手酌でお酒を








くにゃりと視界がたわみ、世界はグルグルと回転を繰り返し。

腕を上げても足を進めても、自分の思った通りには動いてくれない
おかしさに、クスクスと勝手に口が笑い出す。

視覚と触覚が、現実と半分ずれたような感じ。

足が踏みしめるのは木の床ではなく、まるでマシュマロみたいで。

頭まで事もあろうにぽんやりとして、半分位ずれてたりして。

今のあたしはあいつに「く〜らげ〜っ♪」って言えないわね・・・。












ちゃぽん♪と手の中の酒瓶がいい音を立てる。

細い口からは果実酒の甘い匂い。

こんなに美味しいお酒を前にして我慢が出来ますかってのよ。
いつまでもいつまでも人の事お子様扱いしてくれちゃってからに!!

え〜い、あいつの事を思い出したら腹立ってきちゃった。

こんな気持ちを飲み干してちゃえ!!とばかりに、
あたしは瓶の口に直接口をつけて一気に中身を煽った。







からららららんっ。

軽やかな音を立て、足元に転がる酒瓶。

かつん、とあたしの足先に引っかかって、同じ場所でくるくると回る。

それが何故か可笑しくて、クスクス笑いが飛び出した。

あたしのお腹の底から。



な〜によ、まるであたしみたいじゃないよ?
ガウリイにいっちょ前だと認めてもらいたくてジタバタしてるあたしみたい。

どんなに必死に足掻いても、他人から見ればこの瓶みたいに同じ場所を
クルクル回ってるように見えてるのかもしれないなぁ。

白状すると、ここ最近のあたしはガウリイへの認識を改めつつあり・・・。

あり? こんな小難しい話じゃないのよ。

気がついたら、全幅の信頼を置けるパートナーってのから更に
進んで(後退して?)いわゆる『異性として気になる』方向に、
意識がグンと傾いちゃっただけなのだ。

実家にいた頃から旅してる今まで出会った中で、一番まともな男
(除く父ちゃん)にお年頃を迎えた可憐な乙女が恋をして何が悪い!!
って、開き直るのもありかもしれないけど。

彼はとにかく大らかで、剣の腕は文句なしに超一流。

度胸も充分顔もよし。

これで頭の中にヨーグルトが詰まってなけりゃ、実家の父ちゃんと
タメ張れる位のいい男で。

そんな奴に偶然出会って、長い事一緒に旅してこられたってのは
かなりラッキーだったのかもしんない。

でもって、そんなあいつの懐の深さに惚れちゃったのも
まぁ、しょうがないのかも。

もしかしたら脳味噌グルグルなガウリイだったから、こんなにあたしと
長い事旅してられたのかも知んないけどね〜。

基本的にのほほんとしてて、すぐ物忘れしてあたしに突っ込まれてる奴だけど。

でも、人として大切な事はちゃんと知ってて、いざという時迷いなく行動できる人。

時々、このあたしをハッとさせる様な事言うガウリイだから。

だから、いつの間にか惹かれちゃったのかもしんないなぁ。






ゆるゆると、やがて動きを止めた瓶を力の入らない手でつかんで、
残ってた紅色の液体を一気に流し込む。

って、大した量も入っちゃいないんだけど。

なんだかんだ言っても、ガウリイはあたしよりも年齢的にも、
精神的にも(たぶん)大人で。

いつもムキになるのはあたしばっかりでさ。



夕食の時もそうだったっけ。

食前酒を薦められた時に、ゼフィーリアの赤ワインがあったから嬉しくなって
注文しようとしただけなのに
「女の子がフルボトルで頼むんじゃない」なんて、余計なお世話よ!!

「昔あんたの前で普通にお酒飲んでたじゃないよ!?」ってごねたら
「いいからダメだ」って、何よそれ。

いいのか悪いのかハッキリしなさいっての。



さかさまにした瓶の口から零れ落ちる最後の一滴を、
お行儀悪く舌を突き出して受け止める。

ああ、もうなくなっちゃった〜。

もう一本、下行ってもらってこようかな。

でも、なんとなくまだおっかない自称保護者殿が
そのまま陣取ってそうでやだ。

食事の最後に「やっぱりさっきのワイン、飲みたい」って言ったのが、
ガウリイのお気に召さなかったようで。

「ダメだ」

「のむ」

「だめ」

「飲むったらの〜む〜っ!!」

周囲が一斉にこっち見ちゃうほどの大声出して、
低レベルな言い争いを繰り広げちゃって。

ちっとも分らず屋なガウリイに腹を立てたあたしは、
横でオロオロしてる親父の手からワインの瓶をもぎ取って。
そのまま部屋に戻ってきたんだから。


空っぽの瓶を眺めながら「飲む、のまない、の〜む〜っ」って、
指折り数えてひのふのみのって子供の頃の手遊びで
も一本飲むかどうかを決めようとして手をニギニギさせていたんだけど。

結果は。
「もう一本いってみよ〜!!」

じゃあ行きますか♪と、立ち上がろうとして。
へにゃり、腰が砕けてぺたんと座り込んでしまった。

ありゃりゃ。

思いのほかアルコールが身体に浸透していたみたい。

自分の感覚と、現実の体の動きの間に数十センチ規模のずれがあって、
手を上にしゃきっと挙げたつもりが思いっきりゆ〜らゆらと手を振ってるし。

誰もいない場所に振るバイバイ。

なにやってんだか、可笑し過ぎ。

『かなりきちゃってるかも』って思ったら、
こんな事してるのがバカらしくなっちゃって。

フツフツと、お腹の底からどんどん笑いがこみ上げてくる。

「ふふふっ、ぷくっ・・・ばっかみたい〜っ♪」

も、やめ。

辞めちゃえ。

優しくもボケボケなくらげに恋しちゃったあたし。

ばっかじゃないの?

