その二人が村を訪れたのは昨日の昼。
 私は噂を聞いてきたという彼らに宿屋を斡旋しつつ、食堂やら近場の観光案内パンフレットを握らせながら、こっそりと観光課係長代理に連絡を頼んだ。
 『挑戦者は一名、レベルA。充分に警戒されたし』
 手による合図だけで伝わるのは信頼関係のなせる業だ。

 今回の客は長身の剣士と小柄な魔道士の組み合わせ。
 威勢のいい女魔道士は、以前どこかで見かけたような気もするが…まぁ、気のせいだろう。
 娘の方は連れの男にからかわれでもしたのか、子供のように頬を膨らませて拗ねる様子が微笑ましく。
 男の方は一見して整った顔立ちをしているというか、女子供に好かれそうな風貌である。
 剣士としてそれなりの腕をしているのか、顔に傷をつけることもなく、連れの娘がやいやい騒ぐ様子をのんびり眺めて笑っている。
 この二人の関係を考えるに、旅の剣士と、剣士に惚れてひっついている見習い魔道士といったところだろうか。

 「例の場所はここからちょっと離れておりましてね。ひとまず旅の疲れを落とすためにゆっくりされてはいかがですかな?」
 それとなく移動を促した私の言葉に、二人はじゃれあうのを止めて宿に向かって歩き出した。
 遠ざかる大小の後姿を眺めながら、ふと、あの男があの娘を大事にしているのだろうと気がついた。男の装備は防具も武器も極一般的なものであるのに、娘の装備はそういう風に見えなかったからだ。

 元々魔道士というものはじゃらじゃらとしたものを身につけているものだが、特に私の目を惹いたのは両手首と腰、そして首から下げた宝石の呪符。更に素材不明のショルダーガードに嵌め込まれた大きな魔法宝石の呪符、あれも中々の品のようだ。
 生家がマジックショップを営んでいた関係で、ある程目利きである自信があるのだ。
 ああいったものをあの年頃の娘が独力で手に入れられるとは考えにくい。
 その点からも連れの男からの贈り物であろうという推測を立てたみた。
 二人の年齢差を考えれば兄妹である可能性も捨てきれないが、会話を聞く限り違うらしいし。
 だからといって恋人同士の甘ったるさも無い。代わりに、長年連れ添った夫婦のような息の合い方を見せる。……ふむ、もしかしたらあれば新手の漫才コンビというやつなのかもしれんなぁ。
 去り行く二人を眺めながら、私はそんな事を考えていた。



 カルマート公国の端に位置するこの村は、風光明媚な観光地でもなければ、これといった特産品もなにもない。
 穏やかで、辺鄙で平和なだけが取り得の。
 いや、訂正しよう。
 一つだけ、売りはある。
 先ほどやってきた二人も『ソレ』の噂を聞きつけて、わざわざこの村を訪れたのだし。
 もったいぶって話を長引かせると聴衆から顰蹙をかうということは既に学習済みなので、ここは単刀直入に説明しよう。

 吟遊詩人の歌う英雄譚などに登場する伝説の剣。
 実はその、伝説の剣と呼ばれるものが、この村の外れに実在するのである。
 
 伝説の剣と聞いた人々が一番に思い浮かべるのは知名度の高い『光の剣』なのだろうが、世の中には他にも伝説の武器と呼ばれるものが多く存在するが、あえて個々の名称を出すことはすまい。
 ただ、この村に古くから伝わる伝承によると、その剣は過去に村を大変な危機が襲った時、勇者が振るった剣であるという。
 その話を元に『再び世界に災い来る時、勇者、剣を引き抜きて単身災いに挑むべし』という噂が流れて今に至る。
 まぁ、ぶっちゃけて言ってしまうと、その噂を流したのはうちの村長だったりするのだがな、これが。

 うちの村長は『剣は自らに相応しい使い手を捜している』だの『集え、我こそはと腕に覚えのある者』などと目立つような看板を街道沿いに立てたり、近隣の町村向けに『君も伝説の剣を抜いてみないか!?』ツアーを企画し主催もする、中々の商売上手である。

