宝石の彼女







 最近リナがおかしい。

 オレがソレに気付いたのは、ゼフィーリアへの道程の途中。

 小さな小瓶の中身をリナがこそっと摘み上げ。
 かりりっ、こりっ、と噛み砕く。

 飴なら甘い香りがしてきそうなもんだが、匂いはしない。

 「うまいもんなら一つくれよ」と言っても、「だーめ」と、隠されてしまう。

 いつもなら「へへーん、いーでしょ!」とオレにくれなくても
自慢するために見せてくれたりするんだが。



 その小瓶を見かける様になってから、リナの夜遊びの回数が激増している。

 夜遊びとは、決して色っぽい意味ではなく。
 いわゆる盗賊いぢめ、というやつである。

 昔に比べればずいぶんと回数が減ってきていたのに、一週間前位からほぼ毎日。

 それに比例して、なにやらリナの肌艶がやけに良くなってきてるのは気のせいだろうか。

 栗色の髪は光を浴びて艶やかに輝き、もともと白かった肌も透き通るような白さに。

 そして燃えるような紅い瞳は本物の宝石のように光を放つ。

 夜更かししてばかりの生活のはずなのに、肌荒れなんか微塵も無い。

 おまけに少しずつ、しかし確実に食事量が減ってきている。

 更におかしいのが、
今までリナが盗賊いぢめをするために出かけるのを止められない事。

 気配を読んでリナのスリーピングをかわしてきたのに、この一週間は7戦7敗。

 夜明けにリナが帰ってきて、初めて『今日も行ったな』と気付くのだ。




 「なあ、リナ。お前最近変だぞ」

  とにかく聞いてみようと話しかけたオレに、
 「なによガウリイ、あたしの何処が変だって言うのよ」
  くるっと振り返ってこちらを見つめるリナ。

  ううっ、やっぱり瞳の輝きがいつもと違うような・・・。

 「お前な、毎日夜に出かけて疲れないのか?」

 「ううん、ぜーんぜん!!ストレス解消も兼ねて充実した毎日を過ごしてるわよ♪
  あっ。さてはガウリイ最近あたしの邪魔できないからすねてるんでしょ。
  いつまでもガウリイに邪魔されるようなあたしじゃないのよ♪」

  笑いながらリナが子供のようにクルクルと体を回転させる。

  その笑顔に、不覚にもドキドキしている自分を見つける。

  いつの間にか少女から、一人の女性に変化していくリナ。

  フフフッと微笑むその唇から目が離せなくなる。

  「リナ・・・お前最近変わったな」
  決して悪い意味ではなく、むしろ良い意味でのつもりだったのだが。

  サァッとリナの顔色が変わった。

  「ガウリイ・・・。それ、どういう意味」
  真剣に、探るような問いかけ。

  「い、いやぁ、なんだかリナも大人っぽくなってきたなぁと思ってなぁ」
  ワハハ、となるべく軽い感じに取ってくれるように答えたら。

  「そう」

  ほっとしたようにリナが笑った。



  ・・・おかしい。
  いつものリナなら「あーら、やっとあたしのこと被保護者扱いするのを止める気になったの?」
  とか
  「フフ〜ンだ、もうあたしだってお年頃なんですからね!今頃あたしの魅力に気付いたの?」
  なんて言いそうなものなのに。
  
  「さ、ガウリイ!もうすぐ今夜の宿よ。晩御飯何にする?」
  もうさっきの話はナシ、とばかりに違う話題を振ってくる。

  「まあ、着いてからゆっくりと考えるさ」
  オレを置いて走っていくリナを追いかけながら、今夜こそは捕まえようと心に決めたのだった。
  



  普段よりも静かな夕食を終え、それぞれ部屋に戻る。

  オレはベッドに腰掛けて、隣の部屋のリナの気配を探っていた。

  今はあちらさんもベッドの上でくつろいでるようだ。

  今のうちに休んでおくか・・・。

  そっと窓から部屋を抜け出して、屋根の上で寝転ぶ。

  ここなら壁越しにスリーピングをかけられても大丈夫。

  そう思っていたのだが・・・・。




  ちゅど〜んっっっっっっ!!
  



  大きな爆発音に、眠りから覚めて飛び上がった。

  宿から離れた森のほうから火の手が上がっている。

  ・・・・またやられた。

  出し抜かれた事に気がついたオレはブラストソードを手に、火元に向かって駆け出していた。




  あちらこちらに焦げた跡。

  そこここに倒れてピクピクしている男たち。

  手には折れ曲がった得物が握られていたが、使う気力もなさそうだ。

  更に奥に馴染みの気配。

  リナだ。

  ここに来るかなり前から気配を殺していたので、オレがここにいる事には気付いていない筈。

  そっと身を隠しながらリナの後ろから近づいた。

  フンフンと機嫌の良さそうなリナの声が聴こえてくる。




  ・・・サファイア、ルビー、エメラルド♪
     水晶、瑪瑙にアクアマリン♪
     シトリン、パールにダイアモンド♪
   
     い〜まのあたしのおっきにいり♪
     
     お口の中〜でコロコロと♪
     あま〜く蕩ける甘露たちっ♪




  小さな声で歌いながら、盗賊たちが溜め込んでいたお宝を袋に詰め込んでいく。

  よく見れば、宝石ばかりを選んで詰めている様に見える。

  あっという間にめぼしいお宝を詰め終えたリナは、フウッと額の汗を拭って座り込んで・・・

  ごそごそと胸の辺りを探して取り出したのは、昼に見たあの小瓶。

  大切そうにそっと蓋を開けて取り出したのは・・・サファイア!?

