銀輪の行方




 室内は、シンと静まり返っていた。時折聞こえるのはページを捲る音だったり、忙しなくペンを走らせる音だったり。

 皆が皆、やらねばならない事柄に集中していた。・・・オレを除いては。

 『退屈だよな〜』 暇つぶしにグリグリと自分の前髪を弄りながら、オレはぼんやりと考えていた。元々頭脳労働は員数外だと自他共に認めてはいるが、だからといってこの場からの退場はどうやら許可されないようだ。

 「あんたはあたし達が調べ物をしている間、敵襲がないか怪しい気配がないか、側で警戒してて欲しいの」と、リナに頼まれれば断る理由もなかった。

 だが、あまりにも退屈すぎた。

 敵襲なんて本当に来るのだろうか?と疑いたくなるような穏やかな午後。日差しが室内を明るく照らし、時折吹く微風がリナの栗色の髪をそっと揺らす。

 アメリアとゼル、そしてリナ当人はというと視線の先、ドンと据えられたテーブルに陣取ってあれこれ書物を開いては閉じ、また新たな文献を持ち寄っては顔を突き合せてゴソゴソ何やら相談をしたりと忙しない。

 頬杖をつきながら文献を読みふけるアメリア。

 喰らいつくような勢いで羊皮紙にペンを走らせるリナ。

 目当ての資料が見つからないのか、苛立たしそうにガリガリと頭を掻き毟るゼルガディス。パラリと数本、硬質な銀髪が床に落ちる。

 「なぁ、ちょっと休憩しないか?」
 場の空気を和ませようと声を上げてみたものの。

 「あとちょっと」「今は結構です」「あとにしてくれ」と、三人揃ってにべもない答えが返ってきては、これ以上できる事など何もなく。

 『だからって、寝たりしたら烈火のごとく怒られるんだよな』今まで散々やらかしてきた事だから、実行に移した時の彼らの反応も容易に想像がついて、ここは堪えるより他なさそうだとこっそり溜息をついた。しかし、これ以上何もやる事がないんだったらオレ、絶対もたないぞ? 更に溜息を一つ。ガックリと肩を落とし大人しく剣の柄を握りしめる。

 しばらく時間が過ぎた頃。

 落とした視線の先に、キラキラ輝く何かを認めた。
 皆の邪魔にならないよう、足音を殺しそれに近づき、ひょいと指先で摘みあげたのは。

 「なーんだ」
 さっきのゼルガディスの抜け毛だった。ひょいっと、軽く力を加えると『ぴょ〜ん』と柔軟なしなりを見せ、力を抜くと真っ直ぐに戻る。手触りは本物の針金のように冷たく硬い。

 退屈を持て余していたオレは、しばらくの間ゼルの髪を玩んで時間を潰す事にした。

 さらに時が経ち。

 一度きりの食事休憩を挟んだだけで、彼らの作業は続行されていた。もちろんオレの護衛(名目の単なる付き添い)もそのまま。

 『退屈だなぁ・・・』くあああっと大あくびを一つ、慌ててパクッと口を閉じた。リナの『だからあんたは!』と言いたげな視線に突き刺されたからだ。

 しかし、何もやる事がないんじゃ退屈で退屈で。唸るように積まれた本には興味はないし、調べ物などは性にあわない。 何か暇つぶしになるようなものはないか・・・と、こっそり室内を見渡すと。良いものが視界に入ってきた。

 そっと立ち上がり、彼の背後に回りこんでそれを摘み上げ。そのまま静かに元いた場所に腰を下ろして手を動かし始めた。



 「できた」
 数分後。オレの独り言にリナが反応した。

 「出来たって、何が?」ちょうど一区切りがついたらしく、リナは両腕を天へと突き出し「うぅ〜んっ!!」と伸びをする。

 煩げな視線を寄越すゼルと、面白そうだと寄越した視線で語るアメリア。二人の気を削がない様、小声で彼女を招きよせて。

 「結構上手くできたと思うんだが・・・」手の中のそれを、リナの手の平に落としてやる。

 「何? 指輪?」それを摘み上げ、目の位置まで持ち上げ眺めては、それの価値を推し量ろうとしているリナ。
 「素材は・・・銀でもプラチナでもないみたいだけど、この編み上げ細工は繊細で綺麗よね。これ、今ガウリイが作ったの?」

 疑わしげな視線を向けられたので「ああ、手慰みにな」と答える。

 「じゃあさ、材料はどこで調達したの?あんた、まさかいっつもこんなものを持ち歩いてるとか言わないわよね?」

 「今回は現地調達だな」さて、リナには判るかな?

