警告!!

ブラック無糖ダーク注意、死にネタ苦手な方はこのままどうぞ
回れ右して脱出してください。


読後「なんじゃこりゃあ!!」と不快に思われたとしても
管理人は一切責任を持ちませんのであしからず。

それでも良いよ、と、思う方のみ下へスクロールよろしくです。


















































Twine Carmine









そっと夜陰に紛れ宿を抜け出して、あたしは一人足音を殺す。

砂利の多い小道は避けて、わざと雑草の蔓延る野原を進んだ。

静かに静かに、気配を忍ばせ柔らかな青草を踏みしめて歩く。

湿気を多く含んだ空気がねっとりと絡みつき不快な事極まりないが、
こればっかりはどうしようもない。

とにかく人目につかぬように移動する事が最優先。

乱暴に拭った額には、すぐ新たな細かな汗が浮かびあがって
纏わりつく暑さと湿度からの不快さを際立たせる。

あたしの立つ周辺だけは、一時、虫の声が止んだ。

普段ならば呪文で身体を浮かせるなり、手っ取り早く空を飛んで
目的地へと向かいたい所なのだが今はその手が使えない。

右の手首にしっかり巻き付けられたバングルを睨みつけ、
どうやっても外れないそれを忌々しく思いながら
再び深夜の野原の更に向こうを目指し、先を急いだ。






しばらく進むと、徐々に背の低い木が視界に映り出す。

それらを避けながらあたしは奥へ奥へ、この先にある森の最奥を目指して
進むうちに、どんどん木立の数が増え勢力を増し、いつしか周囲は
背の高い樹木ばかりに変化していった、が、
まだまだあたしの目的地までは程遠い。


