うっそうと木々の茂った急勾配の獣道を、あたしはザクザクと歩く。

行く手を細い枝や葉っぱが遮るけど、音を立てないように手で払いのけつつ
出来るだけのスピードで先を急ぐ。

そう、あたしは一人。


早く、でも静かに悟られぬようにと道を急ぎ、小一時間ほどかかって
何とか目的地が見える場所に到達する。


視線の先には無骨な外観の山城。

外敵からの攻撃に耐えうるようにと
城壁は高くそびえ、
窓の類は殆どないか、あっても人が潜り抜けられるような大きさではない。


「さて、と。 どう攻めたものかしら」

もしこれが盗賊のアジトであったなら、問答無用のファイヤーボールでも
ブチかまし
突破口を作るのと、奇襲の両方を兼ねる事もできるのだが。

「今回はあまり派手なこと出来ないしね・・・」

あたしは一人ごちた。







城内部にいたる道は一本。そしてそこには無数の雑兵の姿がある。

手段としてはレビテーションで城上部から侵入、ベフィス・ブリングで床を抜いて
一気にラスボス戦になだれ込むって手もありはするだが・・・。

「そうもいかない、か」

中には人質がいるのだ。


それも年端も行かない赤ん坊と、その母親。
あの城のどこかに幽閉されている二人を救出すること。
それが今回のあたしの主目的なのだ。
 



あたしに関わるとろくな事がない。

あの人達だって、たった一言あたしと話しただけだったのに、
こんな事に巻き込まれちゃって。


道ですれ違った時、落としたハンカチを拾って渡しただけだったのに。
 



あたしと彼女達が別れた直後。
一瞬、嫌な気配を感じて、すぐに消えて。

後ろを振り返ったあたしが見たのは、道に転がったおしゃぶりと一枚の紙切れ。

『リナ=インバースに告ぐ。今夜、一人で山の中腹にある我が城まで来い。
断っても良いが、その時は違う誰かが我が牙の餌食になるであろう。

報酬は、可愛い小鳥が2羽』




それが総てだった。

魔族相手に一人で戦いを挑む。

今までなら、ガウリイや仲間がいたけど。

今は一人だ。
 






先の戦闘でアメリアとゼルガディスが大怪我を負って。

ガウリイも重くはないが、けして軽くはない状態。

無事だったのはあたし一人。

彼らは街の治療院で傷を癒してもらっている。
本当ならあたしもそこにいて
彼らの身の回りの手伝い位してなきゃ
いけなかったんだろうけど。


倒した魔族が死に際に残したセリフが、あたしの中に呪いとして残っていた。

『・・・お前が死ぬまで我らは挑み続け、そしてお前の仲間も傷つき続けるだろう』
 



あたしといる事で仲間が危険な目に遭うと言うのなら。
 


なら、あたしは一人でいい。

もう、一人でいい。

あたしだけを狙ってくるのなら、一人になれば他の人は巻き込まれずにすむ。

万が一アメリア達が襲われたら、と、心配になるけれど。

彼らのそばにはガウリイがいる。傷が癒えれば戦える。
いざとなったら彼らの力でも何とかなるだろう。
 それに標的であるあたしが単独という、襲撃にはもってこいの状況で
わざわざ他所に戦力を分断する意味もないだろうし。

つまり、あたしが一人になればガウリイ達の身の安全は
かなりの確率で保証される。


そう思ってたのに、まさか一般人まで巻き込まれるとは思わなかった。

目前の兵士達も城の内部にいるであろう敵も。

その殆どは術で操られているだけの、ただの人間なのだ。

ある意味被害者である彼らを傷つけるわけにはいかない、
これが大胆な手法を使えない最大の理由。




 
ふと、城の上方で光るものが見える。

月明かりに照らされたのは、巨大な鳥籠。

鋼鉄で作られているらしいそれは、尖塔の先から太い鎖で
吊り下げられているように見えて。


あたしの目はその中に動く影を、見た。

鋼鉄で作られた鳥篭の床にはへたり込んだ女性。

その両手は、何かをしっかりと抱きかかえている。

風に乗って、切れ切れに聴こえて来たのは。

「・・・こ、よいこ・・・ね。 怖くないわ・・・大丈夫・・・」

震える声で赤子をあやす母の声。


早く、助けないと。






ガサガサッ。
背後から物音と一緒に大きな影が忍び寄る!

