観覧車











カタカタ・・・と、細かな音を立ててゴンドラが上昇していく。

かなり小作りな座席は、ガウリイとあたしが向かい合わせに
座るだけで定員いっぱい。

秋の空を渡る風が涼しくて気持ちいい。

半分ほど上がった地点で視界を遮っていた木の高さを越えて、
遠くに光る海が見えた。





日も暮れようとする頃、一夜の宿を求めてトゥーレーンの村に立ち寄ったあたし達。

道の奥に見えたのは、カラフルでゴテゴテした飾りも賑やかな建造物で。

「リナ!! 移動遊園地が来ているぞ!!」
ガウリイが驚きと嬉しさが混じった声で叫んだ。

「本当ね。よくもまぁ、こんな時期に・・・」
レッサーデーモンの大量発生が収まり、ようやく世の中も
落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、村から村、街から街をこんな大荷物を
抱えて移動してたらいつ盗賊に襲われてもおかしくないというのに。

ふと傍らを見ると、獣の爪あとも無残に戸口を壊された納屋が見える。

ここもかつて『何か』に襲撃を受けたのだろうか。
遊具が置かれている広場からは、子供達の楽しげな歓声が聞こえていた。

ああ、ここは平和なんだ・・・。

ぼうっとそんな事を思っていたら、グイッと急に手を引っ張られる。

「リナ、ほら行こう!!」

力強く温かい手。大きな手。ガウリイの手。

生きている証しの温もり。



あの事件の後。

ふとした時に沈みがちになるあたしを、いつもこうしてガウリイが引っ張ってくれる。

だから、あたしは少しずつ気持ちを整理して前を向く事ができるんだと思う。

「うん、何か食べ物の屋台がでてるかしら?」

意識して作った笑顔を浮かべてあたしは走り出す。

ほら、笑えるよ、大丈夫だから。

本当に少しずつだけど、悲しみを乗り越えられるようにと努力してるから。

前を走ってるガウリイが、一瞬だけこちらを振り返った。






広場は大人も子供も溢れていて、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

通り過ぎる人たちは、よそ者であるあたし達に見向きもしない。

この村の規模からすると客の数はかなり多いし
きっと近隣の村からも人が集まってきてるんだろうな。

母親と子供が手を繋ぎ、後ろから小さな子を肩車した
父親らしき人物が歩いていく。

そこらじゅうに派手な色のランプが灯り、広場はまるで
昼間のように明るく、吟遊詩人が朗々と歌い奏でる勇壮な英雄譚が
賑わいに彩りを添えて。

回転木馬は子供や娘達を乗せて歓声と共にクルクル巡る。

ダーツや輪投げといった小型の遊戯から巨大ブランコや簡易迷路といった
大掛かりなもの、そして何より目を引いたのが周辺の木々より高い観覧車だった。

2人乗りらしいゴンドラが8個取り付けられて、動力は・・・なんだろう。
一見すると自動で動いているようにも見える。
普通なら人力で回したりするのが普通だと思ったんだけど、
ここのはちょっと違うみたい。

「・・・ナ、リナっ!!」

カクカクと肩を揺さぶられて、いつの間にか
思考の海に沈んでいた事を知る。

「リナ、そんなにあれが珍しいのか?」
ガウリイが優しい微笑みであたしの顔を覗きこんでいた。

「ああ・・・ちょっと動力が気になっただけ」

あいまいに笑って誤魔化したあたしを、ガウリイは追求してこなかった。

以前ならガウリイがわざとそうやってるなんて考えもしなかったけど。

今のあたしは知ってる。

ガウリイが、さり気なくあたしを見守ってくれている事を。

「ガウリイは何か乗りたい?」
聞いてみると「それよりオレは飯が良いな」と。






それじゃあ先に宿を探しましょうかと、広場を後にしようとした時だった。

「大変だ!!」

悲鳴が、聞こえた。







また。

また、繰り返すの?

