海に近いこの街はちょうど、この地方に昔から伝わるという
「クリスマス」の時期だそうで。

夕暮れが迫ると人々は家路を急ぎ、雨戸を硬く閉めて中に篭り
商店までも一斉に店じまいしてしまう。

何とか確保した宿の食堂で、恐々と伝説を語る男は何を想像したのか、
ブルッと身震いをしつつ、外界へと繋がる扉を不安そうに見つめていた。

「ねえ、おっちゃん。 いったい「クリスマス」のどこが怖いのよ?」

「食材の追加が出来なくてすまんねぇ」と、
本当は自分のまかないだろう残り野菜のリゾットをサービスだと言って
振舞い詫びる主人に向かって、あたしは疑問を口にした。

あたしが知識として知っている「クリスマス」という行事は、
子供達への躾と教育の為の物だったと記憶している。

その一年、親の手伝いをしたり勉強を頑張ったりと、いわゆる「良い行い」をした
子供には、真冬の深夜、どこからともなくプレゼントが届けられ。
悪戯ばかりの悪童や怠け者の所には、生ゴミ等、嫌なものが贈られるという、
その出所を想像するのがちょっと怖い行事である。

まぁ、実際はプレゼントを用意するのはその子の家族なわけで、
大抵の子供たちはお菓子やら玩具をもらえる、楽しい行事だったはず。
なのに、この街の人々の怯えようはどういう事だろう。

「オレの所じゃあ、「さんた」って名前のおっさんが白い袋を背負って
無差別にプレゼントを配って歩くって話だがなぁ」

珍しく口を挟んだガウリイの脳みそに知識が残っていた事に驚きつつ、
「ここ流の「クリスマス」ってのを教えて欲しいんだけど」と頼んでみる。

「う〜ん。 あんたら、聞いても他の旅人に口外しないかい?
正直、毎年この時期は商売上がったりになっちまうんで、
これ以上悪い噂は立てたくないんだよ」

眉根に皺を寄せるおっちゃんに、「とりあえず話だけでもしてみなさいって。
内容によっちゃあ何とかできるかもしれないわよ」
ニッコリ笑って続きを促す。

「街の人達は「昔からそうだから」って怖さが先に立っちゃって、
真実が見えてないのかもしれないわ。
先入観のない余所者であるあたし達の方が、事件の真相を暴けるかもしれない」

真剣な顔でおっちゃんの手を取り、眼を見つめての
誠意溢るる説得に負けたのか。

「じゃあ、話だけしてみようかね。
その代わり、後で「怖くて寝られなくなった」とか「宿代まけろ」ってのは
頼むから勘弁しておくれなぁ」

何が怖いのか、フッと自分の背後を確認して。

おっちゃんは、恐怖の言い伝えを語り始めたのだった。








「なによあれ! 真冬の深夜に巨大な生き物が部屋を訪れては
枕元でボソボソ呟き続けるってのは!!」

テクテクと深夜の石畳を踏みしめながら、あたしとガウリイは
まったく人通りのない、薄暗いメインストリートを歩いていた。

「なぁ、怖いのか? それ」

「まぁ、一般の人には充分怖いんだろうけどさぁ。
普通なら侵入者って判断して、花瓶投げつけるなり大声上げるなり
いきなりファイアーボールブチかますなり、対抗手段があると思うんだけどね」

「リナよ・・・。 普通の人は呪文使えんぞ?」

ガウリイの指摘はあっさりスルーしつつ。

「それに、そいつの姿を目撃した人達は、一人残らず「あの事は忘れたい」って
黙して何も語らないって、いったいどういう事なのよ!!」

そうなのである。

実は、この数十年の間に幾十人もの「目撃者」がいるにも拘らず、
その誰一人もが、自分の見たものが「何」だったのか、口を濁すのである。

この話をしてくれたおっちゃんも、子供の頃、一度だけ「奴」の遭遇した経験が
あったらしいが「あんなもん、覚えていたいもんじゃないんだよ・・・」と
涙目で証言を拒絶されてしまった。

せめてヒントだけでも、と教えてもらえたのは
「奴」が単独行動をしている事ともう一つだけ。

外見とかの特徴は「頼むから想像させんでくれっ!!」と
鼻水垂らしながらしがみつかれて泣かれたので、潔く諦めた。





「ここ数年はみんなしっかりと戸締りをしている為か、屋内での
遭遇率は以前より下がっているらしいんだがなぁ。
代わりに、夜間出歩いている人間が被害に遭う事が増えてるらしい」

