こんな日があってもいいじゃない?







この時間には、いつも仕事をしているはずなのにな〜
あたしはう〜んと伸びをして、青い空を眺めた。

今日、急な都合で講義が休講になってしまって臨時のお休み。
影響が響いて明後日まであたしの出番はなしで。

 正直久しぶりのまとまった休みなのだが、だからといってどこかに出かける気に
 ならないのは、あたしも年を取ったからだろうか。

 昔は今とは逆で、旅の空が普段の生活で。

 どこかに留まるのは、仕事の依頼があった時か
 それとも、他の事情があるときか。

 まぁ、どっちにしろそれは『非』日常という奴だったか。

 普段はいつでも移動していたように思う。

 朝起きて、宿から発って、ひたすら歩く。

 目的が有る時も、無い時も。

 あたしはまだ見たことの無いもの、いまだ出会っていない美味しい物を求めて
 足を動かし続けていた。

 きっかけこそ、ねーちゃんの「世界を見てきなさい」の一言だったけど
 今はそう言って背中を押してくれた事に感謝している。

 きっと、ねーちゃんは知っていたんだろう。

 あたしが、故郷に留まっている事にどこか閉塞感を感じていた事を。

 そして、知らず知らずのうちに、あたしの中に慢心が巣くっていた事も。

 だから背中を押して、広い世界に飛び出させてくれたんだ。

 キツイ風に吹かれても。

 何かに押し潰されそうになっても。

 あたしはそれらを乗り越えられると、信じてくれてたから。

 いろんな人に出会い、沢山の経験を経て。

 あたしの世界は広がりつづけ。

 沢山の良き仲間にも、そうでない知り合いにも
 いろんな出会いを経て、今のあたしになったのだ。



 旅立ったのは10代の始め。

 そして、旅を終えたのは、20歳になろうかという頃。

 故郷に帰ったあたしを出迎えて、ねーちゃんは一言
 「いい顔になったわね」と言ってくれた。

 嬉しかった。

 やっと、少し認めてもらえたような気がして
 満面の笑みを浮かべてしまったあたしに、
 「で、あそこの彼はいつ紹介してくれるのよ?」と。

 とりあえず近くの木の陰に潜ませておいたガウリイめがけ、
「まずは挨拶代わりね♪」と視線はこちらに向けたままで
 たまたま持っていた薪を半ダースほど猛スピードで叩き込みつつ
 (もちろんガウリイは全部防ぎきっていたが)
 秘密を共有するかのような微笑を浮かべて聞いてくれたものだった。

 その後、「なんであんな天然がいいんだ」と渋る父ちゃんの
説得工作に勤しむあたしとガウリイに、ねーちゃんの協力も手伝って。

 晴れてあたし達は収まる所に収まって。

 今は姓をインバースからガブリエフに替えて
 実家の近所で家を建てて暮らしているのだ。

 あたしは魔道士協会の上級黒魔法の講師。

 あいつは宮廷騎士団の剣術指南役として。

 元々豪快な土地柄も手伝って、ちょくちょく騒ぎが起こる事もあるけれど。
 おおむね平和な毎日。
 

 それが、いきなり湧いて出た休暇と言う、まったく自由な時間。
 一体、どう使おうか・・・。







 ちゅっど〜ん!!

 べきばきどこぼこっ!!

 ぽぎゅっ!!

 バチバチバチバチッ!!!!!
 





 嗚呼、久しぶりの盗賊いぢめ(はぁと)♪

 心はウキウキ、胸はわくわく。

 今度の授業時のよいサンプルも取れたことだし
 ガウリイには気付かれてないはずだし♪

 これだけ大掛かりな仕事は、かれこれ1年ぶりかも。

 大体、真昼間からアジトに乗り込まれちゃ、落ち着く余裕もありゃしないだろう。
 それを狙ってハデな襲撃をしたんだから、乗ってもらわないと困るのよっ!!

