「では、報酬をいただけますか?」

にっこりと、しかし隙のない笑みを浮かべ依頼人を見つめ
リナは、『ずいいいっ!!』っと、契約書を突き出した。

「私達はこの書面にあるように、きちんと条件を満たし仕事を完了させました。
そこに一切の不備はなかったと思いますが。まさか
いまさら懐具合が寂しくなったからまけろ、なんていいませんよね?」

トン、と、樫の木でできたテーブルを指で叩き。

「あの女神像を手に入れる為にかかった経費と約束の報酬
合わせて金貨25枚。耳をそろえて払ってもらいましょうか」

ビシリと言い切ると一転、済ました顔で目の前の香茶を一啜り。

圧倒的な貫禄の差に、依頼主は完全にリナのペースに呑まれちまってる。

大体、リナの噂を知ってて依頼しておいてごねるのもある意味度胸があるよなぁ。
報酬を出し惜しみなんぞしたら即座にこうなる事位、オレにでも予測できそうなもんだ。






「まったく、手間取らせないで欲しいわよ!」

オレの前を歩くリナは、まだブツブツ文句を言っているが。

「何言ってんだよ。 払わないなら・・・って、呪文で脅して依頼料吊り上げたのは誰だよ」

あの後は予想通り、リナの独壇場になったっけ。

「あら、当然の権利じゃない! このあたしに余計な時間を取らせた罰よ」

「ま、あのまま屋敷を破壊されるよりはマシだっただろうがな」

「そーそー。 あっ、ガウリイちょっと待って」

急に足を止めたリナは、一軒の店に入っていく。

『香茶専門店?』 
茶ならさっきも飲んだだろうに、喋りすぎて喉でも渇いてるのか?

しかし、リナはカウンターの店員となにやら会話を交わしているだけ。
しばらくすると小さな包みを持って出てきた。

「なに買ったんだ?」

「何って、お茶っ葉に決まってるでしょ! 普通お茶屋さんにに入ったらお茶を買うもんでしょ?
それともガウリイはお茶屋さんに入って焼き魚でも買うつもり?」

やや鋭さの残る口振りとは裏腹に、胸元に茶の包みを抱えこんだリナは
さっきよりもご機嫌の様子で、見ているこっちまで嬉しくなってくる。

「じゃあそこの饅頭も買ってって、部屋で食うか?」

もっと喜ばせてやりたくて、目に付いた店を指差せば
「やった♪ じゃあ饅頭はガウリイのおごりって事でよろしくv」
ますます機嫌が上向いていくのが判る。

こういう時リナは本当にちゃっかりしてるよな〜と感心するが、
オレとしては、こいつがこうやって笑ってくれればそれでいい。

懐から財布を取り出して、リナの為にと目の前の露天に向かった。






どっちの部屋にするかと聞かれたんで「じゃあオレんとこでどうだ」と
リナを招待する事にした。

「じゃああたしは下で準備してくるから、ガウリイはお茶菓子並べといてね」

パッパと防具を外し身軽になると、リナはさっさと階下に降りて行き。

部屋に留まったオレは、窓を開け篭った空気を入れ替えたり、
寝乱れたままのベッドシーツを整えたりして時間を潰す。

簡単に雑事を済ませた頃に、さっきの饅頭がうまそうな匂いを
漂わせている事に気がついて、手を伸ばしそうになった、が。

「ガウリイ〜? まさか自分だけ先に食べようってんじゃないわよね」

このタイミングを狙ったように戻ってきたリナがこっちを睨んでいたんで、
そそくさと手を引っ込めてみせる。






「ほら、あんたはミルクと砂糖どうするの?」

自分のカップに両方をたっぷりと溶かし込んで一口啜り
「うん、やっぱりいい葉っぱだと美味しいわ」至極満足げに微笑むリナ。

うまいものを食べたり飲んだりしている時、リナは凄くいい顔をするんだ。

コポポポポ・・・。

薄い陶磁器のカップに注がれる淡い紅色の液体はどんどん色味を増して。

「じゃあ、オレは砂糖だけ」

明け方やりあった戦闘の疲れが残っている気がして
自分の香茶にたっぷりと砂糖を入れた。

なにげなくスプーンでグルグルかき回して・・・気がついた。

「そういえば。お前さん、普段は何も入れないよな?」

さっきの依頼人の屋敷でも香茶が出たが、リナはそのまま飲んでいたような。

「いきなり何を言い出すんだか」

不思議そうな顔でオレを見つめながらもリナの手はしっかりと饅頭をキープ中。

いや、お前さんの分は取ったりしないって・・・いや、今はその話じゃなくて。

「さっきも香茶飲んでたろ? あの時は何も入れてなかったなと」

「そりゃそうでしょ?」

さも当たり前のように答えたリナ。

「ガウリイ、あんただってああいう場面じゃ口をつけないでしょうに。
こっちの事を快く思っていない人が用意させた飲み物を、あんた、そのまま全部飲む?」

逆に問い返されて唸ってしまった。

そう言われれば確かにそうだ。

「あたしは一応「そっちを信用しています」って意味も込めて、よっぽどの状況じゃなきゃ
一口位は口を付けるようにしてるのよ。でも、万が一何か混ぜられてもすぐ判る様に
できるだけ余計な混ぜ物はしない、それだけよ。
旅に出る直前、ねーちゃんにみっちりレクチャーされたもんよ?
砒素は精製度合いの悪い砂糖に混ぜられたら見分けがつかないとか、色々ね」

リナは肩をすくめ、手の中のカップからもう一口、コクンと液体を飲み込んで。

「今は全部自分で準備したものだし、あんたがいるからそんなに警戒しなくてもいいんだもの。
リラックスしても大丈夫な時は、香茶位好きに飲ませてもらうわよ♪」にっこり微笑むと。

空になったポットにお湯を注いで「次はレモンでもいいわね」などとゴソゴソやっている。

「いつもそんなに警戒しているのか?」とか、「お前のねーちゃんってどういう人なんだ?」とか
聞きたい事はたくさんあったけれど。

重要なのは「リナはどこまでオレを信頼してくれているのか」って事で。

それを聞こうか聞かないでおくか迷っているうちに、手の中の液体は
いつしか冷たくなってしまっていた。





そして、答えは目の前に。

そうだよな。

信用されてなきゃこんな風にはしてもらえないよな。

疲れが出たのか、テーブルに突っ伏してスヤスヤと穏やかな
寝息を立てるリナの姿にジワリと胸が温かくなる。

「このまま泊まっちまってもいいんだぞ?」

彼女が起きていたなら間違いなく呪文が飛んでくる所だが、
小さく口の中で呟いたオレの本音は幸か不幸か、
心地良い夢を漂っているらしいリナには届かなかったようだ。

栗色の髪の流れを一筋掬い取って。

彼女が目覚めるまで傍に居よう、そう心に決めた。