そう教えてもらったあたし達は』『クリスマスの変態』(あたし命名)を一目見るべく、
あてどなく夜の街を闊歩しているんだけど。

「う〜っ。 寒いわね〜」

道を吹き抜ける寒風に、あたしは思わず首をすくめた。
ちなみに今の格好はショルダーガードを外して、グローブとマントを着用。

マントの下には、宿で借りた厚手のセーターを着込んでいるんだけど・・・。

自分の身体をマント越しに、ギュッと抱き締めつつ
あたしはキョロキョロ辺りを警戒しながら、さり気なくガウリイの斜め後ろの位置に移動。

「リナ。 オレを風除けにする位なら諦めて宿に戻れば良いじゃないか」

すぐに呆れたようなガウリイの声が降ってくる。

「・・・バレてた?」

「ああ、さっきから寒いくせに「あれ」の為に我慢してる事もな。
まぁ、こういう事に首を突っ込みたがるのはリナの習性って奴だから
いまさら止めとけとは言わんがなぁ」

ガウリイは『しょうがないな』って顔で笑いながら、おもむろに
自分の着ていた外套を脱いであたしに着せ掛けてくれて。

「リナはそれ着てろ。 女の子が身体を冷やすのは良くないんだぞ?
代わりにもうちょっと粘ってもダメだったら、今晩は大人しく宿に帰る事。
奴を待つのは部屋でもできるんだろ?」

そう言うとガウリイの奴、いきなりあたしの肩に腕を回してきた!!

「ちょ、っと。 何すんのよっ!?」

驚いたあたしに、ガウリイは何でもないような口調で
「この方が暖かいだろ?」って。

「・・・うん」

確かに、この方が・・・あたたかい・・・。








結局、あたし達は宿に帰るまでそのまま寄り添っていた。

だって、その。 ・・・寒かったし。

布越しでもガウリイの体温が伝わって来て暖かかったったし、
特にそれを断るような理由もなかったし。

ガウリイだって、外套をあたしに取られた代わりにあたしの体温で
暖を取ってただけなんだろうしさ。

「ん〜? 何ごちゃごちゃ言ってるんだ?」

「ひゃっ!?」

背後から急に声を掛けられた所為で、きっと一センチほど飛び上がってたと思う。

今現在。 あたしは・・・ガウリイの部屋にいる。

先に言っておくが、断じて「あのね、一人じゃ寝られないの(ぽっ)」とかいう
シチュエーションではない!

奴を部屋で待ち受けるのに、窓が大通りに面しているガウリイの部屋の方が
都合がいいから、自分の分の毛布だの布団だのをかき集めて
ベッドの上で蓑虫よろしく座り込んでただけで!