ザクッ、ザッ、ザッ・・・。

ここまで来ればもはや何をためらう事もない、そう考えて
ペースを『歩く』から『疾走』へと跳ね上げる。

幾らなんでもこんなに深い森の奥にいるあたしの存在を感知する事は、
獣以上の勘の持ち主と言えど不可能に決まっている。

ならばコソコソ彼に見つかる事に怯える必要も、もはやない。

もっと。

もっと奥へ。

この森の最深部に、目指す遺跡は存在するのだから。

全身のバネを使って、あたしはただひたすらに先を急ぐ。

最早、あたしの思考を支配する圧倒的な感情を許容し続ける事に
とても耐えられそうにもなかったからだ。





たどり着いたその場所には、古びた祠が一つ。

風雨に晒され傾き今にも朽ち果てようとしているそれこそが
探していた目印。

ゆっくりと祠に近づき、中心に彫りこまれた女神像の額に手を添えて
ある言葉・・・キーワードを唱える。

最後の一節を唱え終わった時。

ズズズズズ・・・

微かな摩擦音を立てながら祠が真横にずれて、地下へと続く階段が現れた。

人一人がやっと通れるほど狭い開口部。

しかし、現れた石造りの階段は上部の祠の様子とは対照的に
傷んだ様子も見られず、ここが秘された場所だと実感させられる。

ライティングの明かりをショートソードの先に灯し。

あたしは一人、その内部へと歩みを進めた。





コーン。



カツーン。





ブーツの立てる音が、狭い空間内で反響し長い余韻を残して消えていく。

この先にあるものが、あたしを苦しみから救ってくれる。
もはや自分では手の施しようのない『   』という名前の感情から。

まるであたしの総てを絡め取るように、あいつの存在は大きくなっていく。

いつも間にか、一人で呼吸することすら苦しく感じてしまうほど、
あいつがいなくてはダメになってしまった。

そんな自分を許せない、認めたくない一方で。

頼りなくよりどころを求めて蔓を伸ばす夏草のように、支えがなくては
一人で咲く事もできない自分自身を哀れんだ。

ぐちゃぐちゃに壊れていくあたしの感情と思考、そして生き筋を変えたくて。

今の自分を変えたくて、あたしはここにやってきたのだ。







あいつには、知られたくない。

彼とこれからも旅を続けるためには、知られてはならない。

あたしがもはや彼を相棒ではなく、焦がれ求める対象としか考えられないなんて。

この、血に塗れ屍の山を築いて生きてきたあたしが今更恋だ愛だなんて、
だれが聞いても眉を顰め声高く『身の程知らず』と非難するだろう。






きっと、あいつも。







昔、酒場で懐かしそうに話してくれたのは彼の故郷の伝説。
それは一人の剣士と一人の年若き魔道士の物語だった。

『・・・思えば、オレは彼女に憧れていたんだろうなぁ。
圧倒的な力と、けして揺らがない意志の持ち主。
オレとは大違いだって、子供の頃から思ってたんだ』

彼の幻聴を振り切ろうと目を閉じて、再び開いて我が手を見れば。

それは真っ赤な液体に覆われていて、酷くべとつき不愉快だった。

右腕にしっかり食い込んだバングル、その中央に嵌められた漆黒の石。
赤き生命の水は、その石から滴り落ちてはあたしの罪を糾弾する。

これは、あたしが屠った人達の・・・。

左手でぎゅしりと石を抑えたけれど、滴り続ける血潮は止まる事は無く。

両手を赤々と染め続けた赤は、床に触れた途端に姿を消した。

いや、これはあたしにしか見えぬ、触れえぬもの。

こんなにも確かな証なのに、あいつすら感じる事はなかったようだ。

『何にもなっちゃいない、お前さんは綺麗だよ』って笑って
あたしの手を取ってくれたっけ。

真っ赤に染まったこの両手からは、彼の温かな手へと
針先ほどの赤すら移る事は・・・なかった。



重なり合った二人の手は。

一つは真紅で。

一つは綺麗なまま。



『ほら、大丈夫だろ? お前さんはどこも汚れてなんかいやしないんだ』
笑顔であたしの腕を取って、あんたは言ったわね。

「こいつがお前さんを護ってくれる。 オレももちろん側にいるが、な?」

・・・皮肉だね。

あたしの為にと選んでくれたバングルが、あたしの罪を証明し続けている。






彼の語る伝説の魔道士とは、違いすぎる自分自身。

彼女はまるで、陽の光を具現化したような存在なんだと教えてくれた。

あたしは、そんな風には生きられない。

仮初めの光は纏えても、一枚化けの皮を剥ぎ取られれば現れるのは真紅の闇。

まるで底なしの沼のような、ドロドロ濁った血の池地獄。

こんなに醜いあたしには、穏やかな彼の笑みさえ眩しすぎた。

バカなクラゲを装ってまで、危なっかしい道を歩くあたしを護ってくれた優しい大人。

でも、それすら既に苦痛としか受け取れなくなったあたしの身勝手を許して欲しい。



愛してしまった。

手に入れたい、抱かれたいと願ってしまった。

あなたの望む、奔放で我が侭な少女でいられなくなってしまったから。



そんな自分を全部、消してしまうの。

もう一度、全部ゼロからやり直せれば、そうすれば今度こそあんたの隣に寄り添える?
あまりにもご都合主義的な願望に、恥を知り身の置き所すらなくなるけれど。

でも、もうそれでもいいわ。

あんたの傍にいられない自分なんて要らないし、そんなあたしをあたしは憎む。

感情だけじゃなく、この身体ごと全部消してしまった方がいい?






緩々と零れ落ちる赤い雫を掬い取り、そのまま頬に塗りたくった。

血化粧こそ、あたしの望んだ道だったんだ。

鉄臭く、生臭い。ドロドロにぬかるんだこの道を。

それでも真っ直ぐ迷う事無く進めるようにと、鍛えられた筈だった。






あたしの中の、赤の欠片が目覚めぬように。

あたしの中の、赤の欠片に悟られぬように。







『・・・覚醒する事なく、人としての生涯を駆け抜けよ。
ただ一人、二つの世界の狭間に立ち尽くして。
何にも縋る事無く、ただ浄化のため人の世を渡れ。
さながら台風のように、渡る土地に烈しい風雨を起こしながら・・・』

