ポワソンダブリル










今までの旅の連れ兼自称保護者殿が、世間一般で言う所の『恋人』になっ
たのは、つい先日の事。

 いつものようにお食事バトルを繰り広げ、お腹は満腹、気分は上々な所に
まるでこの後の予定を聞くかのようにお気軽な声で。
「リナ、オレもう保護者を卒業して、お前さんの恋人になりたいな」と。
向かいに座ったガウリイが、にっこりと笑ってのたもうたのは。

一瞬、何を言われたのか理解できなかったあたしは思わず「はい?」と
間抜けな返事を返してしまったのだが。

「だから、オレはリナと恋人同士になりたいんだ」って。

今度はしっかりと、あたしの頭の中まで届いちゃった。

で、聞いちゃったからには今更聞かなかった振りも出来ないし・・・。

・・・・・・。

『ぽんっ。』

左手を上向きに開いて、そこに握った右手を打ち下ろすと、ちょうどこんな音
が出る、っと。

「ねえ、ガウリイ? あんた、『恋人』って意味、判って言ってる?」

まずこんな事を確認しないといけない辺り、何となく情けないような気持ちに
なるけど、相手がガウリイだから仕方ない。

「意味って・・・リナ、お前さん恋人って何なのか知らないのか?」



どべしっ!!



「このあたしがそんな常識的な事を知らないわけないでしょうが!!
あたしが聞いてるのは、あんたが言った『恋人』とやらが、あたしの認識してる
『恋人』の概念と一致しているのか、って事を聞いてるのよっ!!」

いつも懐に常備しているリナちん特製『対ガウリイ突っ込み専用スリッパ』で、
奴の頭をど突きまわしつつ、言いたい事はしっかりと言った、うん、言った。

「っててて、何もど突く事ないじゃないか。
オレが言っているのは、多分リナと同じ意味の事でさ。 つまり、その・・・なんだ。」

          みょーに頬を赤らめながら、こっちを見るのはやめて欲しいんですけど・・・。
何だかあたしまで恥ずかしくなってしまう。

「そのな。オレはお前さんを、一人の女性として惚れちまっててさ。 でな、毎晩
夢を見るんだよ。 ・・・その、リナが出てくる夢」

ちょっと・・・それって・・・。

「で、ない頭をひねって一生懸命考えた結果がだなぁ。
『オレはリナと・・・そういう事がしたい』って」

「あんたはそういう意味だけで恋人になりたいとか言うんじゃないっ!!」

まったく、やっぱりガウリイだわっ!!

「そんな寝ぼけたこという奴には・・・!!」

きゅごっ!!

「バースト・ロンド!!」

あたしが放った呪文は、いともあっさりと奴を吹き飛ばし。

「りぃ〜なぁぁぁぁぁぁぁ〜っ・・・」どんどん小さくなっていく声を聞きながら、
「やっぱし、ガウリイに何かを求めるのが間違いだった・・・」と、ヒクつくこめかみを
押さえたのだった。








「だからだな、ただ女が抱きたいってんならこんなに悩んだりしてないって」

しばらくしてから、再びテーブルに着いたガウリイが言う事には。
(かなりボロッちくなっちゃってるのは、完全無視の方向で)

「オレは前々からだな、リナの事が好きだったんだって」

ほほ〜う、これまで散々お子様扱いしておいて、今になってそうくるか。

「そんな事急に言われても信じられないも〜ん」

「それに、オレは他の女になんか、興味ないからな!!」

「今まで思いっきりお子様扱いしてきたのは一体誰よ?」

「それは、そうでもしなきゃオレの歯止めが効かなかったからで・・・」



へっ?・・・歯止め、って、何?