 大切なのは剣の伝説に夢やロマンを求めてやってくる人々を失望させないことであるという方針に則り、村を訪れる旅人が快適に過ごせるよう、宿を作ったり手ごろな価格の土産物を開発したりして、手ごろな価格で販売しているというわけだ。

 二次的に若者の村外流出が減るという嬉しい誤算もあったわけだが、それもこれも聖剣伝説の村というイメージを壊さぬよう、村人一同一丸となって努力してきた結果である。



 さてと、すっかり話が長くなってしまった。
 では、再びあの二人にスポットを当てる事にしよう。
 夕方頃、役場にやってきた宿屋の娘によると、例の二人はものすごい量の昼食を平らげた後、揃って部屋に篭っていたらしい。

 「あの二人、ぜ〜ったいイチャイチャらぶらぶしてたに決まってるんですっ!!」
 鼻息荒く力説する姿は、若さゆえの暴走であると言わざるをえない。

 「あのお二人さんったら、何でもないような顔しといてすっかり熟年夫婦の雰囲気しちゃってるんですよ。私がちょこっとルームサービス届けに顔を出したらですね、二人揃ってベッドの上で道具の手入れなんてしてるんですよ! たったのそれだけで、誰も割り込めないような雰囲気漂わせまくってたっていうか!」
 若い娘特有の恋愛フィルターのかかった目には、あんな二人の周囲にすら、ピンク色の霧でもかかって見えるのだろうか。
 まぁ、私のようなおっさんには理解し難い事である。
 しかしだな、仮にも宿屋で働く人間がいちいち客のプライベートを探ってどうするというのだ。私が知りたかったのは、あくまであの二人がただの物見遊山の観光客なのか、それとも本気で剣を狙っている挑戦者なのかという、その一点だけなのだが。

 興奮冷めやらぬ様子ではしゃぐ娘には、とにかく邪魔をしないようにと言い含めて帰らせて。
 
 訪れた、草木も眠る丑三つ時。



 私は村長と連れ立って、こっそりと伝説の剣が安置されている場所に向かったのである。
 「相変わらずいーい雰囲気じゃのう」
 長々と蓄えた髭を揉みながら、村長は深い頷きを一つ。
 惚れ惚れとした視線の先には、カンテラの灯りに照らし出された一振りの剣。
 大人の背丈ほどある玄武岩の大岩に、しっかり突き立つ両刃の剣は、闇の中にありながら明かりを跳ね返して鈍い光を放ち、長年風雨に晒された所為に汚れの目立ち始めた柄には、装飾用の宝玉が嵌め込まれている。
 刀身の半ばまでを岩にめり込ませたその剣は、過去幾多の挑戦者を迎え、その悉くを退けてきた実績がある。

「この時間も中々どうして趣のあるシチュエーションじゃないかの。伝説の剣に相応しいと、君もそうは思わんかね!」

 多分に自画自賛の含まれる村長の言葉を聞き流しつつ、私はペンキの缶と刷毛を手に黙々と傍らの立て看板に魔法による剣の堀り出し禁止、火薬や物理的破壊による掘り出し作業禁止に、多人数による引き抜き禁止。代理人による代行チャレンジ禁止と、担当立会人への色仕掛け禁止に、賭博行為の禁止。これを破った場合には、罰金として挑戦料の100倍、もしくは村内施設での半年間の奉仕労働を課する旨を書き足していく。

 考えすぎだと言うなかれ。
 過去、実際にいたのだ。

 団体でやってきて、ピッケルやスコップ片手に、力づくで剣を掘り出そうとした奴らが。
 その時は食事に下剤を盛って事なきを得たが、あんなに心臓に悪いのはもう願い下げだ。 
 だいたい、道具を使って掘り返してどうする。
 伝説を持つ剣というものは、剣そのものの値打ちもさることながら、引き抜く事ができたイコール剣に選ばれし勇者として認められるという、地位と名誉という2重の付加価値があるからこそ、聖剣伝説というものは強くがっちりと人々の心を掴むのだろうに。
 夢やロマンを解さない無粋な輩には、さっさとお引取り願いたいものである。



 「うむうむ、そっちも良い出来じゃなぁ」
 修正を終えた看板を一瞥し、満足げに頷く村長に、あんたは何もしてないだろうがと腹の奥で毒づいてやる。たまには口だけじゃなく、手も貸してほしいものだ。