「ほれ。 そんだけ着こんでもまだ寒いか?」

この部屋の主に手渡されたのは、温かそうな湯気が立つホットワイン。

「まぁ、あんまり無理しないでリナも寝ろよ」

ガウリイはあたしの横に座り込むと、毛布を一枚だけ被って
壁にもたれ眼を閉じてしまった。







「・・・・・・・・・・」

カタン

ぺたっ。

ぺた

 
「・・・来た」

「ああ」


ワザと鍵を掛けずにいた窓を開けて、何者かがこちらに向かっている気配。

足音だけに耳を澄ますと、湿った靴下でも履いて歩いているような、そんな音で。

ただ、現に部屋に侵入されている状況でも。

あたしはなぜか、身の危険ををまったく感じていなかった。

フッと、鼻をくすぐる潮の香り。

ペタペタと湿った足音の主は、とうとうあたしの目と鼻の先に。

一層、潮の香りがきつくなって。

「〜〜〜〜〜〜」

奴はボソボソと何事かを呟き出した。

何を言っているのかは、このあたしの耳を持ってしても聞き取れないのだが。
なんか、こういう気配の持ち主にはずっと前に会ってる気が・・・。

いつまでもこうしてても仕方ない。
相手に気づかれないようたぬき寝入りを止めようと薄目を開いたあたしは
その正体に心底驚愕してしまったのだった。








翌朝。

あたしは寝不足のまま、下の食堂に降りて行って。

真っ先に、件のおっちゃんを捕まえて「二度と「奴」は現れない」と告げた。

「あ・・・あんた。 本当に奴と遭遇したのかい!?」

怯えながらも疑ってかかるおっちゃんに「ほら、これが証拠」と手の中の
光る鱗を見せてやる。

「それはまさしく・・・!! 
じゃあ、お嬢さんが奴を退治してくれたのかい!?」

興奮状態であたしの手を握り締めたおっちゃんは、
「ええ。 奴はこの地を去ったわ」と、伝えた途端に
「やった〜っ!! これであの悪夢に魘されずに済むぞ〜っ!!」と、
よほど嬉しいのか、顔を紅潮させながら外へと駆け出して行く。

えと・・・。

あたしのご飯は・・・?

あの様子だとしばらく帰ってこなさそうだと見当をつけ、
食堂奥の厨房に入り込んで、簡単な朝ごはんの準備に取り掛かる。

ガウリイはまだ寝てるんだろうなぁ・・・。

熱されたフライパンの中で、じゅわ〜っと音を立てて焼けていく
目玉焼きを見つめて、あたしはこっそり溜息を吐いたのだった。










薄くまぶたを上げたあたしの視界に飛び込んできたもの。

それは。

目の前5ミリの距離であたしの顔を覗きこんでるでっかい魚!!
いや。この緊張感の欠片もない、死んだ魚のような目は!?

「ちょっ!! あんた、ヌンサじゃない!?
死んだはずのあんたが、どう〜してこんな所でんな格好してんのよ〜っ!!」

やだやだっ!! 生臭いよ〜。
ネバネバしてるよ〜、頭丸齧りのちゅ〜だけは勘弁して〜っ!!

「焦げて消え去れっ!! ファイアーボーっ!?」

遥か昔の記憶が一瞬で甦り、反射的に唱えた呪文は
邪魔者の手によって、完成間際キャンセルされてしまった。

「ふぁ、ふぁにふんのほ〜っ!!」

「リナ落ち着け。 こんな所で呪文使ったらマズイって」

にゅっと横から、あたしの口を覆ったガウリイの所為で。

「・・・。 お・・・オレ・・・ヌンサじゃ・・・ねぇ・・・ぞ・・・」

『ずべしゃ』っと一歩、後ろに引いた魚人が言葉を発した。

「え・・・? ヌンサ・・・じゃない、の?」

「オレ、こいつとは初対面だと思うがなぁ」

目の前の奴と同じく緊張感の欠片もない話し方をするガウリイは、
押さえていた口から手を外しながらも、未だに布団ごとあたしを抱き締めてる。

「え〜と。 とりあえず、ライティング!!」

ガウリイがこうも落ち着いているという事は。
どうもあたし達に危害を加えるつもりがないらしい・・・?

確認の為に「明かり」を唱えて、部屋を煌々と照らしあげる。

「な・・・なんのつもりなの・・・???」

魔法の明かりに照らされて。
あたしの前に突っ立っていたのは、やはり魚人。

しかし、なぜか白いポンポンつきの真っ赤なコートを無理やり着込み
どうやらその辺りらしい肩に担ぎ上げられているのは、元は真っ白だったと
思しき、薄茶と黄色いシミと剥がれた鱗が引っ付いちゃってる布袋。

更には滑らかな曲線を描く、頭?には、コートとお揃いの生地でできてるらしい
真っ赤と白の帽子まで被っている。

「お・・・オレは・・・一族を・・・代表して・・・よい子にプレ・・プレゼントをだな」









あまりにのんびりとした語り口にイラつく事10回。

同じ話がループして切れそうになる事7回。

それら総てを乗り越えて、何とか聞き出す事に成功した彼らの事情とは、
要約すると「その年一番の海を綺麗にしてくれた人間に対する
ささやかなクリスマスプレゼント配布」だったらしい。

まぁ、発想としてはいいんじゃないかな〜と思うけど。

それを「どうせなら人間流にやってみよう」と誰かが提案した事が
この街に住む人々総てを巻き込んだ不幸の始まりで。

そして、プレゼント役の人選(魚人選?)を誤った事も、
事態をいっそう複雑にする要因となっていた。

栄誉あるプレゼンターに抜擢されたこの「シュガワラ」は、良い人間には
「自分の考えうる一番素晴らしいものを直接手渡そう!」と決意したそうで(汗)