「今まで何回言っちまおうと思ったか。でも、今までそんな悠長な事してる余裕
もなかったし、リナだって言われても困っただろ?」

・・そりゃあ、覇王とゴタゴタやってる時とか、ミルガズィアさんと一緒の時にんな
事言われようものなら、「そんな事今言ってどうするのよ!!」と問答無用で叱って
本気になんてしなかっただろうけど・・・。

「ま、まぁ・・・ね」

「で、最近はオレ達の回りも大分落ち着いてきた事だし、今の最終目的地はお前さん
の実家のあるゼフィーリア。 ・・・普通男が女の実家に行くってどんな時だ?」



どんな時って・・・。



「だって、あんたあの時「葡萄の季節だろ」とか何とか言って、思いっきり
はぐらかしてたじゃない!!」

てっきりあたしはそういう意味で言われたのかと思って、かなりドキドキしたものだが。

それまでにも、ガウリイの意味深なセリフに振り回され続けた所為もあって、もう
ガウリイの言葉に変に期待を持つのはやめよう、と、乙女心に誓っていたのだった。

「それは否定せんが。 とにかく、今回ははぐらかすのはナシだ。
オレはお前さんが、リナ=インバースが好きだ。 もっと言うなら愛してる。
でもこのまま勝手に自称してたとは言え、保護者のままじゃお前さんに手が出せない
から、はっきりと言うことにした」

そうきっぱりと言い切る辺り、今回は本当に本気なんだろうか!?

「じゃ、じゃあ一体どうしたいのよ」
聞いちゃったあたしにガウリイは。

「だからだな。 さっきから言ってるみたいに、まずは保護者を卒業してだな。
それからリナにオレを恋愛対象として見てもらいたい。
で、そのままリナさえ良ければお前さんの実家に着いた時に、ご家族の人にちゃんと
挨拶して、結婚の許しを貰うつもりなんだが・・・」



・・・お〜い。



何で保護者卒業の話が一気に『お嬢さんを俺に下さい!!』話にまで発展するのよ。
あたしはクラゲの精神構造なんて知らないんだからねっ。

「どうだ? オレはリナにはふさわしくないか?」

そんな事急に言われても・・・って、「ちょっと待って」とにかく一度落ち着いて考えなきゃ。

「その返事、しばらく保留させてくれない?」

「なんで」

なによ、その意外そうな顔。

「だって、こんな重要な事、今すぐ返事なんて出来ないわ」

下手したら、答えた瞬間ベッドに引きずり込まれそうだもん。
何の心の準備も出来てない状況下では、それだけは避けたいし。

「とにかくお願い!!」

ガウリイに向かって、拝むようなポーズをとって「せめて三日、三日間頂戴!! 
それでちゃんと結論出すから」と、ひたすら拝み倒すと。

「・・・分かったよ。 三日待つ。
今まではぐらかし続けてきたオレも悪いんだし。
その代わり、三日たったらちゃんと答えを聞かせてくれよ」って
真剣な顔で言われちゃったのだった。









三日間なんて、すぐに過ぎた。

あたしはその期間中、ずっと宿の自室に篭りっきりで過ごしたのだ。

・・・本当は答えはすぐに出ていたんだけどね。

あたしは、ガウリイが好き。
これはどう誤魔化しようのない事実。

正直に言うと、ガウリイと恋人同士って関係になれる事は嬉しかったりする。

もうあたしを子ども扱いする事も無く、対等の女性として見てくれる事は
長年夢見て来た事だったりするし。

でも、それをガウリイに告げた途端に「なら、何も問題は無いな♪」とか言われちゃって
いきなりベッドに引きずり込まれるような事態は、避けて通りたい。

ガウリイはどうだか知らないけれど、あたしは男の人とお付き合いするのは初めてで。

やっぱり初めての恋人、って言うものにはそれなりの手順というか、
段階を踏んで欲しいな〜とか思っていたのだが。

今のガウリイにそういう余裕があるとも思えない。







下手に一歩も部屋から出ずに考え込んでしまった事も、あたしの恐怖に
拍車をかけてしまった。

ガウリイの顔を見るのが怖いのだ。

次にあいつと顔を合わせたら、きっと答えを求められるだろう。

そして、答えてしまったら・・・。



ああっ!! 堂々巡りだわっ!!!



一人で頭を抱えてうろうろと部屋の中をうろついていたら。



コンコン。



ノックの音が!!



「・・・入って良いか?」ガウリイの声!!

「ちょっ、ちょっとたんま!!」

まだ心の準備が出来てないのにっ!!