 「感心している場合じゃないでしょうが。今度の客は現役の剣士なんですよ。万が一の事態に備えて、念には念を入れておいた方が良いんじゃありませんか!?」
 「それはほれ、観光課の仕事じゃろ?」
 まるで他人事のように笑う村長を尻目に、仕方がないなと、私は大岩によじ登り、剣の柄に手をかけてゆっくり前後左右に力を込めて、緩みがないかを確かめた。
 「……大丈夫のようです」
 普通に考えればこんなものが抜けるわけがないのだ。
 岩にめり込ませている部分を直角に曲げて、更に上から、たっぷり接着剤を流し込んであるのだから。



 点検を終え、連れ立って村への道を歩いていると、何者かがこちらに向かってくるのが見えた。
 慌てて茂みの裏に身を潜めて様子を伺う。
 とっさに村長の頭を叩いてしまった気もするが、緊急事態ということで御勘弁願いたい。
 果たして、のんびりとした調子で歩いてきたのは、明日、剣の所に案内する予定の挑戦者だった。
 知らぬ道だろうに、剣を帯びただけの軽装で夜の散歩のつもりか?それともまさか、人気のないうちにこっそり剣を引き抜くつもりか!? いやいや、ならば連れの娘も連れて来るはず。第一、彼らにはまだ剣のある場所を教えていないのにどういうことだ!?

 私達の事など知る由も無く、男はのんびりとした歩調のまま前を通り過ぎ……ようとして、急に立ち止まった。
 もしや気付かれたか!?
 我々が息を殺して戦々恐々としているのを知ってか知らずか、男はしばらくぼーっと天を仰ぎ見ていたと思ったら、いきなりあっさりと宿の方に戻っていった。



 翌朝、朝食を食べに寄った風を装い、宿に顔を出すと、既に彼らも食堂のテーブルに陣取り食事の真っ最中。いや、あれを食事と呼んでよいものかと一瞬悩んでしまうほどのど迫力で、二人はこの場を支配していた。

 昨日、二人の関係を勘ぐって楽しんでいた宿の娘は厨房の隅から怯えた視線を向けているし、周囲の客達も一種異様なものをみる目つきで彼らの様子を伺っている。あくまであのテーブル限定で勃発している状況だけに、言って止まる筈もないのだろうが、それにしても色気がなさ過ぎるとは思わんのか!? とても年頃の男女の振る舞いには見えん。……これは早いとこ挑戦させるだけさせて、気が済み次第とっととお引取り願う方が良いかもしれんな。
 そう私が考えたのと、ほぼ同時だった。
 男の手が、まっすぐ娘の口元に伸びたのは。

 「リナ、慌てすぎだぞ?」
 自然な動作で娘の唇からソースを拭うと、汚れた指先をぺろりと舐めて、男が言った。
 「ま、のんびり行こうぜ?」
 「……あんたのそーいうとこ、時と場合によりけりだけど」
 イヤじゃないわよ、と、呟いた娘の頬は、私の目がおかしくなっていなければ、確かに赤く染まっていた。



 このあと私の先導で、剣のある裏山まで二人を案内し。
 いくばくかの挑戦料と引き換えに、長年守ってきた『伝説の剣』はへし折られた。
 剣を折った張本人は驚きに叫んだだけで済ませてくれたが、小生意気な小娘からは、情けも容赦もない罵倒を受けるわ、力いっぱい殴られるわで、慌てた男が力づくで制止してくれなければ、今頃私はどうなっていたことか。
 殴られた頬はまだ痛み不愉快なことこの上ないが、実際問題、このままあの二人を放って置くわけにもいくまいて。
 


 剣が折られてしまった事を報告するために立ち寄った村長宅で、彼らの口止め工作が必要ではと指摘を受けて、取るものもとりあえず駆けつけた食堂で、私は見た。

 先ほど鬼のような形相で私を糾弾していたあの小娘が、穏やかな表情を浮かべて男の手を握ると、子どもに語りかけるような優しい口調で話しかける様を。

 「……あのさ、今回はハズレだったけど。 きっとそのうちいい奴が見つかるって! ね、焦らないでじっくり探せばいいじゃない。ね?」
 潤んだ瞳を男に向けて、時折悩ましげな溜息を洩らして話し続ける娘の顔には、はっきりと、『あなたのことが心配で仕方ないの』と書いてあり。
 対する男の方はというと、きょとんとした顔で言われるがままされるがまま。

