「あ〜っ! もう、何でこんなにややっこしい書き方してるのよ!!
絶対これ書いた著者って、根性曲がってる。
ぜ〜ったいひん曲がってたに決まってるわ!!」

壁越しにリナの絶叫が聞こえて、オレはこっそり溜息を一つ。
こんな時、オレは本当にただの役立たずに成り下がる。

「もうっ、期日まであと2日しかないのに!!」

バムッ!! 壁に何かがぶつかったようだ。

・・・たぶん、八つ当たり用のぬいぐるみ(借りもの)だろうな。
ここの娘さんが「ストレス解消にはこれですよ☆」って
渡してたんだよなぁ・・・でっかいクラゲのぬいぐるみ。

頭脳労働の苦手なオレは、今回の仕事には完全に役立たずで
せいぜいあいつが根を詰めすぎないよう
時間をみて休憩させる位しかできる事がない。

と、いうのも、今回の依頼が魔道士協会がらみだったからだ。

100年程前に書かれた古書の現代語への翻訳作業及び、原本の修復・・・だったか。
かなり面倒臭そうな依頼だったのだけは憶えている。

もう一つ。

本を渡された時の、挑むように目を輝かせたリナの表情も。

あいつ、こういうの好きだからなぁ・・・。




フンワリと煮立ってきた香茶葉入りのミルクを
火から降ろして冷ましにかかる。

ここで焦ったら美味くならないって、注意されたんだよな・・・。

借り物の砂時計をくるりとひっくり返して、中の砂が落ち切るまでに
汚してしまった箇所を掃除にかかる。

なにしろ茶葉は零す。牛乳も零す。
砂糖なんかは壷ごとぶちまけちまった。

おまけに噴き零れそうになった鍋を素手で触っちまって、
指先に軽い火傷のおまけつき。

「む〜、なかなかどうしてうまくいかんもんだな」

ジャリジャリした砂糖を布巾で拭い取り、横手の窓から放り出した。
無駄にならんように、せめて蟻にでも食われてくれ。

ペシペシと布巾を振って、こびりついた砂糖を叩き落とし、
桶で濯いで絞って干して。



ゴソゴソやっているうちに、いつの間にやら砂時計は時間を計り終えていて
慌ててオレは鍋の中身を陶器製のピッチャーに移しそうと・・・しまった。

茶っ葉を漉すの、忘れてた。

自分でも何をやっているのやらと情けなくなくなるが、
まさかこんなもんをリナに飲ますわけにはいかないしなぁ。

一旦中身を鍋に戻してから、改めてピッチャー上部に渡した茶漉し目がけて
淡い茶色の液体を注いでいく。これでやっと作業完了だな。

「ガウリイさん、うまくできました?」

背後からタイミングよく声を掛けてくれたのは
「はい、ご注文のショコラパウンドとナッツクッキーです。あとこれは私からリナさんに」
でっかい銀色のお盆を両手で支えて笑っている、看板娘のミランさん。

「さっきリナさんの所にも寄ったんですけど、かなりお疲れみたいでしたよ?
早くそれ持っていって、しっかり栄養補給とストレス発散させてあげてくださいね!」

ズイッと差し出された盆を受け取り、ティーカップとピッチャーを乗せてもらって
盆を揺らさないよう、静かに静かに厨房を出て
オレはそのままリナの部屋へと向かった。

驚いたリナがドアを開いてくれるまで。

あと、30秒。