「リナ・・・」

扉越しにどこか悲しそうに聞こえたガウリイの声。

「お、お願い。もう少しだけ待って!! まだ時間は残ってるはずよっ!!」

お願い、もう少し。

もう少ししたら、うまくあたしの気持ちを伝えられる言葉を考えつけるはずだから。

ガウリイの声に気持ちが急かされて半ばパニックに陥りそうになったあたしの耳に届いたのは
「リナ・・・もういいから。オレが悪かった」

きっぱりとしたガウリイの言葉。



「え・・・」



何よ、それ・・・。



「リナがそんなに迷うって事は、オレの事をそういう風に見られないって事だろ?」

やだ、待ってよ。

「今まで散々子ども扱いしておいて、今更虫のいい話って思っただろうな」

そんな事ない。

「もうあんな事言わないから。 
だから、頼むから旅の相棒としてでいいから傍に置いてくれないか・・・」

そんなの、そんなの嫌っ!!



バンッ!!



「やだ、ガウリイっ!! そんなのいやっ!!」

「リナ・・・」

気がついたらあたしは、扉を開けてガウリイの腕の中に飛び込んでいた。

「何よっ! ちょっと待たされたくらいであたしの事諦めるの!?
もうあたしの事、要らないのっ!! あたし、あたしだって、ガウリイの事
好きなのにっ! こんなにぐちゃぐちゃになるまで考え込むほど好きだってのに、
あんたはそうじゃないって言うの!?」



くやしい。



悲しい。



もどかしい。



あんたにとってはそんなに軽い感情だったの!?

グルグルと胸の奥から喉の奥、頭の中までもありとあらゆる感情が渦巻いて、
苦しくて苦しくてわあっと叫びながら、あたしはガウリイの胸をボカスカ叩きまくっていた。

「ばかっ!!今まで散々思わせぶりな事したの、あんたじゃないっ!!
こんなにあたしを好きにさせたのはあんたじゃないっ!! なのにあんたはそんなに簡単に
あたしを諦められるっての!! 馬鹿にするんじゃないわよっ!!」

「違うっ!!リナが悩む位ならって、だからっ!!」
がしぃっとガウリイの両手が胸を叩いていたあたしの両手を掴んだ。

「なら最初から悩ませるような事言わないでよっ!! 好きだ、抱きたい?
そんなの全然わかんないよっ!!」



「惚れた女を抱きたいって思う事がそんなにいけない事かよっ!!」



目と目が合った。

ガウリイの目に浮かぶのは必死さを如実に表した強い光。



でも。



「そんなのいきなり言われたって、女のあたしにはわかんないっ!!
あたしが知ってる恋ってのは、もっとこう、穏やかで、ゆっくりと進んでいくものだって!!
・・・進んでいけるって」

そこであたしは途方に暮れてしまった。

実際に恋をした事がないあたしには、そんななけなしの知識にすがるしかなかったけど、
きっとガウリイは恋の経験も豊富なんだろう・・・。

「リナ・・・」

ギュッとガウリイに抱き締められ、そのまま頭を引き寄せられて彼の肩に頬を乗せる形になった。

「だって、だってあたしは今まで恋なんてしたことないもの。
どうすれば良いのか、どんな風に振舞えば良いのかなんてわかんないのにっ!!
なのにガウリイはいきなり抱きたいなんて言って来るしっ、待ってって言ってるのに
勝手にあたしに見切りをつけて諦めようとするしっ・・・」

「リナ、オレが悪かった。性急過ぎた、許してくれ・・・」

「いやっ、そんな言葉聞きたくないってば!!」

それ以上聞きたくないあたしは彼の腕の中、ジタバタともがくけれど。

あたしを抱き留め続けるガウリイの腕の力は緩まるどころか一層きつく抱き締めて来て。

「リナ、リナ、リナ・・・。
愛してる。好きなんだ、離したくないんだ・・・。
頼むから、そのままのオレを受け入れて欲しいんだ・・・」

あたしの耳元で囁き続けるガウリイの声は、今まで聞いた中で一番あたしの心を
締め付け切なくさせた。

ガウリイの言葉が、声が、あたしの中に滲みこんで胸の奥をキュゥゥゥッッと引き絞り、
訳のわからない感情をジワジワ喉元に押し上げてくる。

「あたしがあんたに抱かれれば、それであたしがあんたの全部を受け入れたって
思っちゃうの?
そんなただの身体の繋がりだけで、あんたは満足しちゃうって言うの!?
そんな事でっ、そんな事だけで・・・・」



