深夜
ゆっくりと歩く。
音を立てないように。
針一本落とした程度の音でさえ、この静けさの中ではきっと、聴こえてしまうから。
そろそろと歩を進めながら、目的の場所に到着。
見慣れた木の扉に手を掛けて、そろりと横にずらす。
片目ほどの隙間を開けて、そっと中を覗きこむと。
白いシーツの上に広がる茶色い髪の毛が見えた。
スースーと、健やかな寝息と時折聞こえる寝言もご愛嬌。
『今夜は大丈夫だな』
彼女の安全を確認して、オレは来た時と同じようにして退散する。
深夜、一人で危険な散歩に出かけたり。
調べ物に熱中するあまり椅子に腰掛けたまま眠りに落ちたり。
時折、悪夢を見るのか魘されていたりもする彼女の事を
毎晩こっそり様子を見に来てしまう。
こんな事をしていると知れたら只じゃあ済まないだろうが、もう半ば習慣になっていて
今更止める事もできない。
隣室にいればある程度漏れ来る気配で様子を掴むこともできるけれど、
やはり顔を見て、安心したい。
自分から言い出した事なのに、それに満足できていない自分を笑いながら
オレはソファにゴロリと横になった。
慣れ親しんだ気配が遠ざかるのを確認して、あたしはそっと身を起こした。
まったく、過保護にも程があるわ。
さらりと少しだけ膨らんだお腹をさすりながら、そこにいる存在に話しかける。
「あんたのお父さんは本当に心配性ね」
気になるのなら同じ部屋で眠ればいいのに、と提案した事もあったのだけど
「俺の理性が持たないかもしれないから」とリビングで寝るって聞かなかった。
そのくせあたしの事が気になって仕方がないってんじゃあね。
まったく、こんな回りくどい事しなくたっていいじゃないの。
そろそろ一人寝もさびしくなってきた事だし、明日辺り覗きに来たのを捕まえて
「何やってるのよ!!」って御説教かましてスリッパではたいてそれから
ベッドに引き摺りこんでやるんだから。
一緒に眠るとあたしが驚くほど安心できて、気持ちよい朝が迎えられる事を
あいつは知らないのね。
心配している事だって、別にこの子がいたってそっとなら大丈夫だって何度も言ってるのに。
下手な遠慮なんてあたし達の間には必要ないって、何度言えば判ってくれるのかしら。
眠さに霞む頭と瞼にかかる重みに従い、あたしはベッドに横になり目を閉じた。