 と。

 ノリで少し遠くの町に出没するようになっていた通称「白玉にゃんこの牙」とか言う
 かなりふざけた名前の盗賊団をあっさりとへち倒して、全員キリキリお縄に付かせ。

 役所からの報奨金とお宝の二重取りという乙女の憧れを久しぶりに実践して、
 あったかくなった懐を撫ぜ擦りながら、家路に着く途中の草原で一休み♪っと。



 数時間前の血生臭い(一方的な)修羅場の雰囲気も嫌いじゃないけど、今みたいな
 穏やかな草原で青い空を眺めながら今日の晩御飯をどうしようかと考えるのも悪くない。

 元々お料理も嫌いじゃないし美味しい物はもっと好きだし。

それにガウリイが喜んでくれるのが
 何より嬉しいと思うようになったからかな?と思ったりして。

 ここから家までは翔風界で飛んで小一時間ほど。

 途中で市場にでも寄って食材を買い込んでから帰りましょうか。
 昨日は肉をたくさん食べたから今日は野菜中心で攻めるのも悪くないわね・・・。

 なんて事を考えながら立ち上がろうとしたらば。

 「こら、リナ。 こんな所まで盗賊いぢめに来るんじゃない」と、よ〜く聞き覚えのある
 いや、ありすぎる声が頭上から落ちてきた。

 「まったく、お前さんは・・・」
こちらの返答を待たずにお説教を始める声は、言葉とは裏腹に
 しょうがないなぁ、という諦め半分、苦笑半分と言った所で。

 「だあって、久しぶりの休暇だったんだからあたしの好きに過ごしたって良いでしょう?」
 よいっしょ、と立ち上がりながらあたしを見つめてる青い瞳を手で隠してやった。

 「リーナー?」

 「ガウリイこそ、こんな所で何やってるのよ?
今日はお城で見習い騎士達の御披露目があるから
 遅くなるって言ってたじゃないの」

 よいしょ、とガウリイの大きな手があたしの手を包み込んで下げる。

 「それがな。ちょっと前フリ代わりに木刀で模擬戦をやってみたんだが、
なんでだかその後御披露目が延期になっちまった。
で、リナと昼飯を食おうと思って魔道士協会に出かけたら
 おまえさんはいないって言われるし家にも戻ってない。となると、心当たりは・・・って訳だ」
 握ったままの手をそっと持ち代え、ガウリイの指とあたしの指を絡める。

あーあ、模擬先だってのに張り切っちゃって本気モード見せたわね、こりゃ。
ひよっこ騎士君達には目の毒だったんだろうな・・・。
今年も辞退者が出るかもしんないわね。

 「まったく、昔っからこういう勘だけは鋭いんだから・・・『翔風界』」
 ふわり、あたしとガウリイの身体が宙に舞った。

 「なー、リナ〜。 今日の晩飯は何にするんだ〜?」

 「一応野菜中心メニューで行くつもりなんだけど、市場で良い物があったら変更するかも」

 「ピーマンだけは勘弁してくれよなー」

 「やーよ、ちゃんと食べなさいよ〜」

 辺りを取り巻く風の結界に遮られて、あたし達の会話は誰に聞こえるわけでもなし。

 ダラダラと思ったままにしゃべくって。

 「あんたねー、一応宮廷騎士団の指南役なんて職に着いてる奴が
「ピーマンが食べれない」ってどうなのよ? 全然様にならないわよ〜」

 ウリウリとからかってやると「苦手なもんは苦手なんだ。それよりリナこそ魔道士協会の中でも
 結構偉い人になったって言うのに、盗賊いぢめの癖、なんとかならんのか?」

 おっと、思わぬ逆襲がきた。

 「いいじゃない、悪人を倒して地域に貢献。しかも次の授業のサンプルまで取れたから
 一石二鳥のとっても有意義な休日の過ごし方だったと思うわ♪」

 「それにお前さんの懐も暖かくなっただろうから一石三鳥だろう?」

 「まぁま、そんなに拘らないでよ。あたしの懐が暖かくなるって事は
ガウリイの懐が暖かくなるって事じゃない♪」

 そろそろ降下しなきゃね。市場の手前で降りよう。

 呪文を解いて地上に降り立って、パッと繋いでいた手を放し・・・てくれないのは何故?

 「オレの懐が暖かくなったんなら、食後のデザートも食いたいな」

「んじゃ、それも一緒に買って帰ればいいじゃない♪」

「おうっ!」







二人、肩を並べて市場をそぞろ歩く。

これまでも、これからも。

年を取ろうが肩書きが変わろうがこれだけは。

変わらない、変えたくない幸せのワンシーン。