A little knight








ゆっくりと目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。

伸ばした手の先すら見えない闇の中、視覚に頼ろうとするのは無駄というもの。

残された感覚に神経を集中させなくては。

・・・チキ。

やや離れた位置、あたしの右後方から、僅かな金属音。
あれは・・・鍔鳴りの音。

じゃりっ。

あたしの真正面からは、何者かが小石を踏みしめる音。
今の感じだとやはり一定の距離があるようだ。

しゅっ。

今度は衣擦れの音。
聞き覚えのある、軽く柔らかな音はあたしの左すぐ後方から。

大丈夫。
何とか状況は把握できている。

視界が利かないのは痛いけれど、今このタイミングでライティングを唱えるほど
あたしは単純じゃない。

闇に慣らされてしまっている目には、たとえ光量を抑えたとしても
網膜が光に馴染むまで、数瞬のタイムラグが生じてしまう。

その時間を彼らが見逃してくれるとは思わないし、逆に中途半端な明かりを
灯す事はこちらの現在位置をわざわざ知らせてやるようなもの。

「ジョーディー、ゆっくりでいいからあたしの側に来て」

囁くレベルまで抑えた声で、後ろにいる人物に指示を出す。

「・・・リナさん」

闇の中から返される答えも、かろうじて聞き取れるレベルの声量。

「いい? とにかくここからの脱出が先決よ。 あいつがはぐれてしまっている今、
迂闊に事を進めたくないしもちろんあなたを危険な目に遭わせられない。
ここはとにかく三十六計逃げるにしかずってやつよ」

手の先に冷たい指先が触れる。

ジョーディーの手だ。

まるで氷のようにひんやりとした手が、
あたしの手をきゅっと、握りしめた。

「緊張してる?」

「ええ、とても。こんな風に、命のやり取りをするのは初めてですから」

「・・・そう。できることならこんな経験しない方がいいんだけど。
ま、こうなっちゃった以上、生き延びるためには最善を尽くさなきゃね。」

彼女に声を掛けながら、きっとあたしは笑えていると思うんだけど。
この状況下では無事に逃げられる確率はあまり芳しくない。

それというのも全部ガウリイの所為だと、怒りに集中しようとして・・・失敗した。

ほんわりと笑っている顔。
のんびりとくつろいだ顔に、たまにしか見られない真剣な顔。
気持ちよさそうに目を閉じた彼の横顔はあたしの大好きなものの
一つだったし、時折あたしを熱っぽく見つめる意味深な視線も、
くやしいけれど好きなんだもの。

「いい? 敵は二人。狙われているのはあなたよ。
あたしも最善を尽くすけど、死にたくなかったら
ちゃんとあたしの指示を聞いてちょうだい」

冷たい手を引き寄せて、彼女をあたしのマントの内に包んでしまう。

こうすれば攻撃呪文を唱えても彼女を巻き込むこともないし、強力な奴を唱えれば
魔力結界の中で彼女を護る事もできるだろう。

「いい? 一気に飛翔呪文で飛んで、この闇から抜けるわよ」

はいっ!

歯切れの良い返事が小さく聞こえた。

ぎゅぅとあたしのマントにしがみつくジョーディーは、
こんな場面でも涙一つ零さない。

この出来事は、彼女の将来にとっては
有益な経験(もの)になるだろうが・・・。

素直に喜べない気持ちが胸の縁から覗いてしまう。

本当は、まだ普通の女の子として暮らしていられるはずだったのにと。

・・・彼女の不幸を嘆いてみてもしょうがない。
とにかく今は逃げなくては。

「頭下げて。それからあたしの腰に腕をしっかり回しときなさい。
死んでも離しちゃダメよ!」

「はいっ!」



ぶわっ!!

呪文を唱え始めると同時に、遠方から一気に叩きつけられる殺気。

それはビリビリと全身の毛穴という毛穴を逆立たせるような、
本能を刺激する純粋な悪意の塊。

戦い慣れしているあたしですらかなりきついというのに、
直接これを向けられている彼女の心中を察するに
やりきれないものがある。

完成した呪文を解き放つタイミングを計りつつ、闇の中、ジリジリと
近づいて来る敵に、牽制代わりの短剣を投げつけた。

が。

カシン! 

狙いは外され、空しく砂利の上に落ちた音だけがあたしの耳に届く。






こんな時こそあんたの出番でしょうが!!
 
一体どこで油売ってんのよ、ガウリイの奴は!!