☆ 最初の計画では、贈る品は真珠を一粒。

★シュガワラの手にかかると、プレゼントには魚卵が一粒。



☆目立たないように人間が眠っている間に品物を置いてすぐ撤収。

★渡す筈の卵を見ているうちに、卵に愛着がわいてしまい
渡すべき人間を叩き起こして「卵がいかに素晴らしいか」を
延々朝まで一方的に語り明かす始末。

安らかな眠りを妨げられたと思ったら、いきなりドアップの魚人が突っ立ってるわ
有無を言わさず産みたての卵を握らされるわ、熱烈な卵萌えを
聞き取りにくい声で聞かされ倒すわ、耐え切れずに寝ようものなら
生臭いヒレでビンタ食らって叩き起こされるわ・・・。

そら、被害者全員思い出したくもなくなるよ・・・(汗)






総ての謎が解けた後。

あたしは、ガウリイにお使いを頼んだ。

「おねがいだからこいつといっしょにうみまでいって
にんげんのことはこころのそこからたのむからそっとしておいてくれ
なにもしないでいてくれるのがいちばんありがたいですって
じゅうぶんなっとくしてくれるまでいってきて」

「とにかく「もういいから」って伝えればいいんだな?」

話を終える頃には引き攣りまくって痛みを感じるまでになった
こめかみを涙目でマッサージするあたしの姿を直視して、ガウリイまでが
乾いた笑顔を見せていたけど。

この際・・・全力で説得してきてもらおう、うん。

少なくともあたしがこの苦行に挑んでいる間中、
シュガワラに対して「これ食うか」だの「茶飲むか」とか言えてたんだから。

くらげと魚人の波長ってやつは、意外とあってたりするのかしらねぇ。

あたしの予測が間違ってなかった事は、夜明けとともに証明された。

「話してみたら、けっこういい奴らだったぞ」
朝日を背負いながら、にこやかに帰還した男によって。





とにかく、この日以降この街の怪異はピタリと納まった事を
追記しておく。














この可愛らしすぎるアイコンは「DUST BIN」ひーこ様宅の
フリー配布の作品を使わせていただきました。

こんな話に使ってしまってごめんなさい(額を床に摩り付けながら土下座)。



後日日記にちょろっと書いたですよ。




そしてリナに頼まれ「シュガワラ」と共に、
魚人の棲む海岸へと赴いたガウリイはといいますと。

「え〜と。 すまんがこいつが無理やり卵を配り歩くのを止めさせてほしいんだが・・・」
なんと伝えて良いのかと、やや困った顔で頬をかくガウリイ。

「た・卵・・・ですか!? 真珠ではなく・・・卵・・・。」
魚人の長、側近に無言で合図。
あっという間にシュガワラは両手を掴まれてどこかへと連行される。

「その・・・ヤツが大変ご迷惑をお掛けしましたようで・・・
(どうも何があったのか察したらしい。めちゃくちゃ沈鬱な表情で)
 ええ、金輪際、地上の方々にご迷惑をかけるような事はさせませんので・・・その・・・申し訳ない」
魚人たちに頭を下げられて、かなりびっくりするガウリイ。 

シュガワラの去った方向からは
「仲間に相手にされないからって、人間にまで恥を晒すんじゃない!!」
「この野郎、珍しく役に立ちたいって言ったのは話し相手を物色してやがったんだな!」と、
ひたすら罵倒の声が聞こえてくる。
「こ、このような恩を仇で返すような行事を長年続けてしまっていたのか・・・」
がっくりと肩(?)を落とす長。
 「まぁ、悪気があったわけじゃないんだろ? もう、気にすんなよ!」
ガウリイ、ポンと長の背中(?)を叩く。
 「ウウッ、まったく。近頃の若い連中は・・・やれ、ちょっと
魔力に恵まれたからといって出奔するヤツがいたかと思えば、
自意識だけ強くて悪人の手先に成り下がるモノまで・・・。
まったく、情けない!!」・・・以下延々愚痴が続く・・・。

 と、こんな感じであっさり話がついたものと思われます。
えらく長くなってしまってすみません。