身体はすぐに動いた。

悲鳴の元に一目散に走る。

もう、あんなのは見たくない。
あたしの目の前で、もう悲劇は見たくない。







駆けつけた場所は、巨大観覧車の下だった。
乗り場辺りで係員らしき男が客と思しき男女に詰め寄られている。

「だから、早くどうにか・・・」

「ですから、今整備の者を呼びに」

「そんな悠長な事を言っている場合か!! 
うちの娘に何かあったらどう責任を取るつもりだ!!」

「早くフレアちゃんを降ろして!!」

上方を仰ぎ見ると、観覧車の動きがおかしい。

通常なら一定方向にゆっくりと回転するはずが、ガックンガックンと
前後に揺れるだけでゴンドラが下に降りてくる気配がないのだ。

どうやら動力系のトラブルらしい。
が、それが判った所で乗客の恐怖感がなくなるはずもなく
子供の「怖いよ〜」という泣き声が聞こえてくる。

「リナ」

硬い声でガウリイがあたしを呼んだ。

判ってる。

「ちょっと待ってて」

ガウリイに一言断りを入れてレビテーションを唱え。

そのまま上空に揚がってみると・・・お客さん、満員じゃない。
大人が3人と、あとは子供ばっかりね。

突然現れてフワフワと宙に浮かぶあたしに気がついたのか、
子供達の泣き声が一斉にピタリと止まった。

皆びっくりした顔でこっちを見ている。

「今から順番におねーちゃんが抱っこして降ろしたげるから。
いい子で待ってるのよ♪」

怖がらせないように軽く手を上げて挨拶すると・・・
さっきまでの引きつった顔はどこへやら。

キャーキャーと興奮した歓声が巻き起こり、目を輝かせて
席から立ち上がろうとする子まで。

「ちゃんと良い子で座っている子から降ろそっかな〜?」
うーんと考える振りをすると、途端にちょこんと席に戻る子供達。
もう、その顔には恐怖に怯えたりはしていない。

「さ、順番に下に降ろしてあげるからね」

とりあえず一番頂上に近いゴンドラに近づくと
男の子と女の子、2人が寄り添うように乗っていて。

「ウ〜ン、二人揃って降ろす事もできるけど・・・。
あんた達、片手で抱きかかえられても怖がって暴れたりしない?」

聞いたあたしに答えたのは金髪巻き毛の男の子だった。

「先にフレアを降ろしてあげてください。 
ご両親が心配しているし、僕は大丈夫だから」

男の子は気丈に言い切ると
「さぁ、フレア。お姉さんの傍に行って」と、
彼女の手を取りあたしの方へと促した。

「フレアちゃん、すぐに皆下に降ろすから大丈夫よ。こっち来れる?」

笑顔を作って声を掛けたあたしに彼女はペコリと頭を下げて
ハッキリした声で「お願いします」と言った。

「レン。下で待ってる」

「うん、待ってて」

「さ、行くわよ?」
軽くて甘い、子供特有の匂いのする身体をギュッと抱いて、ゆっくりと下降する。

 他のゴンドラの子供達が羨ましげに見ているので
「もうちょっとだけ待っててね」と声を掛けて。

地上からは歓声が上がり、無事地上に降り立ったあたし達の元には
フレアちゃんのご両親が駆け寄ってきた。

涙ながらに礼を言う彼らに
「他の子を降ろしてきますのでお手伝いをお願いします」
とだけ言って、再びあたしは宙に舞った。

大人達は遅ればせながらテントの布を剥ぎ取って広げ、
万が一子供達が転落した時には受け止めてやると踏ん張ってて。

ガウリイは?とキョロキョロ探してみると、何と奴は防具を脱いで
下の方の大人の乗客をおんぶで降ろしてくれてるらしい。

・・・まったく、すごい体力よね。

一人、また一人とあたしが上部の乗客を降ろしているうちに、
ガウリイもすっかり下の方の乗客を降ろしてしまったようだ。

ほんの10分ほどで作業は終わり、一仕事終えたあたし達の周りには
すっかり人垣ができていた。






それからあとは、感謝されたり懐かれたり。

遅れて汗だくで駆けつけた責任者と、労働に対する
正当な報酬の交渉を済ませて宿に部屋を取り、
届けられた果物やお礼の品と一緒に夕食を済ませて部屋に戻るまで。

もちろんその間、あたしは笑ってた。いつも通りに振舞ってた筈。

でも、どうしてだろう。

部屋に入って一人になった途端にクシャッと歪んだあたしの顔。

今回は悲しい光景を見なくて済んだ。

何とかなった。

でも、この次は?