「行くわよ」

ゴウッ!!!!! 

一気に呪文を解き放ち強固な結界を完成させて
一息に闇を飛び越えんと、速度を上げてこの場からの離脱を試みるが。

背後から追いかけてくる者の気配が一つ、二つ・・・三つ!! 

さっきよりも増えている!?
このままだと奴らに追いつかれてしまう!! 

焦りがあたしの心に湧いて来るけど、そんなもの何の役にも立ちやしない。

だからこそ、今ここにガウリイがいない。
その事実がとても重かった。






「リナさん、私も戦います」
不意に、マントの中から静かな決意の声。

「ダメよ。あんたの力はまだ見せちゃダメ。それに、奥の手は
最後まで取っておかなくちゃ意味ないでしょ?」

マントの中に隠れたままのジョーディーを優しく諫める。

「今回の依頼はサラディスシティまであなたを警護する事。
なのに護衛対象な筈のあなたの手を借りちゃったら
あとであたしの依頼料下げられちゃうわ」
ニッと笑って彼女の頭を撫でてやる。

「でも、リナさん」

「いいから。ま、状況が差し迫ってきたらそんな事
言ってられないかも知れないから、その時はよろしくね」

「はいっ!」

いい子なのよ、ジョーディーは。
素直だし、愛想もいいし、頭の回転もいい。

なのに、こんなに早く覚醒してしまったのは彼女にとって良い事だったのか。

最初は笑えない冗談だと思った。

こんな、やっと一人で身の周りの世話ができるかどうかの
年齢の子が『生まれながらの騎士』だなんて。

郷里のねーちゃんのように、その身の内に
人間としては規格外の力を宿しているなんて。



ごぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!



結界の外から唸る風の音に混じって、あたし達を追尾する者の気配。

スピードはこちらとほぼ同じ。

まだ追いつかれる心配はなさそうだが、かといって
奴らを振り切れなければ、
そのうち必ず相まみえる事になるだろう。

ならば無闇に逃げ回って魔力消費量を費やすのは得策ではない。

ええい、せめて街から、人気のない場所に移動しなくきゃ。

最悪彼女の手を借りなければならないだろうが・・・。
いや、できるだけこの場はあたしが納めなくては。

いずれ知るであろう現実でも、まだまだ彼女は幼すぎるから。
こんな小さな子供には、血生臭い戦場も大人びた目も必要ない!!

「リナさん、あっちに開けた場所があります!
あそこで決着を、その方が手っ取り早いです!!」
あたしにしがみついたまま、少しだけ顔を上げジョーディーが叫ぶ。

「そこに降りるのは賛成だけど、あんたが出るのはまだ早いって言ったでしょ!
いいからこの場は大人しくしてて!!」

「さっきからリナさんは冷静な判断ができていません。
やはり、ガウリイさん不在の所為ですか?」

「あんたね。こんな時まで冷静なのってどうかと思うわよ?」

「・・・いついかなる事態であろうと、冷静であれ。
騎士たる矜持を保てと、父に教わりました」

マントの下でジョーディーがどんな表情をしているのかは分からない。

分からないけど・・・彼女の手は。

あたしの腰に、がっちりとしがみついている彼女の手の力は強く。

そして、今ははっきりそうと判る程ガクガクと震えていた。

「いいから。ここはあたしに任せときなさい」
術を調整して、下降準備に入る。

このまま2対1だとかなり勝率は厳しいだろうが・・・
遅まきながら気がついたのだ。

さっき感じた三人目の気配。

どうして今まで気がつかなかったんだろう。
そいつは誰よりもあたしに近しい奴の気配だったというのに。

「ガウリイっ!!」

ズシャッ!! 

地面に降り立つ直前に術を解除し、同時に腰にしがみついたままの
ジョーディーをマントごと引っぺがして放り投げる。

そう、この決戦の地に先回りしていた相棒の元に。

「リナ!! ジョーディー!!」

ザザザザザ・・・。
二人の間近に、ものすごいスピードで草原を駆ける黒い影一つ。

「死ねっ!!」

ブアッ!!と、影全体から目で見、触れられそうなほど
濃い瘴気と殺気が溢れ出し。

ぎぃぉおぉんっ!! 

影の先端から伸びた漆黒の爪が、動かぬ二人を急襲する!!

「させるかっ!!」

常人ならば一発で気を削られそうな空気の中、
斬妖剣を構えガウリイが吼える!!

「うぐっ・・・!!」

ぎゃりんっ!!

