「・・・殿。ガウル殿・・・」

どこからともなく聞こえてくる声に、オレは首をかしげた。

ここには自分以外誰もいない筈だし、第一自分の名前は「ガウル」でもない。

なのに、どうしてかその声が呼んでいるのは自分の事のように思えて仕方がなかった。

「ガウル殿、ガウルどのっ!!」

急に呼び声が大きくなって、大きな人影が目の前に立ちふさがった。

オレは条件反射で腰に手をやり・・・しかし、そこには使い慣れた剣はなかった。

代わりに、フワフワとしたスカートと、大振りのリボンが括りつけられているだけ。

「ガウル殿っ!! ここでお会いしたのが百年目。
このボラン、もう決してあなたを離しませんぞ!!」

一瞬の油断が命取り。

がばっと男のごつい腕が身体の自由を奪い、ゴリゴリと頭にも固い感触が擦り付けられる。

ぅぞぞぞぞぞぞっ!!

「ぎゃあ!!」っと叫ぶ間もなく、身体中の毛穴が一気に総毛立った。

しかし、相手が誰だか判った瞬間。
今度は一気に怒りが湧き上がる。

「てめぇっ!! まだ寝ぼけていやがるのか〜っっ!!」

オレは気合一閃、相手を蹴り上げ拳を叩き込んで一気に距離を稼ぎ
「この野郎っ、何度も言ってるだろうが! オレは男だぞ!?」
バンっ!!と胸を叩いて・・・叩いたら、どうしてこんなに柔かいんだよ。 

オレのブレストプレートはどこへ行っちまったんだ!?

「私のララアさんへの熱い想いは、既に性別をも越えた至上の愛!! 
さぁ、些細な事は気にせず、どうかこの胸に飛び込んでおいで」

むさくるしい顔には満面の笑みを浮かべ、筋肉だけはしっかりついている両腕は
思いっきり『カモン、ベイベv』と受け入れ態勢万全の構え。

しかもその手に握りしめているのは・・・薔薇の花束。

しかも思いっきり豪華なやつ。

「ンな事してる暇があったら、もっと剣の腕を磨きやがれっ!!」

ジリジリと奴と距離を取り・・・たいのに、
オレが離れた分を奴がジリジリと埋めていき、一向に間合いは変わらないまま。

「ガウル殿・・・そのように装われるとまた一段と愛らしい・・・」

何かに浮かされたような気色悪い目でこちらを見つめる自称勇者様。

ん? 装う? 装うって!?

「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!」

思わず確認した自分の格好を見て、2度目の絶叫を上げたオレに
熱い視線を送りつつ、
「ピンクのエプロンドレスが貴殿の金色の髪に良く似合っている・・・。
それに、その結い上げた髪を飾るリボンも。
驚きで潤んだ青い瞳と色づいた頬がまた・・・色っぽくて・・・ポッ」

くねくねと己が身体を抱き締めつつ、恥ずかしそうに身をよじる野郎を
直視するのは、まさに拷問に等しい。

なんでオレはこんな格好をしているのか、剣と防具はどこに行ったのか。

何より、どうしてここにあいつがいないのか。

・・・とにかく、リナを探すのが先決か。

「さぁ、大人しく俺の嫁になってくれ!!」

「誰がてめえの嫁になるんだ、誰が! いっぺん医者にかかりやがれっ!!」

飛び掛ってくるボラ・・・何とかを蹴散らして、オレは必死で逃げを打った。

こんな野郎に関わるのは金輪際ごめんだ!!

「ま、待ってくれ〜! 我が理想の嫁〜っ!!」

後ろから追って来る声に「待つわけないだろうが!」と
叫び返しつつ、オレはリナを探す為に走り出したのだった。







「ここはいったいどこなんだ?」

しばらく走っているうちに、オレは真っ白な霧の中に迷い込んでしまったようだった。

どちらを向いても人の気配は感じられない。

まぁ、それは言い換えれば「奴」が追いついてこられないって事にもなるんだが
妙に希薄な雰囲気のこの場所が、おかしいって事位はオレでも分かる。

「お〜い、だれかいないのか〜」

霧の中を、ゆっくりと歩き回りながら声を上げる。
が、どこからも答えは返ってこず、何者の気配も感じられない。
魔族とかそういうものの嫌な感じも受けないのは幸いだが、
このまま彷徨い続けるのもなぁ・・・。

歩き回るのに疲れてしまい、ハアッと頭を垂れて溜息を一つ。
すると、視界に誰かの足先が。
「だれだ!?」
バッ!!っと顔を上げると・・・「お、お前は・・・」
どこかで見たことのあるような、ないような。

