旅の一コマ





ひんやりとした朝の空気を思う存分吸い込んで。

あたしはぐうぅっと、両腕を突っ張り伸びをした。

窓の外は薄く靄っていて、遠くの景色は白一色に塗りつぶされて、
近くの花壇には黄色い花がチラホラ。



春はもう、近い。


暖かくなったら東に向かおう。漠然とそう思った。

風に乗り、朝餉のものだろうか、良い香りがふわりと届いて鼻腔をくすぐり、
敏感なあたしのお腹が『ぐぅ』と一鳴き、空腹を訴えた。

半刻もすれば、いつものように相棒が「メシ、行かないか」って起こしにくるだろう。

それから連れ立って食堂に向かい、食事を取ってまた、次の土地へ。

「本日の予定は起床後食事を採り、その足で出立。街道を真っ直ぐ進み
昼過ぎに次の街デファランド着。宿を決めたら各自自由行動、夕食時に合流。
食事終了後は各自部屋で過ごした後就寝。・・・以上、本日の予定確認終了」

ポツリとガイド口調でつぶやいてみた。



我ながらまったく平穏無難な予定だと思ったけれど。

実際はこの通りに一日が終わる事など・・・滅多になかったりする。







クタクタに疲れ果てた身体をなんとか動かし、本日の寝床に座り込んだ。

お腹はぎゅるぎゅると空腹を訴え大合唱。

手元には携帯食用の干し肉が一片のみ。

「・・・腹へった」

傍らであたしと同じようにへたり込んでる相方も、余分な食料は持っていないだろう。

お腹空いたなぁ・・・。

「朝、出立後すぐゴブリンの群れを発見。襲われている隊商を救助後報酬をゲット」
ボソッと呟く。ここまでは順調だったのよ。

「その際、有力な盗賊情報を仕入れたので急遽予定変更し、山中にあるという盗賊のアジトに向かう。
が、無事到着するも既にもぬけの殻。周囲の状況から推察するに、
野良デーモンにでも襲われたのか? 幸い、宝物庫の中身は無事だったので、
値打ち物だけいただきその場を後に」

さっさと街道に戻る筈、だったのに。

「・・・道に迷い、現在に至る」

で、今晩は野宿になってしまったわけ。



「だから、あの時「やめとけ」って言ったろーが」

ガウリイの言葉が耳に痛い。

「道に迷ったのは悪かったけど!!
 でも、これで当座の路銀は確保できたし、
悪い事ばっかりじゃなかったでしょ?

街にさえ着けば、お宝を換金して豪勢な食事にありつける。

「オレは、明日のごちそうより今夜のメシが良かったなぁ・・・」

ガウリイは情けない顔のままお腹の辺りを擦って、ガックリ肩を落とした。

「あたしだってお腹空いたわよ! 
もうっ、そんなにお腹空いたんならこれでも齧っときなさいよ!!」

「おっ、いいのか?」
力任せに投げつけた干し肉を難なく受け取り、びっくりした顔でがあたしを見た。

「お前さんが食料譲るなんて・・・明日は雨でも降るんじゃないか!?」

イヤミか、それは?

「いちおーこうなった原因はあたしにあるわけだし。いーから黙って食べちゃえば?」

う〜みゅ、我ながら可愛くないかも。
でも、なんか素直に「ごめん」って言えないんだなぁ・・・。



もう寝よ。

マントを外して地面に敷いてその上に転がったら、ズイッとなにやら鼻先に突きつけられた。

・・・さっきの干し肉?

「ほら、半分食えよ」
裂いた片割れを齧りながら、ガウリイが笑ってる。

「明日は寄り道なしだからな?」
それだけ言うと、黙って火の番を始めてしまう彼から『もう怒っていない』と、
纏う空気が伝えてくれた。




闇の中、揺らめく炎に照らされて。

彼の背中に流れる金髪が赤く艶めき輝いて見えて、とっても綺麗。

沈黙が心地良いなんて、おかしな話だけれど。

ガウリイとなら・・・。

眠気に霞み始めた視界と思考の中で、あたしはぼんやり
「これはこれで良かったなぁ」なんて考えていた。