ガチリと絡みあい、火花を散らして。
次の瞬間引き離される剣と闇。

同時に耳を劈く爆発音が響く。
牽制か、それとも不意をついたつもりなのかは知らないが
そんな攻撃ガウリイには通用しない!!

体裁き一つで炎と爆風をやりすごし、次の瞬間。
銀光一閃、ガウリイの剣は影を切り裂き真っ二つに!!

・・・影の得物が弾き飛ばされ地面に落ち、そのまま掻き消える。

 「お前ら魔族がこの程度でくたばるかよっ!!」

ジャッ!!
更に気迫の篭められた刃が、よろめく影を薙ぎ払うっ!!

「ぅぎゃぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

もはや人のものとは思えぬ絶叫を上げて、影は。
まるで小川に流した墨のごとく形を失い消えていった。

「リナ、残ってる奴の方が手強そうだ!!」

「判ってる!! ガウリイ、ジョーディーのガードお願い!!」

「リナさんっ!!」

ガウリイの腕の中で必死に恐怖と戦っている姿は、
どこにでもいるような、普通の女の子にしか見えない。

「リナ!! 後ろだ!!」

切羽詰ったガウリイの叫び。

チリッと項の辺りを走る嫌な予感に、あたしは振り向かぬまま
地面を蹴りつけ真横に飛ぶ!

「くっ!」

何かが掠めジワリと熱を帯びる脇腹を押さえて、
あたしは元いた場所に完成させた呪文を開放!!

「青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!!」

「ぎゃうっ!!」

あたしの放った蒼い閃光が敵に命中!
黒い影は聞き苦しい悲鳴を上げたが、しかしまだ滅んではいない!!
最後の力を振り絞り、まっしぐらに前方へ駆ける!!
奴が狙うは・・・ジョーディー!!

「ガウリイっ!!」

しまった! 呪文詠唱が間にあわない!!

「すまんっ!!」

慌てて次の呪文を唱えながら駆け出したあたしと、自分の背後に
小さな身体を突き飛ばしたガウリイ!!

そこに手負いの魔族が咆哮をあげて襲い掛かるっ!!

「小娘共々、貴様もあの世に送ってやるわ!!」

きゅおぉぉぉっ!!

 魔族の両腕から放たれる魔力弾!!

まさか、自分もろとも滅びを選ぶか!?

あの距離じゃガウリイでも無傷で受け流せないっ!!

「ガウリイっ!! 避けて!!」

草原を駆けながら、ようやく完成した呪文を放とうと・・・!!

ジョーディー!?

「だめーっ!!」

ガウリイの後ろにいた筈のジョーディーの身体が
次の瞬間、魔族の懐まで肉迫していた。

「あんたなんて、だいっ嫌い!!」

キュドッ!!

「ぐわぁぁぁぁ!!!!!!」

幼い声が叫んだその時。

あたしは見た。

震える少女の両手から突如出現した、光り輝く円盤を。

それは音も立てず眼前の魔族の身体を切り裂き、次の瞬間
あっさり虚空に溶け消える。

「ハッ・・・ハアッ。・・・誰も、だれも殺させないんだからっ!!
 あたしは生まれながらの騎士だもの!!
だれよりも強くて、何にもひるまない、
誰かを護れる立派な騎士になるんだから!!」

円盤に身体を裂かれ、地面に転がり落ちた魔族に近づくジョーディー。
そのまま止めを刺すつもりか!?

「待ちなさいっ、迂闊に近づいたら・・・!!」

興奮状態のジョーディーの足元に、のそりと忍び寄る
黒い影一筋!!

「きゃあ!!」

あっという間に細い身体を這い上がり
ギリギリと締め上げる焦げた縄のようなモノ。

それこそが、この魔族の本体!!

「今、助ける!!」

慌てて剣を構え駆け寄るガウリイに
「止まれ! それ以上ちか・・・!!」
瀕死の魔族のは、醜い声を途中までしか吐き出せなかった。

そう、このあたしの前で最後まで喋らせてなんてやらない。

「エルメキア・ランスっ!!」

「ごぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あたしの放った呪文がジョーディーごと、魔族の身体を貫通する。