  小粒なその宝石を、何のためらいも無く口に放り込み。

  かりりっ、こりっ、こくんっ、と飲み下した!!



  「リナ!!」

  茂みから姿を現したオレに驚いたのか、ころっ、と、リナの手から例の小瓶が転がり落ちた!

  「ああっ、ガウリイそれだめ〜っっっ!!」
  瓶に向かってスライディングしてくるリナより先に掴みあげ、中を覗くとそこには!

  ・・・色取りどりの宝石が詰まっていた・・・。









  「どういうことなんだ?」

  あの後、オレは瓶を取り返そうとするリナの腕を掴んで宿屋に戻ってきて、
  そのまま自分の部屋にリナを連れ込んだ。

  オレはベッドに腰掛けたが、リナは腕を組んでそっぽを向いたまま。

  二人して黙ったままと言うのはなんか気まずい。

  最初に声を出したのはオレ。

  聞こえてるだろうに返事をしないリナに
「どういうことか、説明してくれないか?」と話しかけた。

  まだ黙っているリナに焦れて来たオレが
「教えてくれないのなら、この中身をぜ〜んぶ食っちまうぞ!」
  と、瓶をちらつかせた途端。

  「ガウリイ、それ返してよぉ」

   鼻にかかった、甘えた声。

  「それはガウリイには関係ないんだって、ね、お願い。
黙って盗賊いぢめに行った事は謝るから」

  紅色の瞳をウルウルさせながら、こっちに近づいてきて・・・。

  「ああーっ、何で判るのよ〜っ!!」

  オレの握っていた瓶を取り返そうと、グッと伸ばしてきたリナの手を掴んで
ベッドの上にに転がしてやる。
  そのまま上に乗っかって、逃げられないようにリナの体を自分の体で押さえつけた。

  「が、がうりぃ・・・」

  真っ赤になったリナの目の前で例の小瓶をカラカラと振って「これは何なんだ?」と
もう一度問いかける。

  「そ、それは・・・」

  まーだ答えないのか、それなら。

  きゅぽん!と小気味いい音を立てて瓶の蓋を外し、中身をオレの口に・・・。

  「だめーっ!わかった、わかったわよっ!!教えりゃいいんでしょ!!」

  あわてて、その手を止めたりナは、渋々とこの宝石の正体を教えてくれた。



  
  瓶の中身は・・・魔法薬の様な物、らしい。

  リナが言うには、材料は本物の宝石とマジックショップに売ってるシロップ、後は企業秘密らしい。

  あまり難しいことは判らないが、とにかく宝石に色々と細工して作った薬というか。

  使う宝石の種類によって効果も違うらしく、使う量も半端ではないそうで。

  そうか、それでせっせと盗賊どもをイビリ倒してお宝を巻き上げてたのか・・・。

  なんでも、この宝石薬(ジュエル)を食べると魔力(キャパシティ)や、
体力も一時的にだが増やせるらしい。

  食事量が少なくなったのも、夜寝なくても元気でいられたのはコレのおかげだったのか・・・。

  
  しかし、それよりもっと大事な使い道。

  顔どころか全身熱があるかのように真っ赤にして、小さな声で教えてくれたのは。

  「それを食べると美容面で効果絶大だって言うんだもん・・・それに胸が大きくなるって」
  最後の方はむにゃむにゃと消えそうな声で言うリナは、とてつもなくかわいかった。

  しかし、美容のためって・・・そんなもんより良い物が有るって知らないのか?

  「リナ」

  そっと顔を覗き込んで囁く。

  「そんなもんよりもっと効果のあるのがあるぞ。しかも金も掛からんヤツ」

  「えーっ、そんな良い物持ってるんならあたしに頂戴!!」

   ああ、良いさ、たっぷりやるから受け取ってくれ。

  「じゃ、今からじっくりと楽しんでくれな♪」わざとゆっくり近づいてリナの唇を奪う。

  「ちょっと!うぅんっ、やだっ、やめっ・・・」

  抵抗されたのは最初だけ。

  じっくりたっぷりかなーリ濃厚なキスを仕掛けると、リナの体はくてっと力が抜けてしまったから。

  「あのな、美容のためには好きな男と愛し合うのが効果的なんだぞ♪」

  「好きな男って・・・ガウリイはどうなのよ!」

   潤んだ瞳で問いかけるリナに、
  「オレはリナだけを愛してるから。そんな薬なんか使わなくってもほら」
   そっと紅の瞳にキスをして、「ここには極上のルビーがあって」
  綺麗な栗色の髪にもキス。「ここには最高の瑪瑙がある」
  ゆっくりと服を脱がせながら「この肌は真珠の輝きを纏ってる」胸元にもキス。

  完熟トマトよりも真っ赤になったリナに、
  「オレはリナを愛してる、リナの存在そのものがオレにとっての宝石なんだ。
   ダイヤモンドよりも高貴で、他のどんな宝石よりも美しく輝いてる。 
   ・・・・・この宝石を、オレは手にしてもいいか?」

  真剣に瞳を見つめて許しを請う。

  しばらくオレをじっと見つめたりナの答えは。

  「大事にしてくれないと承知しないわよ」
そう言って照れくさそうにオレの瞳にキスをくれた。

  「ガウリイの瞳こそ最高のブルートパーズだわ」


  二人で温もりを分け合った初めての夜。

  オレは宝石のような最高の彼女を手に入れ、彼女は自分だけの宝石を手に入れた。

  それから夜が来るたびに、オレは甘い甘い蕩けるような宝石を味わう。

  リナのお気に入りは流れ落ちる金の糸と自分だけを見つめる一対の蒼い宝石。