胸の上に爪を立てて引っかいてやると、大きな身体がビクッと震える。 「今夜の寝床の心配より、あたしもこうしてたいって言ったら、びっくりする?」 ああ、楽しい。 ああ、嬉しい。 世界を見て歩いて、ようやく見つけた唯一無二。 大事な宝物を護るように抱かれる事も、自分の総てを委ねられる人に出会えたことにも、実際にそうした時の絶大な心地よさも。 きっと、満ち足りるってこういう事を言うんだわ。 そっか、気付いてしまえばこんなに簡単なことだったんだ。 『行く宛てはあれども眠る場所を持たず、されども今は隣を歩むあなたがいる』 |