この術は物質である人の肉体にはなんら害を与えぬが、
アストラル世界に本体を持つ魔族には致命的。

もろに直撃を受けた魔族は断末魔を上げ、そのまま塵と化して消えていき。

「ジョーディー!! 大丈夫か!?」

呪文の余波を受け、倒れたままの少女を軽々と抱き上げたガウリイに
あたしは「命に別状はないはずよ」と声を掛ける。

この分だと数日起き上がれないかもしれないけれど、
命を失うよりはマシだったと思ってもらうしかないだろう。






あの後、あたし達は近くの街で馬車を調達し、寝込んだままの
ジョーディーと共に無事サラディスシティに入った。

依頼人であるこの街の騎士団長、ジョーディーの父親に事の顛末を報告し、
約束よりも多い依頼料を受け取り。

代わりにあたしは彼に一通の手紙を手渡した。







「じゃあ、元気で」

「リナさん、ガウリイさんもお元気で」

街の中心部に立てられた騎士宿舎の一室。

あてがわれたベッドに横たわったままの少女と、
あたしは別れの握手を交わしていた。

離した手をそのまま小さな頭の上に乗せる。

「いい? あんたの中の騎士の力は完全に覚醒しているわ。
・・・でもね、まだまだあんたの心は子供のままでいいの。
早く大人になろうと焦らなくても、大丈夫」
普段ガウリイがするように、優しくジョーディーの頭を撫でてやる。

「リナの言うとおりだ。 おチビさんに戦場は似合わんさ」
あたしの手の横にガウリイの手が置かれ。

そのまま大きな手が、ワシャワシャと少女の髪を乱していく。
「ガウリイさん、髪が痛むじゃないですか!」
ぷぅっと頬を膨らませて怒る姿は、年相応の女の子の顔。

「ああ、すまん」
それを見たガウリイも、笑って詫びて手を引いた。

あの出来事が彼女に影を落とさなければいい。
そう願ったあたしだったが。





「・・・リナさん。私も、いつかはお二人のようになれますか?」

少女に背を向け、ドアノブに手を掛けた時だった。

ポツリとつぶやかれた言葉。

振り返ると、そこには真っ直ぐにあたしを見つめる、
澄んだ瞳の幼き騎士がいた。

「私は、まだ子供です。 でも、いつか必ず大人になります。
大人になり、敵対する何かと戦わねばならなくなった時。
私はこの力を正しく振るわなくてはなりません。
・・・今、私に必要な事はなんなのでしょう。
私に何が出来るでしょう・・・私・・・わたしはっ!!」

必死に言葉を紡ごうとする彼女の表情は、
自分の未熟さへの堪えきれぬ焦りと、望まずに持たされた
強力すぎる騎士の力に押しつぶされそうだと語っていた。

「ジョーディー・・・」

「私、ちゃんとしなきゃ。力の使い方をっ、しっぱいっ、しちゃったら!!
そしたら、だれかっ、かんけっ・・・ないっ、人までっ。
傷つけちゃ・・・殺しちゃうかもしれないっ!!
そんなこと、しちゃ、しちゃったらっ!!」

幼い悲鳴が、部屋中に響き渡る。

「なら、そんな事にならないように強くなんなさい!!」

腹筋に力を込め、あえて厳しく言い渡したあたしと
弾かれたように顔を上げたジョーディー。

大きく見開かれた瞳から、ポロリと大粒の涙が転がり落ちる。

あたしはベッドまで駆け戻り、ギュッと思い切り彼女を抱き締めてやる。

「リナ、さ・・・ん」

「あたしにも、姉ちゃんがいるわ。あんたと同じ、
特別な力を持った騎士をやってる。
・・・さっき、あんたのお父さんに姉ちゃんに宛てた手紙を渡してある。
どうしても自分の力が恐い、制御できる自信がないのなら。
ゼフィーリアに、行きなさい。
あそこはあたしが言うのもなんだけど、けっこう豪快な土地柄でね。
そしたらあんただって普通の女の子扱いで暮らせるわよ?」

あたしの服の、彼女の顔を押し当てている辺りが
じんわり湿っていく。

「やだぁ!! 知らない場所で一人になんて!! 
お父様や、お友達と離れるなんていや!!」

しっかととあたしの服を掴み、大きな泣き声を上げたジョーディー。

「リナ・・・」

「うん」

あたしの隣で立ち尽くしているガウリイに、頷く事で
分かっていると告げて。

後は、彼女の気が済むまで、思う存分泣かせてやった。

熱くなった身体をしっかり腕の中に抱きこむと、一層激しく泣きじゃくりだす。

ポン、ポンと、背中を軽く叩いてリズムを取って、
ゆっくり、ゆっくりあやしながら。

やがて、泣き声が鎮まり落ち着きを取り戻すまであたしは、
そのまま彼女を抱き締め続けたのだった。





「・・・」

「落ち着いた?」

長時間泣き続けた所為で、真っ赤になった両目があたしを捉える。

「何も今すぐ『ゼフィーリアに行け』なんて言わないわよ。
ただ、知っていて欲しかったの。
あんたには大事な人がいっぱいいる。離れたくない場所がある。
それをちゃんと判っているのなら大丈夫。
 ・・・あんたは、絶対道を間違えないわ」