 息抜きになればいいさ。そんなオレの腹積もりには一切気付かず、ヒントを見つけようと室内に視線を巡らせて・・・どうやらすぐに判ったらしい。

 トトト・・・軽い足音を立てて近づいたのは。そう、難しい顔をしたまま読書を続けるゼルの背後。

 『これでしょ?』リナは指だけを動かして答えを指し示し。

 「あのな。遊ぶんなら他所でやれ」オレはゼルに睨まれた。

 「ちょうど集中も切れてきた事ですし。いったんお茶でも淹れましょうか?」ずっと細かな字を追い続けていたからか、目をシパシパさせてアメリアも席を立ち、そのまま隣室に飲み物を取りに行ってしまう。

「・・・オレは休憩はいらん。雑談ならむこうでやれ」不機嫌な態度を隠そうともしないゼルガディスに「そんなにカリカリしてたら眉間に皺、じゃなくて深いヒビが入っちゃうんだから!」真っ向から突っ込むリナ。

 「・・・ヒビとか言うな!!」

 「何よ、ひび割れじゃなかったら亀裂?それとも裂け目?どっちにしろ、根を詰めすぎるのは良くないんじゃない?」

 険悪な空気を纏い出した二人を見つめながら、『どうしたものか』と考えていると「疲れた時には糖分補給です♪」かちゃかちゃと茶器一式を下げたアメリアが帰ってきて、すかさず二人の間に割り込んだ。

 「あら?リナさん、それどうしたんですか?」アメリアが指差したのは、件の指輪。

 「これ? これはさっき、ガウリイがゼルの髪の毛で作ったんだって」クルクルと指先で指輪を玩ぶリナと、「ゼルガディスさんの髪で作られた指輪ですか・・・」じーっと、熱心にそれを見つめるアメリア。

 やがてアメリアはこっちを向くと「ガウリイさん、これ、貰っちゃダメですか?」と聞いてきた。

 「ああ、かまわんぞ?」どうせ暇つぶしで作っただけだし、と、気楽に返事をしたのがいけなかった。

 「なんで!? これ、あたしにくれたんじゃなかったの!!」今度はリナが怒り出してしまった。

 「二人とも、そんなにムキにならなくてもいいだろ?」慌てて宥めに回ったオレとゼルだったが。

 「だって「ガウリイ」が作った指輪だもの! それに、材料がゼルの髪だったら色々便利な使い方もできそうだし」とリナが。

 「「ゼルガディスさん」の髪を原料にした指輪なら、私だって欲しいんです!! それにほら、ガウリイさんの細工も見事ですし」とアメリア。

 しかし指輪は一つきり。
 この場合、どうしたらいいんだろうか。

 「なぁ、ゼルはどうしたらいいと思う?」オレは原材料である男に判断を仰いだ。それがスジってものだろ?

 「おい。・・・なんでそうなる?」ゼルガディスは困惑げな表情でリナとアメリアを交互に見つめ、最後にオレに「余計な事を・・・」と恨めしげな視線を寄越し。

 げんなりした顔でリナに向かい合った。

 「お前はそれには使い道がある、と言ったが、具体的にはどうするつもりだ?」声のトーンからは、ゼルにはだいたいの予想がついているらしい。

 「これがあればいつでもアストラルプレーンであんたの居所が探せるでしょ? 髪だってあんたの一部、指輪から発せられる波動と同じものを探せば、そこにあんたがいるって寸法よ」とリナ。

 ゼルは答えを聞いてしばらく考え込んでいたが、答えを出したらしい。

 リナから指輪を取ると「これはお前が持っているといい。以前貰った飾りの礼だ」と、その手でアメリアに手渡したのだ。

 「ゼル、何であたしにはくれなかったの〜?」ニヤニヤ笑いを浮かべて、リナが二人をからかいに掛かるが「あんたに持たせたら今度こそ『便利なアイテム』扱いされるからな」と、からかいをやり過ごすように肩をすくめ。
 「それより、『旦那』が作った指輪が欲しいのなら、改めて作ってもらえばいいだろう? 俺の髪を材料にするよりもっといいものを使えば末永く使えるだろうさ。・・・たとえば、結婚式とかに、な」口の端を上げて笑った。

 「なっ!?」

 「気分転換に外の空気でも吸ってくる」絶句するリナを尻目に片手を挙げて、ゼルはそのまま部屋を出て行き。

 「ゼルガディスさん! 待ってください!!」慌ててアメリアがその後を追う。

 そして。

 「ゼルの奴〜! 人をからかって遊ぶんじゃないわよ!!」部屋に残っているのはオレとリナだけになった。

 「リナも欲しかったか?」リナが指輪を欲しがったのはゼルの髪が材料だったからなのか、それとも・・・。

 「綺麗だったから、それだけよ! 別に、絶対何が何でも欲しいって訳じゃなかったし!!」
 ぷうっと頬を膨らませて、リナにはそっぽを向かれてしまった。

 「じゃあ、いつか。リナのためだけに指輪を作ってやるよ」ポンポンっと、小さな頭を撫でて約束を申し出る。

 「あたしの為だけに、って・・・」

 ぽふんっ!! 急激にリナの体温が上がった。

 頭のてっぺんから湯気でも上がりそうな熱さに驚いてつい、真正面からリナの顔を覗き込んだら。
 真っ赤に色づいた顔を両手で挟んで冷ましながら「あれより綺麗な奴じゃなきゃ、ダメだからね?」と、照れを堪えて強請ってくる。

 「ああ。その時は暇つぶしにじゃなくて、一生使えるような奴を作ってやる」ゼルが言っていたみたいに、使いどころで使えるような奴を。
 「ま、どんなのが良いか考えといてくれ」
 今頃あっちはどうしてるだろうか?なんて考えながら、オレはリナの手の甲に誓いのキスを押し当てたのだった。