 いや、ちょっとまて。

 あの男、ちょっと口元が緩んでないか?
 あのくそ生意気な小娘の、さっきの小憎らしい態度を忘れそうになるほどに、あれこれと男の世話を焼く様子は見ていて微笑ましい。が、それよりもだ。

 あの男、ぼーっと受け答えしてるように見せかけながら、内心この状況を楽しんでいないか!?
 小娘の方はお喋りに熱中している所為か、男の微妙な表情の変化に気づいていないようだが、少しでも彼の機嫌の良いタイミングを狙おうと、それはもう虎視眈々と見計らっている私には、分かる。
 あの男、剣がどうこうよりあの娘が自分の事を気にかけているこの状況を楽しんどる!

 ならば、昨夜の不可解な行動の意味も理解できるというもの。
 奴はあの時点で、伝説の剣が偽物であることを看破していたに違いない。だからこそああまであっさりと引き返していったのだろう。

 一流の剣士というものは、他者の気配を読むことが出来ると聞いたことがある。
 ならば姿を隠していたところで、あの場に我々がいたことを感じ取っていたと考えて間違いなかろう。

 その証拠は、ほら。
 こちらに一瞬向けられた、心臓を刺し貫くような鋭い視線だ。
 私と、私の背中に隠れている村長も感じたであろう、氷のように冷たい眼差し。
 あれを目の前にいる小娘に気取られることなくやってのけるとは、あの男、只者ではない。ならばなぜわざわざ、自分で言うのもなんだが、胡散臭い伝説の剣の伝説を求めて村を訪れたのか。

 そういえばあの娘。
 どこかで見たことがあったと思ったが……思い出したぞ!

 過去に一度だけ訪れた事のある、村興しで活性化を目論み失敗した、あの村にいた小娘じゃないか!!
 確か村興しのスペシャリストだと自称する、奇天烈な衣装と鼓膜をつんざく高笑いで周囲を凍りつかせた、珍妙な女魔道士の連れだ!!

 一つ思い出せれば、後は芋づる式に記憶が蘇ってくる。
 くそ生意気な小娘。
 いや、あの凶暴な女魔道士は!!
 彼女の二つ名を幾つも思い出した私は、己の血の気が引いていく音を鮮明に聞いていた。さっきから早く行けだの、偉そうにせっついてくる後ろの馬鹿はどうなってもかまわんが。

 私はまだ、死にたくないんだ!!
 


 「村長。お願いですから、あなたが声をかけて下さいませんか?私では交渉役として力不足も甚だしくてですねぇ……」
 恥も外聞もプライドも、そんなもの一切合財かなぐり捨てて頼み込んだ甲斐はあり。
 「わしに全部任せておくとええ。君はこの機会にクレーム対応のやりかたを勉強するんじゃよ」と、満面の笑みを浮かべ、自ら矢面に立ってくれた。
 


 のちに、各地に点在する『伝説の剣の伝説』を取り纏めた『伝説の剣の伝説保護保存委員会』が発足した際、初会合の場で、真っ先に提言したこと。

 観光用の伝説の剣を展示してある場所に、その筋の玄人を連れてきてはいけないということが一つ。そしてもう一つは、まかり間違っても暢気そうに見える金髪の剣士と、ちんちくりんの栗色の髪の女魔道士の組み合わせを客にするなという、尊い犠牲を出したが故の、万感の思いを込めた忠告であったのだが。
 素直に聞いた者はいったい何人いたのやら。



 一つの伝説が消えたと聞く度、思い出す。
 じゃれないながら村を出て行く二人の背中と、そして。
 駆け出しそうな勢いの娘の頭を撫でて宥める、幸せそうな男の横顔を。
 非凡な娘に自らを捧げた剣士の伝説というのも、ロマンチックで人を呼べそうじゃないか? どうだい、あんたも一口乗らんかね。