今度悲鳴が聞こえて駆けつけた時、あたしはまた何も出来ないかもしれない。

サイラーグでの事件後、実はこっそりとリザレクションを習得しようと
頑張ってはみたものの、結局それは叶わなかった。

あたしの得意とする黒魔法と対極に位置する白魔法。

その中でも高位にあたる復活は、あたしとは相性が
悪すぎるのか、どう足掻いても発動する事はなかったのだ。



コンコン、とドアがノックされた。

ハイと答えてドアを開くとそこにいたのは
「レン君、だったわね?」
小さな淑女を優先させた勇敢な少年。

「何か用?」

「えーと、村のみんなからお礼がしたいって、呼びに来たんです。
一緒に来ていただけますか?」

そう言ってちょっと強引にあたしの手を取り引っ張っていく。

「ちょっと、ガウリイは!?」

「ガウリイさんなら先に行って待ってます」

牽かれるままに宿を出て、道を走って辿りついた先はさっきの広場。

「リナ!!」

観覧車の下では、ガウリイと数人の大人達があたしを待っていた。

「これはどういう?」

「いいから、さぁ。乗るぞ?」

さあさあと促されて、ゴンドラに乗せられるあたしとガウリイ。

「では、ゆっくりと夜景をお楽しみくださいませ」

にこやかにレンが扉を閉めながら笑う。







そして、ゴンドラはゆっくりと上昇を始めた。







「ねえ、これってまさか修理が完了したかの実験台なんじゃないでしょうね?」

「いや? オレが来る前に試運転してたみたいだから大丈夫じゃないか?」

ガウリイはのんきに景色を楽しんでる。

緩々と上昇を続ける観覧車。

秋のひんやりとした空気と枯葉の匂い。

沈みゆく夕日とそれを映すさざめく水面。

「あれは・・・海!?」

紅と黄金、輝く光。

壮大なパノラマ。



「・・・綺麗だなぁ」



ガウリイの声に我に返る。

こんなに綺麗な風景も。

もしかしたら消えていたかもしれないんだ・・・。

ぶり返す、胸の痛み。







「なぁ、リナ」

急に真面目な声で名前を呼ばれた。

「リナはさ、ちっちゃいよな」

「何よ! けんか売ってるの?」

ワザと威勢良く答えたつもりがガウリイにはお見通しだったみたいで。

「そんで、世界は広いよな。・・・そんなもん、
リナが全部背負う事はないんだぞ?」って。

「そんな大それた事思っちゃいないわよ」

あたしはプイとそっぽを向いてみたけど。

胸のどこかにはきっとあった。

もう、悲劇は見たくない。

だからあたしは戦うんだって、自分勝手な気負いが。

「リナの手はこんなに小さく繊細で。 お前さんの心は優しくて柔かい。
どんなに戦い慣れていようが、心までは慣れられないし慣れちゃいけないとオレは思う」

ギュッと、肩を引き寄せられる。

「世界は広くて、お前さんは小さくて。その全部で起こる事件に
片っ端から首を突っ込むなんて、どんな事をしても
できっこないし、やる必要もない。
それはその場にいる奴らが何とかする事だし、そこに俺達が
たまたま居合わせたら助けてやればいい。
それだけの事なんだって、きっと。な?」

黙ったままのあたしの頭を自分の胸に引き寄せながら、ガウリイがボソッと言った。
「だから。もう、一人で抱え込むな」と。

「・・・ありがと」

ガウリイの声が、じん、とあたしの心に滲みこんで。

鼻の頭が痛くなっちゃうじゃないの、もうっ!!

ボロボロと勝手に込み上げてくる涙もそのままで、あたしはガウリイにしがみついた。

涙が零れるのと同時に、あたしの背中に圧し掛かっていたものが軽くなってく。

ただただ泣き続けるあたしの背中をガウリイの温かな手は、ずっと擦ってくれていた。






「リナ!! 見ろよ!!」

ようやく泣き止んだ頃、驚いた声でガウリイがあたしの肩を揺さぶった。

「なに・・・!!」

顔を上げて、目に飛び込んできた景色は。
暗くなった森や村からフワフワと夜空に飛び立つフェアリーソウル!!

「ここもな。やっぱり色んな事があったんだと。
でもな、ここの人たちは全部自分達で乗り越えて踏ん張ってる。
・・・大丈夫だよ。人間はそれほど弱くない。みんなしぶとく生きていくんだ」

「うん・・・」

ガウリイに抱かれたまま、ほの光るフェアリーソウルを眺める。

一説によれば死んだ人の魂とも言われる光だけど。

その光はあたしを慰め、元気付けようとするように美しく夜空を漂う。

そんな穏やかな光をあたし達はただ、静かに眺め続けていたのだった。







「ねえ、もしかしてこれって止まってない?」

「ああ、頂上に着いたら止めるからって言ってたな」

「じゃあ、降りるのは?」

「もちろんリナにお任せだ」

当然のようにニパッと笑うガウリイに、「あんただって自力で降りられるでしょうが」って
デコピン一発。

「んじゃ、もうちょっとだけ付き合ってよね」

心から笑えたあたしに「リナが満足するまで付き合うさ」って。

穏やかに答えてくれたガウリイに、あたしはもうちょっとだけ凭れかかる事にした。