「それでも。オレはそれが欲しい」



まるで駄々っ子のように、半泣きになりながら繰り返し思いを叫んでいたあたしの耳に、
はっきりと届いた声。

「ガウリイ・・・」

バッと、顔を上げて見つめなおしたガウリイの表情は。今にも泣き出しそうですごく苦しそうな、
狂気の一歩手前まで来てしまったような切羽詰った顔で・・・。

「判ってるんだ、今リナを無理やり抱いたって、リナの全部を手に入れた事になんか
ならないって。身体だけ繋げたって、それがリナを手に入れる事にはならないって!!
でも、でもな。オレだって男なんだ・・・。
ずっと好きで惚れてて触れたくてたまらなかったお前を、リナを。
抱きたいって思っちゃ、いけないのかよっ!!」



息が止まりそうなほどきつくきつく抱き締められてたあたしは、ガウリイの体が
小刻みに震えている事にようやく気がついた。



「好きなんだ、リナをオレだけのものにしたいんだ・・・。
リナが他の奴には絶対に許さない事を、オレだけには許して欲しいんだ・・・」

抱き締められて触れ合わさっている箇所が、熱くて。

それが布越しだって事に、妙に切なくなった。

「頼む・・・このままじゃ、どうにかなっちまう・・・。リナ・・・助けてくれっ・・・」

飢えてどうしようもないと、あたしに許しを請うガウリイに、愛おしさを
感じてしまったのは何故だろう。

ただひたすら一心不乱にあたしを求めるガウリイを抱き締めてあげたいって思ったのは、
母性本能と言う奴なのか。

「ガウリイ・・・。判ったから、少し力を緩めて・・・」

ぎゅうぎゅうと馬鹿力で抱き締められ続けて苦しい息の下、あたしは覚悟を決めた。

「頼む、逃げないでくれ・・・」

あたしがいなくなるのを恐れて逃がすまいと力を込めてくるガウリイの、
きつく食い縛られた唇にそっと。



そっと、目を閉じてキスを落とした。



「・・・リ・・・ナ・・・」

よほど思いがけない事だったのか、ガウリイは呆然としている。

フッと腕の力が緩んだすきを突いて、するりとガウリイの腕から抜け出して、
あたしはビシィっと指を情けない顔をしている男に突きつけて、告げた。

「あたしがあんたから逃げると思ってるの?
あのね、そういう事をするに当たって女の子には色々準備ってものが必要なんだから
その位待ちなさいって! それとも、せっかくの初体験を後から後悔させたいの!?
・・・だから、急かさないでよねっ!!」



何よ、そのポカンとした顔。

こんな事、あたしの口から言わせられるのなんてあんただけなんだからねっ!!

「リナ・・・」

「なによ」恥ずかしいからこっち見ないでよ。

「リナ、顔真っ赤だ」

「うるっさいわね、誰のせいだと思ってるのよ」

「ああ、オレのせいだ」

「嬉しそうに言わないでよっ!!
ああっ、もう、とにかくあんたは自分の部屋に帰って良い子で待ってなさい。
それから・・・。あんたも身だしなみ位しときなさいよっ!!」

照れも手伝って可愛くない捨て台詞を吐いてしまったが、ガウリイはそれでも
大満足だったらしく。

嬉しそうにあたしの額にキスをしてから「待ってるぞっ!!」って、いそいそ
自室に戻って行った。

ドキドキする心臓を押さえつつ、とりあえずお風呂場に向かいながらふと、
たまたま今日がエイプリルフールだって事を思いだしたけど。

「それやったら洒落にならないもんね」

迷いを払いのけるつもりで、あたしは盛大に頭からお湯をかぶった。







 















この後はまぁ、皆様のご想像のとおりだと思われます。
元々徹夜明けのテンパった頭でガシガシ書いてた文章の最後を
いじくって、今回のネタにしてみました。
丸一日保存して下げるつもりです。
最後まで書け、と思われる方多数かもしれませんが今はこれが精一杯です(笑)