それこそが、敬愛する『永遠の女王』から示されたあたしの運命だったのに。

偶然なのか必然なのか、金色の光があたしの傍に舞い降りた瞬間から。

あまりに綺麗なその光にあたしは一目で魅了されてしまった。

差し伸べられた、優しい手に縋ってしまった。

一見、彼こそがあたしに引き回されているように見えただろうが、
真実は真逆。

あたしが彼に翻弄されていた。

あいつの一挙一動に、滑稽なほど心はざわめき冷静さを欠いて、
あげく世界を滅ぼす間際まで追いつめられる始末。

もう、これ以上は許されない。

これ以上、安らぎの中には留まれない。

あたしの立ち位置は底の見えない血の海の中。
累々積まれた屍の山を、踏みしめ踏み越え生きる運命。

ここで、すべてを断ち切って。もう一度全部最初からやり直すの。






あたしは浄化の為のただの装置。



金の魔王の作りし玩具。



正と邪、白と黒、光と闇。







あらゆるものを統べる混沌の海に浮かぶ、
木っ端のように脆く頼りない存在、それがあたしだ。

この身に余る赤を背負って、漂い浮かぶだけの存在(もの)。

そんなあたしに差し伸べられた黄金は、彼の存在の気まぐれだったのだろうか。

握った短剣をゆっくり肌の上に押し当てて、力を込め一息に掻き切る。

ゴボリと、喉から聞き苦しい音が鳴った。

ドッと肺に流れ込む血の流れが空気と混じり泡立って、
ビチャビチャだらしなく辺りに飛び散り吐き出される。

苦く焼けつくような激痛の中、霞む脳裏に浮かんだのは。







・・・やっぱり、あいつの笑顔、だった。






『今度こそ、間違えない』

意識の途切れる刹那、それだけを誓ってあたしは絶命した。

屍はやがて、朽ち果てて灰燼に帰すだろう。

魂は闇の母の御許で一時、安らぐ事を許されるのか。






・・・どうか、見つけないで。

あいまいな存在となったあたしは、完全に事切れた肉体から抜け出して
右腕に巻き付いたままのバングルを眺めていた。















「・・・でね、この古文書によると、その遺跡はアレ・・・ロード・オブ・ナイトメアと
何か関係があるかもしれないの。
『忘却を司る墓標・・・仮初めの夢、たゆたいし・・・』
う〜っ、この先はインクが消えちゃってて読めないわね」

うっそうとした森の奥、木漏れ日さえも射さない獣道から
活き活きとした少女の声が響く。

「信用できるのか? そんないびり倒した盗賊から巻き上げたもんが」

応えたのは、穏やかな低い声。
少女の連れらしき男のものだ。

話し声と共に、下草を踏み分ける軽い足音と、
そのすぐ後ろからやや重い足音が続く。

「あのね、このあたしの勘が「何かがある」って告げてるのよ!
それに、もし例の呪文・・・ギガ・スレイブを完成させる手がかりがなかったとしても
何かお宝が残されてるかも知んないし♪」

男は、軽やかに進む少女を見つめ・・・やや躊躇してから言葉を紡いだ。

「オレは・・・そっちには行かない方がいいと思う。
すごく・・・とても嫌な感じがするんだ。
こう、なんて説明すりゃいいのかは分からんが、とにかくそっちはダメだ」

言葉を切ると、男は強引に少女の腕を捕まえ立ち止まった。

「ガウリイ?」

普段の彼とは違う、あまりにも頑なな態度に驚いて
少女は怪訝な顔で名前を呼び、真っ直ぐ視線を合わせる。

「リナ、頼むからその先には行くな。
これ以上進んだら・・・もうお前さんといられなくなる。
そんな気が、するんだ。 ・・・頼む。今回だけは諦めてくれないか?」

真剣な顔、いや、喪失を恐れるように眉を寄せ。
男は血の気の失せた顔で首を振り、これ以上進む事を拒んだ。

「・・・あんたがそこまで嫌がるなんて珍しいわね」

今や困惑しきりで彼を見つめていた少女は
しばらく何か考え込んで・・・。

「リナ、頼む」

懇願する男の呼びかけに、結論を出したようだった。

「あんたがそこまで言うんなら、行かない方がいいんでしょうよ。
ここの遺跡の調査は中止、これでいいのよね?
その代わりに今夜は盗賊いぢめに付き合ってもらうわよ!
ここの遺跡のお宝、けっこう当てにしてたんだからね!!」

「リナ!!」

くるりと踵を返し、元来た道を辿り始めた少女と
彼女の後ろを慌てて追う男の姿は、とてもじゃないが
超一流の傭兵には見えなかった、が。

「だからなんでそこで盗賊いぢめが出てくるんだよ?」

「ヤならい〜わよ? その代わり、行かなきゃ明日は野宿確定なんだからね!」

「ちょっと待てリナ、まさかオレ達ってそんなに金ないのか!?」

「そうよ! それもこれもあんたがパカパカ何でも食べまくるから!!
最近ゴタゴタが多すぎてロクな依頼も受けてないって
ガウリイも知ってるじゃない!!」

凄い剣幕でまくし立てる少女の迫力にタジタジとなりながらも
男は手を繋いだまま、彼女を宥めにかかる。

「わかった。今夜は囮でも荷物持ちでもなんでもやる。
だからそう興奮しなさんなって、な?」

グリグリ無遠慮に栗色の髪を撫でくりながら、男は
密かに安堵の息を吐いた。

一歩、ふもとへ向かうほどに、嫌な感覚は消えていく。
あんな、全身の産毛が逆立つような場所には、二度と。

「あり? オレはいったい・・・?」

「ガウリイ? どうかした?」

「いや、何でもない。 じゃあ、今夜に備えて早めに宿を探すぞ〜!」

わざと明るく叫んで、男は少女の手を握りしめ駆け出した。

一刻も早く、不吉なこの地から離れる為に。

二度と、この手が離れぬように。







彼らの辿りつかなかった、忘れさられた祠の前には。

それと同様に、朽ちかけ打ち捨てられた・・・いや。

女神に捧げられたと思しき、古びたバングルが一つ転がっていた。

その中央にはめ込まれた石は真っ二つに断ち割れて
大きく開いた傷口から零れたのは。







ただ一滴の鮮やかな、赤。