赤い花










散る、散る、散る。
手にした花束、ハラリと散った。
君の瞳の赤い色。
君によく似た瑞々しさの。
とても綺麗な赤い花。




好きなんだ。
お前がいとおしくて仕方がないんだ。
いつでもお前を見ていたい。
いつでも側にいたいんだ。
言葉に出来ない、しない、しない。
口にしたら、それが最後。
きっとお前は逃げてしまう。
自称『保護者』のオレの元から。
クラゲが実はただの男だったのかと。
お前が気付いた瞬間に。




街角で、ふと目に付いた花屋の店先。
そこに並べられた色とりどりの花、花、花。
白、黄色、紫、赤にピンク。そして緑。
お前は一瞬目をやって。
「綺麗ね」
そう言って通り過ぎた。
スタスタと、小気味の良いほど早足に。
目指すは、目的地の魔道具店。
オレには何の値打ちもない店。
彼女には宝の山だけど。




「しばらくそこらで待ってて。
もし退屈だったら、先に宿に戻っててくれてもいいわ」
それだけ言ってしまうと、彼女はさっさと
店の中に吸い込まれて行く。
残されたオレは、どうしたものかと思ったけれど。
少し考えて
少しばかり気になっていた色彩の元に向かった。




「いらっしゃいませ」
店にいたのは年配のおっさん。
手馴れた手つきで花を扱う。
「どんな花をお探しかな?
お見舞い、お祝い、プレゼント。
それとも、彼女に贈るのかい?」
ニコリと笑んでクルクルと、手にした黄色い花束に
淡いグリーンのリボンを巻きつけ。
手早く紙に包み終えると軒下の壷に挿し込む。
リボンの下、長く残された茎だけが
水に浸され、誰かに買われていくのを待つのだろう。
「そこの花は、なんて言うんだ?」
オレが指差したのは。
細くて八方を指す花びら、黄色いおしべ。
細くて長い茎を持つ。
可愛らしい赤い花。




「ああ、これはマーガレットですよ」
笑顔のままおっさんは、花の挿された壷から一輪
取り出して見せ。
「これはうちで改良した花なんですよ。
真紅のマーガレット。
綺麗でしょう?
白いマーガレットの花言葉が「貞節」「心に秘めた愛」と言うのなら
鮮やかな此の花には、もっと情熱的な言葉が相応しい、
私はそう思っているんですよ」
どうぞ、と花を手渡され、つい受け取ったオレに向かい。
「きっとお客さんの気持ちをそのままに、
心の内を表してくれるでしょう」
意味深な微笑を浮かべつつ、スッと片手で数本花を抜き取り
あれよあれよと言う間に。
クルクルと、緑の茎に巻かれた色は
花と同じ真紅のリボン。
「さて、お代は」
オレはそれ以上喋らせずに、ポケットにあった銀貨を数枚手渡した。
「まいどあり」
手に載せられた銀貨を見もせずに、男はそれをポケットにしまい込み。
「健闘を祈ってますよ」
それだけ言って、笑った。




小さな花束を手に。
オレはもと来た道を走って、走って。
さっき彼女と別れた店の前に。
すると、ちょうど良いタイミングで開かれた扉の中から
会いたかった彼女が現れ。
「あら、先に帰らなかったの?」と微笑んだ。
その顔は嬉しげで、つい。
オレも釣られて微笑み返す。
「あら、それ何?珍しいわね。
あんたが花を買うなんて」
手の中の花をもの珍しげに見つめる少女に
「ほら」
それだけ言って花を手渡す。
「えっ、これ、くれるの?」
驚いた顔をしながらも
「ありがと。でも、どういう風の吹き回し?」
嬉しそうに受け取って。
まさしく「花がほころぶように」笑った。




リナ

リナ

リナ




「好きだよ」
気がついたら、口から気持ちが溢れてた。
「えっ?」
聞こえなかったのか、きょとんとした顔の彼女にもう一度。
「リナ、好きだ」
はっきりと。
けして、聞き間違えられないように。
利発な彼女にはぐらかせられないように。
心からの思いを告げる。
「愛しているよ、心から」
気持ちを言葉に乗せる事が、これほど気持ち良い事だとは思わなかった。
「なっ!! な、何をいきなり〜っ!!」
さっきまでの笑顔は何処へやら。
恥ずかしいのか照れたのか。
顔を、それこそこの花みたいに真っ赤に染めて
動揺を隠せない、可愛い少女。
その瞳は真っ直ぐオレの眼を見つめていて。
少し潤んだ目元がまた可愛くて。
「リナ。 オレ、本気だぞ」
それだけ言って、抱き締めた。




のるかそるか。
一世一代の大博打。
一歩間違えりゃ、呪文で吹っ飛ばされて夜空の星か。
それを承知で言っちまったオレって、けっこうどころか
本気で本当の大馬鹿者か?
腕の中の華奢な身体は、硬直したまま動く気配を見せず。
それにつけこみ、いっそうギュッと抱き寄せる。
腕の中の熱い体温。
髪から香る甘い香り。
握り締められた花束からも。




「・・・随分、いきなりすぎじゃない?」
ようやく彼女が石化状態から脱した時。
場所は既に、今夜の宿のオレの部屋。
硬直状態の彼女を抱いたまま、街中を全力疾走で走りぬけ。
扉をくぐり、鍵を掛けて。
彼女の問いを聞いたオレは一言
「言いたくなった」ただ、そう答えた。
「あんた、保護者じゃなかったの?」
「ああ、確かにそうだ。でも、それ以上に
もっと深く愛してるんだ」
元々大きな目を更に見開いて。
信じられない物を見るような顔。
やっぱり、だめか?




ぱさ、と彼女の手から花が滑り落ちる。
潤んだ彼女の瞳と同色の、赤い花が。




同時に、オレの頬に差し伸べられた白い手。
今まで一番綺麗な微笑みを浮かべ。
「あんたってば」
ほろ、と零れる透明な雫。
「何も泣く事無いでしょう?」
そっとオレの目の下を、彼女の細い指先が拭っていく。
「まったく、普通この場面で涙を零すのは女の方でしょうが」
フッと息をついてから。
「あたしはあんたを保護者だなんて、思った事なんて
ただの一度もなかったのよ?」
だから、今、すごくあたしは嬉しいの。
やっと対等な位置に立てたから。




ホッとして、力が抜けて座り込んじまったオレの頭を
ニコリと鮮やかな微笑を浮かべながら。
「よしよし、慣れない事したから緊張しちゃった?」
まるで子供にやるように撫でる女性は。
もう少女ではなく、れっきとした大人の女で。
その鮮やか過ぎる笑顔に
オレはやっと手に入った幸せを実感し始めたのだった。




何時までも瑞々しくて
キラキラと輝く真紅の瞳。
何処にいてもすぐに判る柔らかな香りと
生命力に満ち溢れたその姿。





オレだけが触れられる、世界でただ一輪の花。