一体どこでこんな事を覚えてきちまったのかと、オレはぼんやりと考えていた。

目の前にはうっとりとした表情のリナが、オレの服に手をかけていて。

薄暗い室内。

漂う獣脂の薄煙。

閉じられた窓と、閉じられた扉。

ここにはオレと、リナだけがいる。



「ああ・・・いい、匂い」

スン、と、小作りな鼻をひくつかせて。

誘うようにうっすら開かれた唇が、オレの首筋に触れた。

ちろり。

薄くて小さな舌が、オレの肌の上をゆっくり滑って。

時折、思い出したようにカリリと歯を立て、軽く吸い上げては逃げていく。

フッとかかる鼻息がくすぐったいが、動く事を許してもらえそうにない。

「・・・ガウリイの、味がする」

襟に両手をかけられ、そのままズルッと引き下ろされた。

露わにされた胸板にもリナの手が、舌が、オレを味わい尽くす為に降りてくる。

そろりと、細い指がオレの首に絡み。

スゥッと伸び上がった軽い身体が、一層熱く火照って肌を押し付けてきた。

それは挑発のつもりなのか?

 オレの理性を試しているのか?

彼女を組み伏せ問い質したいのを、苦労してグッと堪える。



今のリナは、普段のリナじゃあない。


原因は判らないが、夜な夜な何に浮かされているのか
オレの元を訪れては、こうして・・・。



ガリッ。

「・・・ダメ。なーんにも、考えちゃヤダ。・・・ね?」

鎖骨に犬歯を突き刺された。
一瞬ビクッと身を竦めてしまったが、これ以上の反応は返せない。



もし今。

リナが正気を取り戻してしまったらどうなる?

それを恐れるあまり、自分から仕掛ける事が出来ないでいる。



「ああ・・・ガウリイったら、ちょっと焦ってる? 
だんだんしょっぱくなってきたわよ?」

ペロペロと小猫の甘噛みのように、オレの顔やら首やらに舌を這わせ
歯を立ててはまた、チュッと音を立てて吸い上げを繰り返しながら、
時間をかけて舐めていない箇所を探し出してそこを責め。

いきなり脇下にも鼻先を突っ込まれる。

グン、と、突き上げるような動きで顔を押し当てながら舌を突き出して、
尖らせた先端でチロチロと皮膚の薄い狭間を抉じ開けにかかられるが。

遠慮のない彼女からもたらされる快感を、そっと息を吐く事で無理矢理やり過ごした。

「あんたって、どこもかしこも本当に。本当に、なんて美味しい・・・」



ガリッ。

また、噛みつかれた。

今度はやや深かったようで、ツキツキとした痛みが持続している。



「あんたの匂い・・・大好き。・・・あんたの、味も。だい・・・すき」

恍惚とした声音で、表情で。

リナはオレを触覚と味覚で味わいながら、夜を静かに楽しんでいる。

ちゅぱ。

腕を取られ、ごついだけの手指の一本一本までもリナは自ら口に含み、
舌を絡めては吸い上げていった。

指の腹にコツコツ当たる歯の感触に、とうとうオレの身体は白旗を掲げる。

ぎゅいっと、血液が一点に集まる感覚。

この女が欲しいと。リナの中に潜り込み包み込まれてその内で果てたいと。

肉体からの強烈な命令に屈するのは簡単な事だ。
腕の中で好き放題している女を組み伏せて、主導権を握ってやればなんとでも。

だが。

『今はダメだ』

精神力で強引に欲求をねじ伏せ、行動に移さないよう耐えられたのは、
恍惚の影からチラリと見えたリナの真摯な『祈り』にも似た表情のお蔭だった。



今夜もオレは、忍耐力の限界ギリギリまで追いつめられるだろう。

今夜こそ、オレは敗北するかもしれない。

いや、負ける事は許されない。

リナの、この行為を望む理由を知るまでは。



「ああ・・・すごい。ここ、ガウリイの匂いが濃くって・・・おいしそう」

そろりと、オレの欲の塊を包み込む手の感触に。

とても長い夜になりそうだとオレは、血が出るほど強く唇を噛み締めた。

































体内で渦巻く欲望は無尽蔵に膨れ上がる。

それはあいつを喰らい尽くしたいという願望。

飢え、という表現がまさにハマる、根底から突き動かされる激情。

いつ、どこで、こんな呪いを受けたのだろう。

あいつの、生き血したたる心臓を欲するようになったのはいつ。

休むことなく途絶えることなく鼓動を続けるその器官を、
胎内に納めてしまいたいと思うようになったのは。

あたしの飢えは、そうすることでしか満たせない。

・・・きっと。



日中はまだいい。

街道を歩きながら、いろんなものに興味を向ければまだ誤魔化しが利く。

街に入ればなおさら。

露天だの魔法具店だの協会だのと、気を紛らせるものがたくさんあるし
一人で行動する口実も見つけやすいから。

彼と一緒にいるときはまったく気を許せない。

ほんの少し、手を伸ばせはそこに望むものがある。
それを手に取れない狂おしさ。



宿に入ると苦痛は増す。

何か依頼を受けている時はそのことだけに集中する事で己の願望をやり過ごす。

何もない日には、食事を取ったら即部屋に閉じ篭る。

既に彼にも気づかれているだろうが、直接聞かれるまではこのまま好きにさせて欲しい。

幸い、彼も心ここにあらずな様子だから、あたしのことになんて気が回らないのかもしれないけど。



強く脈打ち、彼の命を保ち続ける器官。

人の握りこぶしほどの大きさだという、その、肉の塊に
あたしは、爪を立て、齧り、味わい、咀嚼し飲み込んでしまいたくてしょうがない。

胃の腑が彼の心臓で満たされた時。

その瞬間、あたしは至上の幸福に満たされるに違いないんだ。



ずぐん。

期待と、ためらい。

伸ばしたくなる手と、ためらう手。

彼を欲する気持ちは本物、しかし、手を伸ばせば永久に失われることもまた事実。

一時の満足か、永久の飢えか。

その選択を、あたしはいつも迫られている。



夜も更ける頃。

決まって頭痛に襲われるようになった。

脳天から、冷たい杭を打ち込まれるような衝撃。

脳髄から始まる痺れが広がり、目の奥までジンと滲む圧力と鈍い痛みに負けて意識を手放す。



これでいい、そうすれば楽になれる。

いつだって目覚めれば朝で、あんなに辛かった痛みは消え、奇妙に心は満たされていて。

舌の上に残る、微かなtaste・・・・・・それは甘くて苦い、得がたい幸福の欠片。

核心に触れるを恐れる、あたしだけの偽りの幸福(ごちそう)。