まずい、後ろを取られたか!?

腰のショートソードを引き抜いて、戦闘態勢のまま後ろを振り返る。

「こら、なんで一人で行っちまうんだ」

影の正体は、やや怒った顔のガウリイと・・・ゼルガディス。

「まったく、俺達の治療がすむまで待てんのか」

「本当に油断も隙もあったもんじゃない」

呆れたような声と一緒に、ゴチンと一発。

あたしの頭にガウリイの拳が落ちてくる。

「なんで? どうしてあんた達がここにいるのよ!!」

声を潜めつつも、驚きの声をあげたあたしに、二人はやれやれと肩をすくめて
「リナが一人で山に入るって事はだなぁ」
「盗賊いぢめだろう? たまには俺達にも手伝わせてくれ。
今回は治療費も馬鹿にならんかっただろうしな」なんて
好き放題言ってるし。

しょうがないな、という顔であたしを見ている男二人。

「あ、あんたら・・・人をそういう目で見てたのね」

さて、どうしよう。一人で来いって言われたのに。
これ以上誰も巻き込みたくないのに。

「あんたたちアメリアの事ほっといていいの?
あたしはちょっと散歩に来ただけなんだから」

あたしはここに居ないアメリアを引き合いに出して
さっさと帰ってもらおうと思ったのが。

「ああ、アメリアももうすぐ来るさ。 あれはタフだからな」
にやりと笑うゼル。 ったく、嬉しそうにいうんじゃないわよ。

「それにだ」ポンポンっと、人の頭に手を乗せながら
「今回の獲物は繊細なんだろう? なら、そっちはオレ達が引き受けるから
お前さんは頭を倒しに行ってこいよ。 すぐにオレ達も追いかけるしな」
にこやかに笑いながらガウリイが言う。

「リナが一人になりたいって気持ちも判らなくもないがなぁ。
でも、オレもゼルもアメリアも。みんなお前さんの事が心配なんだ。
だから、連れて行ってくれよ。 遠慮しないで、な?」

グリグリと人の頭を撫でながら、ガウリイの声はのんびりそのもの。

「このあたしが盗賊ごときにむざむざやられると思ってるの?」

「まぁ、そりゃそうなんだが。 でも、付き合うから」

「それに、厄介ごとを片付けるには人手は多い方が良かろう?」

あたしの返答にもめげず、二人はついてくる気満々で
とても引き下がってくれそうにない。

「・・・しゃあないわね。 んじゃ、そっちは頼んだわよ?」

本当のとこ、分かってるんでしょ?

ガウリイが盗賊相手に真剣な目なんてしないし、ゼルだって
戦闘前からアストラル・ヴァインをつかったりしない。

つまり、そういう事。

「ああ」

「たまには手伝わないと後でうるさそうだしな」

深刻さなんて微塵も感じさえない微笑を浮かべながら
ゼルがレビテーションでガウリイを持ち上げて。

「じゃあ、俺達は先に小鳥を確保してくる。それからみんなで城の大掃除と
決め込もうか」

「リナ、すぐに行くから無茶するなよ」

空に浮かんだ二人の姿が心強くて嬉しかった。

「わかった、そっちは任せる」

にっと笑ってあたしも呪文を唱える。

ガウリイたちが小鳥を逃がすまでの間、敵の注意を引きつけなくては。

大丈夫。

絶対、うまくやれる。

だって。 あたしは一人じゃ、ない。