目の前に立っていたのは、全身真っ赤な服を身につけ
左手には宝玉のついたロッドを握った男。

「やぁ、やっと会えましたね」

ニッコリと微笑む男は、この近距離でも一切気配というものを発していない。

「・・・あんた、何者だ?」

得物を持ち合わせていない時点で充分不利だってのに。

「もう、私の事をお忘れですか・・・まぁ、いいでしょう。
私に必要なのはあなたのそのくらげと称される脳細胞なのですから」

にいっと笑った男の表情に、オレの背筋にはザアッと冷たいものが走った。

「オ、オレはお前なんか知らんぞ〜っ!!」

ここにいるのはもの凄く危険だと、リナ曰くの「野生の勘」が
頭の中でガンガン警鐘を鳴らし。

オレは一目散に、真っ赤な男から逃げ出した。





「ハアッ、ハアッ・・・」
しばらく全速力で走り続けたオレは、何とか霧の中から脱出する事ができた。

いつ、どうやってそこから抜けられたのかは分からないままだったが、
いつの間にか見えていた一本道を走り続け、やがて一見の酒場にたどり着いた。

「・・・親父、水をくれ!」

駆け込んだフロアには客の姿はなく、カウンターの向こうにはバーテンダーが
向こうを向いたままグラスを磨いている。

オレの事などにお構いなしに、後ろを向いたままグラスを磨き続ける男に
「おい・・・親父、聞こえてるか?」と再度声を掛け・・・。

ひゅんっ!!

いきなり投げつけられたグラスを仰け反ってかわす。

「なにす・・・」
抗議の声を上げる間もなく
「てめえに親父って呼ばれる筋合いはねぇんだよ、天然っ!」
怒声と共にこちらを振り返った男は、ずっと以前に見た事のある
年齢不肖の顔のまま、長い黒髪をバサッと払い。

どこから取り出したのか、釣竿を構えてこっちを睨みつけている。

「この野郎、ちったぁマシな面になったと思ったら・・・」

確かあんたは・・・などと、懐かしがる猶予は与えられなかった。

ざああっと、鬼気迫るような闘気を吹き付けられ
「さっさと出ていかねぇと、○○○○○○○!!」

まるで野良犬でも追い払うように追い立てられて、オレは再び
一本道に飛び出す羽目になってしまった。





「いったい何がどうなってるんだ?」

首を捻りながら、テクテクと道を歩く。

いつの間にか着ていた筈のスカートは消えうせて、いつもの装備に戻っている。

相変わらす辺りには何の気配もなく、虫の声一つも聞こえては来ず
民家などの人工物も見当たらない。

しかし、ここに突っ立っていても始まらないからと
とにかく先に進んでいくと・・・一本の大木に出くわした。

その根元には静かに座っている・・・岩。

「誰が岩だ、誰が!」

まるで考えを読んだかのように勢いよく立ち上がったのは、
硬そうな銀の髪と岩の肌が印象的な細身の男。

「ゼルか? ゼルじゃないか!?」

一瞬岩と見間違えてしまったのは、かつての旅の仲間ゼルガディスだった。

「ちょうど良い所で会った! リナを知らないか?」

「ガウリイ、お前どうしてこんな所に。・・いや、そんな事はいい。」

聞いているのかいないのか、ゼルはブツブツと何かを呟きながら
ゆっくりとした歩調でこちらに近づいて来る。

「ゼ、ル・・・?」

只事ではない何かを感じて一歩、下がったオレに向かって一言。

「俺は旦那を愛している」と、
岩に覆われた顔を紫色に染めながら告げたのである。

「え・・・あ・・・?」

「漬物樽の上にいた御影石の岩子より、宿で出会った土壁の壁子よりも
俺は旦那が好きだ」

ジリジリと近づいて来るゼルガディス。

その顔は真剣そのもので、冗談だろ?と気軽に言えない雰囲気で。

「・・・すまんっ」

どう答えて良いものか困り果てたオレは、後ろを振り返る事なく
一目散にその場を立ち去った。

脳裏に浮かんだ、寂しげな顔のゼルに心の中で詫びながら。





「リナ、リナ〜ッ!!」

ようやく街にたどり着いたオレは、リナを探して宿という宿を駆け回った。

しかし、行く先々で出会うのは。

「おお、ガウリイ殿ではないか! どうじゃ、ワシと共に正義の道を
広めんかの?」と、豪快に笑うフィルさんだったり。

「この世に生まれ落ちて幾年月。そなたのように
私のギャグを解する人間は初めてだ」と
無表情のまま手を差し伸べる、でっかい竜の人だったり。

「お前に勝つまでは地の底までも追いかけてやるぞ〜!」
と、よれよれの帽子を引っ掛けたザングルスとか。

「長い間魔族なんて商売をしてきましたが、ここらで一つ
アメリアさんの言う、真人間とやらになってみるのもいいかも知れませんね。
あなたとならば・・・長い人生も楽しそうですし」
糸目をさらに細めながら笑う、おかっぱ魔族とかばっかりで。

