するするる。 緩やかに巻かれた糸玉から一筋、手元に伸びる毛糸を大き目の鈎針で編んでいく。 しゅっ、しゅるしゅるしゅるり。 一見青空をそのまま映したような色の毛糸を、均一に同じ幅に編み上げて行く。 もともと複雑な編み方をする気はなかったし、そんな意匠を凝らしたところで 奴に値打ちなど分かる筈もない。 今必要なのはあたしが手ずからこれを完成させるという事。 季節は晩秋、静かな秋の夜長に似合うのは読書かそれとも編み物と 相場は決まっちゃいないけど。 ただなんとなく、市場で良さそうな毛糸を見つけちゃったから。 手芸店のおばちゃんと半刻、値段交渉バトルを繰り広げて得た戦利品。 郷里でも色んなものを作ったっけ。手先の器用さは母ちゃん譲りだとおだてられ、姉ちゃんの手袋とか父ちゃんの帽子とか母ちゃんのひざ掛けやら沢山編みまくった時期もあった。 ついでに魔道銀による特殊な刺繍を施す事で、ただの衣服に防御結界を展開できると 知ったのもこの頃だったか。 そんなこんなの懐かしい思い出に浸りながらも手はちゃかちゃかと編み針を操り続け、 編みあがった部分は床に据えた籠の中に重なり納まっていく。 この位長さがあれば大丈夫かしら。いやいや、もう少しだけ頑張ってみよう。 同じ姿勢でいた所為で肩が痺れてきてしまった。 う〜んと一時休憩にして、背筋を伸ばして凝りをほぐす。ついでにお茶を淹れて一息、 甘いものを摘んでまた一息いれてから、最後の仕上げに取り掛かる。 端が歪まないよう力加減に気を配りつつ、サクサクと本体を編み上げ両端の処理。 それから房飾りをつけて、目立たない箇所に「G」の飾り刺繍を。 糸端の処理を終えたら完成。 たったの一晩で完成させられたのはあたしの実力ってもんでしょう♪ 出来を確かめようと、ライティングで室内を照らし、完成したばかりのマフラーを改めてチェック。 この、青色の中に、光線の具合で混じる緑がいい味を出しているのよね。 いつも彼が身に着けている物は青系統が多いから、少しだけ違いを出しつつ 全体の雰囲気を壊さないような、そんな色。 あいつが喜んでくれればいい。 それだけであたしの努力は報われる。 彼の笑顔を思い浮かべながら、あたしは心地良い疲れに身を任せて眠りの海に沈み込んだ。 「ガウリイ、ちょっと座ってて?」 翌日、夕食を終えてからあたしはガウリイの部屋を訪れていた。 後ろ手に隠し持っているのは当然あたしの力作。 「なんだ?」 不思議そうにあたしを見て、それから不自然なあたしの腕を見て。 「なんだかよくわからんが、とにかく座ってりゃいいんだな?」って言うとおりにしてくれた。 では、お披露目開始。 「リナ。これ・・・!!おまえさんの手編みなのか!?」 ゆったりと巻きつけたマフラーを手に取って、驚きと嬉しそうな顔が半分こになってる。 うんそうよ、『今日の為に頑張ったんだから』なんて言わないけど、 これからもっと寒くなるから使ってくれると嬉しいかな。 「リナ、サンキューな」 しっかりとマフラーを巻きつけて、笑顔のままあたしの方を振り向くガウリイに・・・。 「スリーピングv」 ドサリと重い音を響かせて、床に懐いたでっかい身体。 こんなにうまく行くとは思わなかったわ。 「これで邪魔者はいなくなったし、心置きなくお出かけさせてもらいましょうか♪」 企みにあっさり引っかかってくれたガウリイをベッドの中に押し込んで、 あたしは窓から外へと飛び立った。目指す場所は山の中腹、盗賊たちの住処。 「一回しか使えない手だけど、努力に見合うだけの成果はあったわね〜」 思いがけないプレゼント(しかもあたしの愛情入り)に気を許した所を突いた見事な作戦でしょ? 言っとくけど、そのマフラーに罪はないんだからちゃんと使ってくれると嬉しいんだけどな。 夜空を舞いつつ頭の中で襲撃作戦を練ろうとしながらも、いつしか頭を占めるのは ガウリイのことばかりになっていた。 あんな簡単なマフラー一つで、すごく嬉しそうに笑ってくれたガウリイ。 彼の金髪にあの青と、光沢に混じる緑とのコントラストがすごく綺麗に見えて。 「サンキューな」って、笑った顔を思い出して、ツキンと胸が傷んだ。 だまし討ちみたいにしてしまったからあれ、使ってくれないかもしれないな。 そう思ったら、すごく悲しくなってしまった。 「・・・リナ?」 目を覚ましたガウリイは未だ眠たげに見えた。 「お前さん、どこに行ってたんだ?」 さっきとは一転、不機嫌そうに腕を掴んで問い詰めてくる顔は厳しいもの。 「・・・ちょっと、逃げただけじゃない」 「なんだって?」 「だから、あんたがあんまり嬉しそうにしてるから、照れくさくなっちゃって、だからつい、 条件反射で逃げちゃったのよ!だいたいどこかに行ってる時間なんてないわよ!!」 そう、結局あたしは、どこにも行かずに帰って来てしまったのだ。 「自分で仕掛けといて、照れ隠しで呪文使うなよな〜」 ま、そんな所もリナらしいと思うだなんて笑いながら、ぐりぐり頭を撫でてくれるガウリイに、 あたしは安堵と気恥ずかしさをまぜこぜにしながら寄り添ってみた。 触れている箇所から伝わる温もりが心地いい。 「ほら、リナも使えよ」 ぐるんと巻きつけられる青い帯は。 「ギリギリじゃないの?」 「いいだろ、部屋から出ないんだし」 二人を束ねたまま、ほっこりとした温もりを維持し続けていた。 |