あいつにお年頃の乙女の揺れ動く心情なんて、この先
天地がひっくり返ったってわかりっこないんだって。

出会った時から今日までに、あたしが美し〜く成長してるなんて、
これっぽっちも認められないんでしょうね。

なら、もういいわよ。

あいつと旅してたって永遠に大人扱いしてくれないのなら。
旅なんてやめて一人で故郷に帰っちゃえ♪

ああ、すっごく目が回る。

天井の木目がくらげに見えるわ・・・。

身体が重い。

自由が利かない・・・ま、いっか。


何とか動いた指先で、脱ぎっぱなしで放置していたマントを引っつかみ
グルッと、野宿よろしく身体に巻きつけて。
そのまま、母親の胎内にいるような姿勢でまぶたを閉じる。

ジッとしていると、マントと身体の間に温かな空気の層ができて。



ばぁか・・・。

明日の朝が、あんたとあたしのお別れのときなんだから。










『まったく、だから飲むなって言ったのに・・・』







ふぅわりと、でもたしかな浮遊感に襲われる。

どっしりとした何かが、あたしを、あたしの身体を支えてる。

身体に触れている部分から、じんわりとした熱が伝わってくる。

・・・魔法じゃない、魔法なんかじゃない。

これは、あたしの良く知っている手。

あたしが大好きな人の腕。

スリ・・・と、本能のまま温もりの塊に擦り寄って。

触れた柔らかな布を掴んで『もっと』って引き寄せて顔を埋める。

鼻をくすぐる大好きな匂い。

干草のような、優しい大地を渡る風のような。

ちょっとだけ、汗の匂いもするけれど。

そんなのだって、大好きなんだもん。しょうがないわ。

サラリと顔にかかる柔らかな流れ。 もうっ、くすぐったいよ?






『ほれ、いわんこっちゃない』

トサリと、ちょっぴり冷たくて柔らかな場所に降ろされる。

『お前さん、ちょっと調子崩してるから止めたのに。
やっぱり悪酔いしちまってるじゃないかよ。
床で寝たりしたら、本気で風邪引いて寝込む羽目になるぞ?
って、聞いちゃいないか・・・』

身体の上から降ってくる、優しい声と共に。

すうっと、身体の下から硬く温かな腕が引き抜かれていく。

ああ、もう行っちゃうの?

あたしを置いて行っちゃうの?

見えない目は放置して、掴んだ布をいっそう強く引き寄せる。

・・・やぁだ。

だめよ。

一緒にいてよ。

離さないでよ。

ここにいて。

・・・ずっと、ずっと一生。

あんたが、あたしの側で笑っててくれなきゃヤだ。

「おい・・・」

思いっきり困惑げな声が、さっきより近い場所から落ちてくる。

なによぅ。ヤだなんて聞いてあげないからね。

あんたはあたしが養ってるんでしょ?

あんたはあたしの保護者なんでしょ?

どっちもどっちのややこしい関係なんて、この際破棄して。
もっと単純な名前に変えちゃわない?

旅の連れとか、信頼できる相棒とか。

ごちゃごちゃしいのも、もういらない。

あんたはあたしの。

あたしは・・・あんたのになったげるわ。

フェアじゃないのは嫌だから、さ。



『だからさ。手っ取り早く『家族』に、なっちゃわない?』



髪を引っ張り引き寄せた、熱い首筋に両腕で。

思いっきりすがり付いて囁いたら。

息が止まりそうなほどギュウって。

ぎゅうううっっって、抱き締め返された。

「まったく、いつもいつもお前さんには驚かされっぱなしだよ・・・」

『いや、参った』なんて言いながら。

人抱き締めたままクスクス笑ってるあんたの声はさ。
あたしには、すっごく幸せそうに聞こえたわよ?

「ガウリイは、おっけ〜?」

「ああ、了解。 その代わりお前さん、朝になったら『覚えてない』なんて
頼むから言わんでくれよ? 酒の勢いでつい・・・とかで
この幸せがナシだなんて、いくらなんでも酷すぎだからな?」

頬におでこに唇に。

たくさんたくさん、たっくさん。

ちうちう落とされまくる柔らかなキス。

それがあんまり優しくて気持ちいいもんだから。

そのまま、されるがままでうっとりと身を任せ。



この酩酊感は、お酒なのか、くらげの魔力からくるものなのか。

どっちでもあるし、どっちでも・・・ううん、よくないわね。

この幸福は、ぜんぶガウリイにもらったもの。

素直なあたしは、きっと朝日とともに隠れちゃうけど。

それでもお願い、傍にいてよね?

あたしの事を一番知ってて、かつ付き合いきれるのは、
この世界でただ一人の、ガウリイ。あんたなんだから、ね?