しかも、奴らは揃いも揃って「俺(僕の)(私の)(ワシの)のものになれ」と
微笑みながら手を差し伸べてくるんだ。

「嫌だ、オレはリナと一緒がいいんだ〜!!」

その度にオレは叫んで逃げ出すんだが、行く先々で奴らは姿を現して。
そしてどこにもリナはいない。





「りなぁ・・・どこ行っちまったんだ〜」

走り続けてすっかり疲れ果ててしまったオレは、街を一望できる丘の展望台に立っていた。

どうやってここに来たのかなんか、もはやどうでもよかった。

ただ、ただリナに会いたかった。

なのに。

背後から近づいて来る複数の気配。
それも、見知ったものばかり。

「お前ら・・・」

まるで取り逃がすまいと言うかのように、ジリジリと円を描きながら
間合いを詰めてくる男達。

どの顔も真剣な表情で口々にオレの名を呼びながら、どんどん間合いを詰めてくる。

「ガウル殿。 俺の嫁に!!」
「貴重な研究資料」
「一生こき使ってやるから光栄に思いやがれ!!」
「・・・玄武岩よりも愛しているぞ、ガウリイ」
「正義とは貫くもの!!」
「一緒に山で暮らそう」
「生涯賭けて、勝負だ勝負!!」
「人生の素晴らしさを実感させてください」

「いやだ〜っ!! 助けてくれ、リナ〜っ!!!」

とうとう崖っぷちに追い詰められて、オレは思いっきり叫んでいた。

きっと涙目にもなっていただろう。

「さあ、さあさあっ!! いったい誰を選ぶんだ!?」

ズズズズズイッと皆の顔が迫り、息がかかる寸前の距離まで追い詰められた。

この面子から逃げ出す事など不可能だ。

だが。

いやだ。

誰も選びたくない。

オレは男の嫁になんぞ絶対ごめんだ!!

第一、オレにはリナがいるんだぞ!?

顔を引き攣らせたまま、壊れた人形のように首を横に振り続けても、
奴らは一向に引いてはくれず。

「よ〜め〜っ!!」

ざざざざぁっと、たくさんの手が差し伸べられる!!





「オ、オレはリナがいい!! 嫁にするのはリナじゃなきゃ嫌なんだ〜っ!!」






がばぁ!!っと、オレはベッドの上で跳ね起きた。

心臓がこれでもか、というほどバクバク鳴りまくっている。

「ゆ・・・夢か・・・?」

脂汗でジットリと張り付いた前髪を払いのけ、オレは恐る恐る周囲を見回した。

薄暗い部屋の中には、今いるベッドの他には自分の荷物と
サイドテーブル、その上に置かれた寝酒の瓶とランプが一つ。

そうだ、ここは宿のオレの部屋じゃないか。

昨日この街に着いて、目に付いたこの宿に泊まって・・・。

そこまで思い出して、急に心細くなった。

リナは本当にいるのだろうか。

そう考え出したら、もう、耐えられなかった。

「リナ!! リナっ!! リナ〜っ!!」

ベッドを降りて、一目散に部屋から飛び出し隣のドアをドンドンと叩きまくり
オレはひたすら叫び続けた。

どうしても、今。 リナの顔が見たかった。

「ガウリイ、何やってんの?」

声は、後ろから聞こえた。

慌てて後ろを振り返ると、寝巻き姿のリナが呆れた顔で立っている。
肌寒いのか、両腕で自分を抱き締めながら。

「り・・・な・・・」

やっと、心の底から安堵して、オレはへなへなと冷たい廊下にへたり込みそうになって
そんなオレをリナが慌てて支えてくれる。

「いったいどうしたって言うのよ、もうっ!
この寒いのにこんなに汗かいちゃって、いくら馬鹿は風邪引かないって言っても
このままじゃ体調崩しちゃうわよ。
ほら、さっさと着替えていらっしゃい!」

ドン、と背中を押したリナの手を、振り返りざまに掴んで引き寄せ抱き締める。
「なぁに? 新年早々悪い夢でも見たっての・・・」

「ああ、あんなに心臓に悪い夢はなかったんだ。
だから、あれが本当に夢だって信じさせてくれよ」

リナの小柄な身体を抱き寄せて、暗がりの所為で黒く見える髪に
顔を埋め嘆息するオレの耳に聞こえたのは。

「これも、夢かもしれないわよ」と、小さく笑うリナの声だった。















取りとめのないまま終わります。

本当は男性陣総出演させるつもりだったんですが、どうしてもルークだけは出せませんでした。
だって、彼は絶対にミリーナただ一人を愛し続けているから、
ギャグ話の中であろうと、彼女以外を追いかけさせたくなかったからです。