小さな町の小さな広場の片隅に、小さな一軒のお店がありました。

そのお店が扱うのは甘くて冷たい氷菓子。

普通のお店にはないような多種多様な品揃えが自慢です。

置いている氷菓は全て店主自ら愛情込めて作った自家製。

材料も超一流とは言えませんが、それなりに良いものを厳選して
気軽に楽しめる料金設定もあり、中々の繁盛ぶり。

暑い日にはちょっとした行列が出来るほどでした。

その日は月に一度のサービスデー。

『今日は忙しくなりそうだな』と思いながら、開店の札と一緒に
「2つ分の御値段でもう一つおまけしちゃいます☆」の、
告知看板を軒にぶら下げた店員Aは、後に語りました。

 「・・・タイミングが、悪かった」と。







かららららんっ♪

耳にも涼やかなドアベルの音を響かせて、その日最初に
店内に入ってきたのは旅人と思しき男女2人。

長身の男と、小柄な少女の組み合わせです。

カウンターにいた店員Bは『男の方は彼女に付き合って来たのかな?』と思ったそうです。

ところが。

「ご注文をどうぞ」

声を掛けた店員Bは、かわいらしい彼女の口から飛び出した注文に、
我が耳を疑う事になります。







・・・お察しの良い皆様なら、もうお分かりですね?







「レギュラーサイズをカップで、全種類ちょうだい♪」

それはそれは幸せそうな微笑を浮かべながら
のたまった少女の言葉を、彼の脳は理解する事を拒否したようです。

「え、と。すみません、もう一度お願いします」

しかし、店員たるものお客様に失礼があってはいけません。

聞き違えなどしてはいけないのです。

「だから、レギュラーサイズで」

「レギュラーサイズで」

一言一句違えない様に復唱すれば大丈夫。

「カップで」

「はい、カップで」

「全種類ちょうだい♪」

「ぜんしゅる・・・」

途中で言葉に詰まってしまった店員に向かって
「そ、全種類♪
 で、31種類あるって事は料金はダブル料金×10+シングル1でいいのよね♪
このお店のアイスが美味しいって聞いてたから
これは是非食べなくちゃって楽しみにしてたのよね〜っ♪」
満面の笑みを返してくれる可愛らしいお客様。

思わず連れの男に視線をやるも、彼は彼で「どれにしようかな〜」と、
真面目な顔でメニューとにらめっこ中。

「え・・・と、おきゃくさま。失礼ですが、うちのレギュラーサイズはボリュームが結構ありまして・・・」

万が一の願いを込めて確認の言葉を口にしたものの。

「だから余計に楽しみなんじゃないv」
早く作ってと、表情で促され、店員Bは覚悟を決めました。

たとえ途中で食べきれなくなっても隣の彼氏が完食してくれる事を祈ろう、と。







ディッシャーを握り締め、お持ち帰り用の厚紙製カップの中でも最大のものを小脇に抱え込んで。

ぐいっ。

かしゃん。

ぐいっ。

かしゃん。

ぐいいっ。

かしゃん・・・。

うなぎの寝床のように長いカウンターの端から端までをせっせと動き回り、
ようやく注文の品を作り終えた時には、店員Bの額からは一筋の汗が伝い落ちておりました。







「ど、どうぞ」

『我ながら良く盛れたよなぁ・・・』と、思うほどてんこもりに積み上げられた
アイスクリームを、少女に手渡そうとした時でした。

横から声がかかったのは。

「オレもリナと同じで」







同じで。

同じで。

おなじで・・・。







この凄まじい光景を見てなお、そう言うか。

予想外の注文再び。



「・・・・」



彼はもう、何も言わずに新しい巨大カップを小脇に抱えて作業を再開しました。

なぜなら、子供のようにソワソワと注文の品が出来上がるのを待ちわびる男の横で
「う〜んvvv でりぃしゃす♪」
この世の幸せを全部集めたような笑顔を浮かべ、彼女のスプーンを操る手と、
それを迎え入れる口が見事な連係プレーを演じながら、
急速にしかし着実に、カップの中身を減らしていたからです。








結局その日、お店は開店後僅か30分で営業を終える事になりました。

臨時閉店の張り紙を見た常連さんからは何があったのか?と聞かれたりもしましたが
『一週間後にサービスデーをやり直しますので・・・』と答えるのがやっと。

その日、お店の中では店員A、B、そして店主がものの見事に空になったショーケースを
眺めながら、キツネにつままれたような顔で突っ立っていたそうです。

「俺は夢を見ていたんだろうか・・・」

「私は昨日仕込をしなかっただろうか・・・」

「・・・・・・」

誰もあれは現実だったと信じたくなかったのかもしれません。

数日営業するに困らない量のアイスクリームを、たった二人の男女が食べつくしてしまったなんて。

しかし、カウンターに置かれた金貨が、それは現実に起こった事だと告げていました。





それ以来、このお店のサービスデーには一つだけ決まりが出来ました。
『サービスは一人一日一回のみ』と。





本当は氷菓=シャーベットなんでしょうが、
スレ世界と言う事でアイスクリームも含めて氷菓と書きました。 
本当は乳脂肪分等の比率のよって
氷菓、アイスミルク、ラクトアイス、アイスクリームと
分けられています。