もう一度、汗で湿ってしまった頭を撫でながら。
静かに、ゆっくりと言い聞かせる。

「ジョーディー、あんたは大丈夫よ。
自分の道が分からなくなりそうになったら、
大切な人達の事を思い出しなさい。
それでも不安に思った時は・・・最後の手段だけどね、
ゼフィーリアにいるあたしの姉ちゃんを頼んなさい。
あんたレベルの力の暴走なんて、鼻歌歌いながら片手で
軽々一捻りしてくれちゃうから」

最後の方は茶化して言ったあたしに、少女はようやく笑顔を見せて。

「・・・ぷっ。 私、まだこんなでもいいんですか?」
まだ腫れぼったい目を細めて、濡れた頬をコシコシと擦る。

「そーよ? あたしだってまだこんなだもの」
笑って肩をすくめてみせる。

「リナさんにも、恐い人っているんですか?」

「当たり前でしょ! ここだけの話、故郷だけでも5人は
頭の上がらない人がいるわよ?
その筆頭が、あたしの姉ちゃん。・・・聞こえてないでしょうね!?」

背筋を走った悪寒に、周囲を見渡してしまうあたし。

「やだ、ここからゼフィーリアまでかなりの距離があるのに」
あんたはおかしそうに笑うけどね。

「いや、うちの姉ちゃんは・・・いや、何でもないですごめんなさい。
お願いだから怒んないで下さい」

万が一、という事もあるのよ。

「じゃあ、リナさんも大丈夫ですね。
それに、リナさんの傍には、いつもガウリイさんがいるもの」

「あー、うん。あいつの前じゃ照れくさくて言えないけど。
あたしの最大のストッパーは、きっとあいつだと思うわ」






涙の嵐が去った、穏やかな時間が過ぎて。

街を後にするあたし達を見送ってくれたジョーディーは。

どこにでもいる、ただの子供に戻っていた。







「ねぇ、ガウリイ。・・・ずっと、傍にいてよね」

次の街へと向かう道を進みながらボソッと呟いた言葉は、
本人には届かないだろう。

チラリと後ろを振り返ってみても、のんきそうな顔で
「ん?」なんてこっち見てるだけだし。

あたしは、一つ、嘘をついた。
いや、嘘というよりは真実を告げなかっただけ。

大切な人の存在は、時として諸刃の剣にもなる。

その人を失わない為ならば、どんな犠牲をも厭わず
行動してしまう事もあるのだと。

それは、過去にあたし自身が犯した過ち。

「・・・大丈夫だ」

いつの間にかあたしの手を握り、視線を合わせ断言するガウリイ。

「あんた、それって・・・」

あたしが何を恐れているか、知ってるの?

「心配しなくても、次の街にはうまい料理が必ずあるっ!!」

ググッとに拳を握りながら、力いっぱい言い切ったバカくらげに
「アホかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
怒りの『インバース・スリッパストラッシュ改』
(底にオリハルコン使用)をお見舞いしてやる。

・・・まったく、シリアスなんて柄じゃないわ。
ましてや、ガウリイがあたしの思考を読むなんて絶対ありえないし。

あ〜あ、ほんとに美味しい料理あるんでしょうね!

「り〜な〜ぁぁぁ・・・」

ようやくダメージから復帰したのか、恨めしげにあたしの足に縋りついてくる
ガウリイの長い髪をを引っつかみ。

「美味しい料理が待ってるんなら、だらだらしてらんないわよ!!
 行くわよガウリイっ!!」

翔風界の呪文を唱えて、二人一気に空へと舞い上がる。

「おわ〜っ!! せめてちゃんと捕まえててくれ〜っ!!」

「はいはい、離したりしないから暴れないでったら!!」




後ろへと流れていく鮮やかな世界を見つめながら
あたしは心の中でこっそり願った。

お願いだから、傍にいて。
くらげでも、自称保護者でもなんでもいいから。

あたしがあたしでいられるように。

あたしが、あの悪夢を再現せずに済むように。